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第15話・楽しかった火星旅行、か~ら~の?

 八雲の家族や詩音たちが、火星の八雲邸に泊まって三日目。


 今日の夕方には、全員が地球へと帰還する。

 初日・二日目と火星観光を堪能した一同ではあるが、三日目ともなると屋敷でのんびりとしている。

 観光地でもない火星での観光など、現状では巨大移民船内部観光ツアーと火星地表散歩ツアー程度しかない。それでも、八雲がこの日のために製作した『火星地表散歩スーツ』を身に着けて、軽減されている重力下での散歩や『有人月面探査車両』のような外観のバギーでの大暴走など、地球では体験できないことなども経験。


 『月の石』ならぬ『火星の岩』を採取したのち、安全性を八雲が確認してお土産にしてみたりと、とにかくやりたい放題の3日間を楽しんでいたのである。


「ねぇ、八雲兄ぃ……この魔導具、私も貰っていいの?」

「ん? 静香はまだ免許持っていないだろうが。せめて免許を取ってから乗った方がいいと思うけれど」

「ということだ。あと一年、じっと待った方がいい」


 ドーム都市中央広場で、八雲が作ったバイク型飛行箒に跨っている静香が、ふくれっ面で八雲に懇願している。それをなだめるように、サイドカー型飛行箒に乗って走っていた凰稀おうきが静香の頭をポンポンと撫でるようにすると、更に子供扱いされた静香がふくれっ面でどこかに飛んでいった。


「八雲、静香ちゃんを放っておいていいの?」

「ん~、ドームから外には出られないし、飛行箒には安全装置が付いているからドームや建物にはぶつからないし。特に問題はないんじゃないかな? それで、詩音もそれを持って帰るのか?」

「ん? だって、八雲はいいって言ったじゃない?」


 詩音もまた、八雲からバイク型飛行箒を一台受け取っている。

 誰でも扱えないように、しっかりと詩音の魔力波長を登録しているため、彼女以外には使うことが出来なくなっている。また、今日ここにいる家族や詩音には『アイテムボックス』の術式を付与した腕輪を渡してあるため、万が一の時にはアイテムボックスの中に収納しておけばいいと説明も受けている。


「まあね。あとは免許とか、そういった許可の部分だけれど……さすがに、バイクの限定解除では駄目だろうなぁ」

「ナンバーを取れれば問題ないのにね。まあ、公道を走らないようにすれば大丈夫じゃない?」

「そのへんは自己責任で頼むわ……さて、それじゃあ火星最後の夕食の準備でもしてきますかねぇ」

「あ、手伝うわよ」


 八雲が屋敷に戻るので、詩音もまた彼の手伝いのために屋敷へと走っていく。

 そんな光景を、八雲の両親や祖父母は微笑みつつ眺めていた。


………

……


 風祭家・陣内家祖父母・柊木詩音・そして丹羽が転送システムを使用して火星から地球へと戻って来た時。

 陣内家の外が俄かに騒がしくなっていることに、祖父の純一郎は気が付いた。

 そしてすぐに屋敷の中へと戻っていくと、屋敷の中は侍女や純一郎付きの秘書が慌ただしく走り回っている真っ最中で合った。


「……ふむ。宮下くん、いったい何があったのかね?」


 ちょうど電話対応を終えていた第一秘書の宮下に話しかけると、それまで青い顔で対応していた宮下の表情に生気が戻って来る。

 そして純一郎の元にやってくると、開口一番。


「純一郎様たちが、火星へ旅行に向かったという噂が流れています。ちょうど純一郎さまたちが中庭にあるあの機械で八雲ぼっちゃまの元に旅立った翌日、テレビや新聞・インターネットでそのような噂が流れ始めたのですよ」


 そう告げてから、テーブルの上に置いてある新聞などを開いて見せる。

 そこには、明らかに盗撮と思われる『陣内家中庭に、火星へ繋がるゲートを発見』とか『陣内純一郎元総理、火星へ巡視か?』といった、あきらかな飛ばし記事が各誌をにぎわせていた。

 慌てて八雲の両親や詩音も屋敷の中に駆け込むと、急いでスマホやスマホでニュースを確認。

 すると、宮下第一秘書のいう通り、とんでもない騒動になっていた。


「……はぁ。まったく、盗撮など犯罪じゃないかね。各新聞社・報道関係者に通達を頼む。わしは、わしの生活を脅かすような報道関係者とは一切口を利かないとな。そのうえで、こう宣下してくれ。『陣内純一郎は、孫の住む火星に旅行してきただけだ』とな」


 変な隠し事をしても始まらないと、純一郎はまず報道関係各社の動きを封じる策に出る。

 そして別の秘書が玄関から外に出ると、集まっている報道関係者から名刺を受け取ったのち、1時間以内に撤収すること、飛ばし記事を上げた報道社とは一切話をしないこと、ついでに公道での路上駐車は違反となるので警察に通報したことなどを説明。

