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第12話・人類の夢、空間転送システムと禁忌触媒について

 8月8、八雲は自宅前の広場に設置された転送システムの前で、じっと様子を伺っていた。 


 丹羽が転送システムを持ち帰ったのち、八雲と二人で様々な実験を繰り返し、転送装置の安全性について検査を行っていたのである。

 最初は無機質な、それこそ八雲にとっては必須であるスナック菓子の収められた段ボールの転送から始まり、二日前にはついにセネシャル単体での転送実験に成功。

 そして今日、丹羽が自ら実験体となることを買って出たため、初めての『魂を持つ生命体』の転送実験を開始することとなった。

 そして、さすがに時間はかかったものの、転送装置が稼働してから24分後、転送装置は正常に作動し、八雲の目の前に丹羽がやや不満そうな表情で姿を現したのである。


「……まあ、これでこの転送システムの安全性については実証されたのだが。八雲、これはあまり多用しない方がいい。そうだな……できるなら盆暮れ正月だけにとどめた方がいい」


 転送装置から出てきた丹羽が、八雲の顔を見て最初に告げた言葉がこれである。

 これには八雲も頭を傾げる。

 ついに魂を持つ生命体の転送が成功したというのに、そんな不満そうな表情一体なんなのだといぶかしんでしまったものの、丹羽がただ意味なく不機嫌になることはないと思い出し問いかけてみた。 


「んんん? どうして?」

「この転送システムには、とんでもない欠点があってだな……」


 そこから丹羽の説明が始まる。

 具体的には、転送システムを稼働させる際に消費される『魔素触媒』に問題があり、丹羽や八雲が異世界で学んだ触媒とは根本的に違うものが使われていること、その触媒については地球でも代用品は入手可能であるのだが、倫理的に問題があることなどを説明。


「つまり、この魔素触媒には、知的哺乳類の脳内物質の一部が含まれているっていうこと?」

「そういうことだ。β-エンドルフィンのようなものではあるが、魔力を纏っている。この魔素触媒を補給するためには、最低でも人間の脳および脊髄から抽出したβ-エンドルフィンを魔素触媒液に漬けこみ、浸潤させる必要がある。それでも完成するのは劣化した魔素物質のため、安定して転送可能かどうかについては分からないとだけは伝えておく……ということなので、セネシャル、しっかりと管理してくれ。このぼんくらに任せると、在庫がある限り使いかねないからな」


 八雲に説明したのち丹羽は、傍らでじっと立っているセネシャルにも釘を刺すように伝える。

 セネシャルとフラットは、異世界では勇者たちの身の回りの世話も行っていたため、丹羽とも旧知の仲である。

 特に、魔導科学についての話を始めた場合、一週間は寝食を忘れるレベルでの深い会話が続くほどであった。


「ほっほっほっ、畏まりました。ではフラット、この魔素物質の在庫を確認し、しっかりと保管・管理しておいてください。くれぐれも、八雲さまにねだられたからと言ってお渡ししてはいけませんよ」

「そんなことしねーーーから!! その魔素物質が物騒なものだってわかったから、盆暮れ正月と緊急事態でしか使わねーから」

「クスクス……畏まりました。それではカルナヴォトスに行ってまいります」


 笑いつつ返事を返してから、フラットは移民船へと向かう。

 ちなみにこの数日の解析作業で、移民船の船体コードと船名について判明している。

 船体に記されていた船名はカルナヴォトス、パンテラール種の伝承における『星渡りの神舟』という意味であるらしい。

 そしてフラットが広場から離れたのち、丹羽も急いで自前の転移術式を起動する。


「え、もう帰るの? まだ来たばっかりじゃないか。お茶でもしない? 格ゲーする?」

「するか、こっちは残業時間にここに来たのだからな。とっとと帰らないと、あんな巨大な転送システムを放置したままにしておけるか。わが社の倉庫の一角にシステムを開放し、そこで稼働させたのだからな。だから、八雲も地球に来る際には、あらかじめ連絡を寄越すように。普段はアイテムボックスに収納しておくから、こっちで勝手に動かしても転送できないからな!」


