木星軌道上に出現した、侵略国家オーバーウオッチの無人観測機。
それは静かに獲物を探すように、太陽を中心にゆっくりと大きな渦を巻くように火星へと近づいていく。
彼らの技術である『
その場合、綿密に座標軸と重力の影響を計算し、100%の安全性を確認しつつ、太陽系より離れた場所からならば可能であるのだが、その確率も惑星の位置配列により大きく変化してしまう。
最悪なのは、現在地点から太陽系外へ向けて再潜航を行った場合の再浮上予定時間は、現刻より11250日後。
それならば、ゆっくりとだが弧を描くように火星へ接近した方が安全であると、無人探査機に搭載されている魔導頭脳『ケミル・ラルパ』が判断した。
最初の出現地点が木星より外縁の惑星であった場合、木星を用いてスイング・バイ航行を行えばさらに時間は短縮できたのだろうが、残念なことにそれは不可能。
やむなく『ケミル・ラルパ』は、のんびりとした通常航行を行うと判断した。
話は変わるが、侵略国家オーバーウオッチとは、神の齎した機動戦艦を中心とした『魔導機械生命体による侵略国家群』である。
いつしか自我を持った機動戦艦の
そして惑星資源を全て奪い取ったのち、それらの叡智と資源を用いてさらに自己進化を繰り返していた。
最初は全長3000メートルの恒星間航行可能な機動戦艦であったが、現在は進化・増殖を繰り返し、直径約12万キロメートルの恒星のような姿となっている。
その周囲に、太陽系のように幾つもの『惑星状起動兵器』が存在し、さらにそれぞれの惑星状起動兵器に『侵略機動群』が待機していてる。
『軍』、ではなく『群』。
彼らは魔導機械生命体として一つの群生を持ち、それぞれが母体である機動戦艦からの指示を受けて活動している。
一つの巣箱に一つの女王バチ、その巣箱が幾つも集まったのが『侵略機動群』と例えれば理解できるであろう。そしてそれらを大きく携えた広大な平原が『惑星状起動兵器』であり、それらを納めている星が『機動戦艦』である。
セネシャルはかつて、八雲にこのような説明をした。
そして八雲たちが守っている異世界は、たったひとつの侵略艦隊により侵略されかかっていたことも説明。この侵略艦隊は3つの侵略機動群によって構成され、3体の魔導頭脳により管理・統括されていた。
だだし、侵略機動群は対象となる世界が侵略不可能と判断した場合、それを惑星状起動兵器へと報告、侵略対象が逆侵攻を行わない限り、無視して撤退を開始する。
結果として、八雲たちはこの『侵略機動群』を撤退させることに成功し、異世界を救ったのである。
そして現在、この『侵略機動群』が放った『無人探査機』が火星へと接近、この太陽系に彼らの欲する資源があると判断された場合、彼らはすぐに『侵略機動群』へと連絡。そこから惑星状起動兵器を経て、機動戦艦へと報告されるのである。
なお、最後に機動戦艦に行われる報告は『侵略完了』か『侵略失敗・撤収』のどちらか。
その手前で、大抵は侵略に関するすべての決断を下されるという。
………
……
…
「それで、侵略機動群の中枢魔導頭脳がセネシャルで、その戦闘端末の一つがフラットだったということは知っているよ。セネシャルを奪い改造した際、新たな侵略機動群が送り込まれたこともね。でも、あの時はセネシャルのデータベースを丹羽さんが解析、そのデータをもとに僕が対侵略機動群術式を完成。そこにシスター・マリエッテが神の加護を付与し、それを受け取ったグラハムさんが一撃で侵略国家群を蒸発させて終わったんだからさ……今回も、その作戦でいけるかも」
淡々と告げる八雲ではあるものの、話を続けている最中にそれが如何に難攻不落であるかを理解していた。
そもそも、この世界に帰って来たから、神の加護は『必然』という形で彼らに付与されており、以前のような戦うための加護は存在していない。
次に、彼らは情報を共有する。
あの最後の戦いのとき、万が一にも生き残っていた端末があった場合、グラハムの放った一撃についてのデータは持ち帰られた挙句、その対策まで練られてしまう。
その可能性も否定できず、むしろそうなっているだろうと八雲は予測し、頭を左右に振った。
「八雲さま。それならば、この火星と地球を彼らの眼から隠してしまう方がよろしいかと。もう少し無人探査機が近寄れば、どの系統のセンサーシステムを搭載しているか調べることが出来ます。そしてそれらのデータを元に、隠蔽工作を行うのが得策かと思われますが」
「うん。セネシャルの意見が一番かな。フラット、カルナヴォトスの高感度センサーを改良して、魔導センサーに作り替えることは可能? ついでに船体全てを魔力吸収体で包み込み、広範囲隠蔽の術式で覆うことも頼みたいのだけれど」
巨大移民船カルナヴォドスを改造し、存在そのものを無人探査機から隠す作戦を八雲は提案。
これには大体220日ほどで可能であるとフラットが試算したため、すぐにその作業を始めるように指示を出す。
「ですが、火星を無人探査機から隠し通せたとしても、その次は地球です。知的生命体がいるというだけで、オーバーウオッチは侵略艦隊を派遣してきます。それがどのようなことになるのかは、八雲さまが一番ご存じであるかと」
「あの15年戦争だよね……」
八雲たち勇者とオーバーウオッチとの戦いは、15年にもわたり繰り返されて来た。
三つの侵略機動群を相手に、生きて帰ってこられたのも奇跡と言えよう。
それほどまでに、世界は疲弊したのである。
シスター・マリエッテの神の奇跡『全てを平穏に』が無ければ、世界は再生不可能であった。
その力を使う代償として、シスター・マリエッテは寿命の半分と、『すべてを平穏に』の術印を失ったのである。
そのことを思い出すと、八雲もギリッと拳を握りしめてしまう。
もう少し自分に力があれば。
自分も身に着けていた『すべてを平穏に』の術印、それを躊躇うことなく使っていれば。
八雲は一瞬、それを使うことを躊躇った。
その瞬間、マリエッテは躊躇うことなく術印を発動した。
彼女にとっては、全ては救うべき対象。
その中には、生きる事への執着を見せてしまった八雲も含まれていた。
もしも、また同じようなことになったとしたら。
八雲はためらわずに、術印を使うだろう。
可能ならば、そのようなことが無い日を祈りたい。
でも、あまりにも相手が悪すぎる。
そう判断した八雲は、スマホを手に取ると、地球にいるグラハム・マックバーンへと電話を入れることにした。