 その瞬間に遠くから聞こえてくるサイレンの音を聞き、集まっている人たちは大慌てで撤収を開始。

 30分も立たずに陣内家周辺は、いつもの静けさを取り戻したのである。


「それにしても……とんでもないことになったわね。これからどうするの?」


 ようやく落ち着きを取り戻した純一郎は、居間でくつろいでいる祖母に問いかけられるが。


「どうにもこうにも。いつもと変わらんよ。政府が火星に行きたいとかぬかしても、その装置は自動的に消滅したと説明すればいい。火星は八雲の土地なので、他人が勝手に入ることはできないとか説明するだけじゃな」


 そう呟いている最中に、居間でお茶を飲んでいた丹羽が、遠隔操作で転送システムをアイテムボックスに収納する。

 これで証拠は何も残らない。


「しかし、丹羽さん、こんな騒動に巻き込んでしまって申し訳ない。詩音ちゃんも、本当にすまなかったな」


 純一郎が二人に頭を下げるが、丹羽も詩音も気にした様子はない。

 むしろ、これだけの騒動にも関わらず、当事者である八雲が何も話してこないのはどういうことだろうと頭を傾げるのであるが、その八雲本人は疲れ果てて火星の自宅で眠っているため、この騒動に気が付くのは火星時間で翌朝の事となる。

 幸いなことに、火星の八雲邸と長野の陣内家の時間軸はちょうど1時間程度ずれているだけであったので、火星を夕方17時に出発したのに、地球では16時であった。

 火星の一日は地球より40分ほど長く、それがめぐりめぐってこの時間になっただけのことである。


「私は別に、迷惑とも思っていません。八雲君との付き合いも長いですので。では、また何かありました、いつでもご連絡を頂ければ」


 丹羽はそう告げて、その場の全員に名刺を差し出すと、その場で東京へと転移する。

 そして残った家族たちも体を伸ばし、今後のことについて話し合いを始めるのであった。

 特に詩音については、純一郎が今後のために護衛を付けようかと話を持ちかけるものの、彼女はそれを固辞。自分で解決できる部分は自分でどうにかすること、それでだめだった場合は力を貸してほしいなどの話をしてから、裏庭の勝手口から実家へと帰っていった。


 〇 〇 〇 〇 〇


――そして翌日の火星

「……はぁ?」


 朝食を取りつつ朝のニュースを見ていた八雲は、その内容に絶句してしまう。

 陣内家実家に、一時的にではあるが火星と行き来するゲートが作られていたこと、そこを通って家族と八雲の婚約者が火星に向かったこと、そして先日無事に帰還し、八雲がゲートを閉じたことなどが『推論』を交えつつ説明されていた。


 そしてチャンネルを変えてみると、どの局もやや詳細は異なっているものの、おおむね同じ内容でニュースが流れている。


「ほっほっほっ。詩音さまが八雲さまの婚約者ですか」

「それはおめでたいですわ!! 式は洋風、和風、それとも異世界風でしょうか!!」


 どこまでもマイペースなセネシャルとフラット。

 そして八雲はというと、恐る恐るスマホを確認。

 家族が来るので、スマホは自室の机の上に放りっぱなしであった。

 そしてびっしりと並ぶ着信履歴とメッセージの山、LINEも友人たちからのものがびっしりと並んでいたのである。


「はぁ。詩音が婚約者って、どういったデマなんだ……って、そうか、詩音って俺の婚約者だったわ」

「おお、これは飛ばし記事ではなかったのですか」

「そうだよ、思い出したわ……って、それは今は、どうでもいいわ。問題は親父達だけどさ。こんなニュースに巻き込まれて、大慌てなんじゃないか……って、あれ?」


 スマホを確認しても、家族からの連絡は特にない。

 全て陣内純一郎が報道関係各社に掛けた圧力により、個人である八雲の家族および陣内家ゆかりの者、柊木詩音とその家族に対しての取材は全てシャットダウンされている。

 もしもその約束事を破った場合、その報道社は八雲と火星についての一切の情報を得ることが出来なくなり、『この先、火星での取材が開放されたとしても貴社は招待されることは無いだろう』とくぎを刺されているのである


 その証拠に、祖父からのラインでは『全ておとなしくさせたから安心するように』と、詩音からも『こっちは大丈夫だから安心して。じゃあ、また大学で』というメッセージが届いていたのである。

 そのたの友人たちからは、『火星でサークル合宿させてくれ』とか『一泊二食付きでおいくら万円?』といったからかい半分のものまで届いていた。


「うん……まあ、地球の事は地球に任せるとしますか。それじゃあセネシャルとフラット、対侵略国家対策について色々と考えることにしようか?」


 家族旅行が終わり、八雲の思考ルーチンものんびりスローライフモードから、異世界勇者モードにシフト。せっかく手に入れたこのノンビリした生活を脅かす存在に対して八雲はどうやって対策するか、真剣に考えることにした。


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