――シュンツ

 それだけを告げて、丹羽は地球へと帰還する。


「さて。それじゃあ釘を刺されたので、転送システムについては使用制限を設けるとして……お盆かぁ」

「はい。今日が地球時間の8月6日です。確かおじい様からの連絡では、8月12日に田舎に戻ることになるのですよね?」

「そうそう。長野に戻らないと……って、あ、それなら丹羽に頼んで、転送システムを長野の実家の庭に置いて貰えばいいんじゃね?」

「そうですなぁ……あ、八雲さま、今連絡をしてそのように事を告げますと……」


 セネシャルが制止する前に、八雲はスマホ片手に丹羽へ連絡しようとするのだが。

 残念なことに、丹羽は現在、自前の転移術式により転移の真っ最中。

 どうしても距離的と魔力の関係上、一瞬で転移することなんてできないのである。

 なお、八雲がその事実に気が付き1時間後に連絡をして、しこたま怒鳴られた挙句に丹羽が直接、火星まで説教に来たことは言うまでもない。


 〇 〇 〇 〇 〇 


――8月12日・長野県


「成程ねぇ。それで、時間がかかったということか」


 長野県小諸市にある、陣内家本宅。

 戦国時代から続く旧家であり、長野を始めとしたさまざまな地域に血脈が残っている。

 盆暮れ正月には『本家詣り』と呼ばれる祭事が行われ、全国各地の陣内家ゆかりの人々が集まって来る。


 八雲がフラットを伴って陣内家本宅に姿を現したのは、午前10時。

 あと一時間で法要が始まるという、まさにぎりぎりの時間である。

 すぐさま両親に挨拶をしたのち、奥の間で待っていた祖父と祖母の元に急いで顔を出すと、そのまま丁寧に頭を下げていたのである。


「うん。ちょっと火星から地球に転送して来るときにさ、転送システムを設置する場所について問題があって……手間取ったんだよ。それでも急いで飛んで来たんだよ、物理的にさ」

「その物理的が、あれとはねぇ……」


 陣内純一郎が、チラリと縁側の向こう、中庭に目を向ける。

 そこには、宙に浮かんでいるバイクのようなものが二つ並んでいた。

 本体部分は大型バイクの車体なのだが、その下部、エンジンルームを貫通するように魔導箒が突き刺さっている。

 これは八雲が東京から長野へと来るために使用した『魔導飛行箒』であり、今は誰も使えないように空間に固定しておいてある。

 もっとも、今はこの本宅にやって来た他家の子供たちが不思議そうに触れて居たり、跨って見たりと好き勝手に遊んでいるのだが。 


「ま、まあ、ほら、僕って大賢者になったからさ。ああいう魔導具も結構作れるようになったんだよ。そうそう、ばあちゃんの腰の話も聞いているからさ、今、ちょっと見てあげるよ」


 そう説明して八雲が立ち上がろうとしたのを、祖母である陣内薫子が手で制する。


「それは後ほど。それよりも八雲さん、そちらのお嬢様の事については、まだ説明を受けていませんけれど?」


 八雲の傍らに付き従い、斜め後ろに座っているフラット。

 彼女が一体何者であるのか、まだ祖父と祖母も話を聞いていない。

 だから、八雲は嘘偽りもなく説明した。


「彼女はオート・マタのフラット。地球の言葉で説明すると、魔導科学で作ったアンドロイド? サイボーグ? どっちなんだろう?」

「それはわしが聞きたい。それよりも肝心なことは、そちらのお嬢さんが八雲の恋人かどうかという事じゃよ」


 純一郎がストレートに問いかけると、八雲は目を丸くして考え込む。


「う~ん。恋人じゃないよなぁ」

「はい。私は八雲さまに作られた生活サポート用オート・マタです。恋愛感情は持ち合わせていません。ちなみに疑似恋愛回路は搭載していますけれど、リミッターが掛けられていますのでご安心ください」

「だってさ、安心した?」


 あっけらかんと告げる八雲に、純一郎と薫子はハァ……とため息をつくだけである。

 久しぶりに帰って来た孫が恋人を連れて帰って来た。

 そう期待していた薫子であるが、その期待はあっさりと裏切られたのであった。

 ちなみに純一郎は、八雲には許嫁である幼馴染がいることを知っているのだが、当の八雲がそのことを忘れていると感じ、再びため息をつくこととなったという。


 なお、その許嫁である『柊木詩音』は間もなく、午後の近隣住民の挨拶時にやってくるのであるが、そのことはまだ八雲も知らなかった。


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