侵略国家対策のため、八雲はかつての仲間である勇者グラハム・マックバーンへ連絡を入れる。
現時点での八雲が思いつく限りの対策について、彼自身からのアドバイスを得たいと考え、もし可能ならば力を貸してほしいとも考えていた。
異世界を救った4人の勇者の中でも、グラハムは他の3人と比べて明らかに別格、聖女と同等の神の加護を持ち、大魔導師を越えた叡智を持ち、大賢者をもしのぐ技術を持ち合わせている。
もしも彼らの事を知らないものが、グラハムの能力を聞いた場合、『もう、彼一人でいいんじゃね?』と思うかもしれない。
それほどまでに完璧であり、強大で強靭な戦闘能力を持ち、多くの人に好かれるほどのカリスマ性を身に付けているパーフェクト・マン。
それが勇者グラハムなのである。
ちなみに彼の名誉のために伝えておくが、グラハムは決して『金に汚い』訳ではない。
『金が好き』なのであり、必要に応じて使いどころを理解している金持ちなのである。
――トゥルルルルル……ガチャッ
『あ、もしもし、グラハム・マックバーンさん? 風祭八雲だけど』
「ああ、随分と久しぶりだな。地球に戻って来てから連絡を寄越したのは初めてじゃないか?」
ニューヨークにあるオフィスで、グラハムは八雲からの電話を受ける。
ちょうど昼であったので、そろそろランチタイムにしようかと考えていたところに、久しぶりの仲間からの連絡である。
腹を立ててランチを優先するようなことは無く、グラハムは久しぶりに聞いた友の声を懐かしく思い、同時に『どうして今?』という疑問が頭の中をよぎっていた。
『うん、じつは聞いてほしいことがあってさ……今、時間は大丈夫?』
その八雲の問いかけに、グラハムはチラリと腕時計を確認。
まだ午後0時11分、時間的には余裕がある。
そのまま机の上のコンソールを操作して、午後のスケジュールを瞬時に確認。
役員会議は午後3時から、それまでは簡単な雑務程度しかない。
それなら、このまま八雲に付き合うのもやぶさかではないと考え、ニコリと笑顔で頷く。
「ああ、問題はない。君が聞いて欲しい事ということは、結構重大な局面に追い込まれていると考えて構わないかな? それとも先に丹羽とは話をしたのか?」
『う~ん、丹羽さんには話は聞いているというか……最初に発見したのが丹羽さんでさ。実は……』
八雲は、自分が神様から火星を貰ったことをはじめ、ここ最近までに起こった事象について一つ一つ説明を始める。
特に火星の地下から発見したパンテラール種の巨大移民船と、そのセンサーを操作していた丹羽が、木星の公転軌道上に出現した侵略国家オーバーウオッチの無人探査機を発見したこと。
その無人探査機が、あと400日ほどで火星に接近することなど、可能な限り事細かに説明をした。
そしてグラハムはというとも八雲の言葉一字一句間違えないようにデスク上の端末に入力。
彼の経験していること、その問題点すべてを記録に納めている。
『ということで、対策としては火星はカモフラージュしてやり過ごすことは可能だとは思うんですけれど、問題なのは地球の対策なんですよ。こちらから手を貸すこともできますけれど、まずはグラハムさんな何か対策ができないかと思いまして』
「成程なぁ。相変わらずの巻き込まれ体質だということは理解した。現在の我々の能力は、異世界を救った当時と比較しても70%ほどのパワーダウンが認められている。つまり、あの時と同じように力ずくで相手をぶっ飛ばし、こちらの存在を脅威と思わせるという手段は使えない」
そこまで告げてから、グラハムはふと、移民船について興味を持つ。
「そうだな。八雲、その移民船を囮として、太陽系外へ向けて動かすことは可能か? できるならば、乗組員についてもある程度の偽装を行う必要がある」
『それってどういう……ああ、そっちに興味を持たせるということですか。太陽系外へと移動させるのは、僕たちのいる星系の調査は終わり、移民不可能であったことを示すため。それを示すデータを偽造して移民船にインストールし、それをわざと解析させて太陽系外へと送り返すっていう事ですよね?』
グラハムのヒントを参考に、八雲が超高速思考と『大賢者の悟り』という能力を使い、瞬間解析を行ったのである。
当然、グラハムは八雲のその能力については熟知しているため、ここまでのヒントならば自分で解答が導き出せるだろうと判断したのである。
そのグラハムの予想通り、八雲は70%の最適解を引っ張り出すことに成功。
「そういうことだな。セネシャルとフラットはいるのだろう? それなら話は早いと思う。彼らの持つデータベースに、そのパンテラール種のデータぐらいはインプットされていると思う。あとはそうだな……丹羽と相談し、移民船の偽装と改装を進めるのがいいと思うが」
『……グラハムさん、移民船の改装について力を貸してもらえませんか? 僕と丹羽さん、セネシャルとフラットの4人でも可能だろうとは思いますが、流石に時間という制約を考えると、今は一人でも力が欲しいんです』
スマホの向こうで、八雲が頭を下げている。
彼自身も、この計画に必要な時間が足りない可能性があることを理解していた。
「ふむ。手を貸すことについては別に構わない。私の会社については、優秀なサポートスタッフがいるからな。それで、見返りはなんだね?」
そう来ることは八雲でも理解している。
そもそも巨大移民船の改装に必要な材料と作業要員については、どう考えても不足しそうなことは理解している。
丹羽と八雲のアイテムボックスに納められている素材にも限度があり、なおかつそれらを用いての改装に必要な人材など、不足どころではない。
だからこその、グラハムの言葉である。
同じ異世界を救った仲間だから無償で、などということはグラハムは言わない。
だが、火星の危機を脱した後は地球が危機に陥る可能性があることも理解している。
『グラハムさんって、確か宇宙開発事業も行っていますよね。フロンティア・スペースとかいう民間宇宙船打ち上げセンターとかも持っていますよね』
「つまり?」
『火星資源の採掘権はどうですか? 採掘地点については無人探査機を使っての先行調査、のち、ある程度の広さな土地を、グラハムさんの企業の採掘地点として貸与します。それなら?』
グラハムの予想していた答え。
それは今後、グラハムが何かしらの危機に直面したとき、無償で力を貸してもらうという約束。
だが、八雲が齎した答えは、その斜め上を走っていた。
勇者チームとしての約束よりも、八雲はグラハムの益を考えたのである。
これにはグラハムも予想しておらず、思わず苦笑してしまっていた。
「……そうだよな。君は、私たち勇者に対しては100%の信頼を持っているんだよな。よし、今の話で構わない」
『ああっ、ありがとうございます。それと、もしもグラハムさんがなにか困ったことがありましたら、その時は全力で力になりますので』
「うん、そうだよな。君はそういう男だったよ……それで、私に何を求めるのだね?」
グラハムの問いかけに、八雲は今考えていること、そして先ほどのグラハムの話した計画について、今一度丹羽を交えて細かい協議を行いたいと説明。
すぐさまグラハムもスケジュールを確認すると、ちょうど10日後が予定の入っていない休日であったため、その日なら直接、火星に向かって話が出来る事を説明。
かくして、勇者、大魔導師、大賢者の三者会議が始まる事となったのである。