目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第7話・未知との遭遇・序章というところで

 八雲から、無人火星探査機の回収許可をもらったセネシャル。


 そのままドーム都市から伸びる地下ケーブルを使い、もっとも近い探査機のあるゲート地点へと向かうと、作業を始めるべく準備を開始する。

 ちなみに現在、この火星の地表に存在する無人探査機は全部で15機。それ以外に火星の周回軌道を回っている探査衛星も多数あるものの、その半数以上は活動を停止している。


「さて。第一目標は、このゲートから直線距離で約700キロというところですか。重力が低いということ以外は、特に問題はありませんな」


 ゲートを開放し、『黒い執事服を纏っただけ』のセネシャルが火星の大地に立つ。

 元々【侵略国家オーバーウオッチ】によって作り出された【対人類殲滅人型兵器オート・マタ】であった彼にしてみれば、火星程度の環境で活動不可能となることはありえない。

 むしろ、この程度の負荷環境なのかと落胆しそうになってしまう。

 元々が戦闘兵器であり、現在は八雲の執事である彼ば、自分たちを最初に生み出した【侵略国家】の魔導科学や八雲の超錬金術に匹敵する技術にお目にかかれるのかと、ややワクワクしながら目的地へと向かって走り出す。

 重力制御により体か過剰に浮遊しないようにし、呼吸のように吸い込んだ火星の大気を分解圧縮した『魔素』を両ふくらはぎの裏にあるスラスター部分から噴出。

 見た目は、腰に手を当てた執事が地面を滑空しているように見えるため、万が一にもこの光景を地球の人々が見ていたとしたら、卒倒ものである。

 やがてセネシャルは、横倒しになっている無人探査機にたどり着く。


『……見たところ、砂嵐に巻き込まれ横倒しになり、太陽光パネルが機能しなくなったというところですか。積もっている砂埃から察するに、結構な年月、ここに放置されていたのでしょう』


 この程度の知識はドーム都市の管理を行っている傍ら、インターネットで基礎知識として仕入れてある。フレイアもまた、ご主人様である八雲が困らないようにとも日々、知識と情報を集めてはインプットを続けていた。

 当然、それらの知識の中には、目の前に転がっている無人探査機の正体も理解している。

 アメリカのマーズ・エクスプロレーション・ローバーという計画により送り込まれた無人探査機の二号機であり、今から10年ほど前に事故により連絡が途絶えていることなどもセネシャルはすぐに理解した。


『さて、どうしたものか……』


 片手で『オポチュニティ』と呼ばれている二号機を持ち上げると、平坦な場所まで持っていきその場に据え置く。そして白い手袋を付けてから太陽光パネルの砂粒を丁寧に吹き飛ばし、バッテリーが稼働するかどうかチェックを開始。

 ただの事故で動かないのであれば、持ち帰って分解するわけにはいかないとセネシャルも判断、しばし様子を見ることにした。


『……大気が希薄であり、大気層が厚いこの火星では、人間コモンは住みづらいでしょうなぁ。大気成分も問題がありますし……さしずめ、最初の課題は大気を作ること、そして加熱することというところですか』


 テラフォーミングによる火星の環境改造。

 インターネットによるとまだまだ検証の余地もあり、可能性はあるものの技術的な見解から遥か未来であろうと言われている。

 だが、八雲が住んでいるドーム状都市、その中心にあるエクスマキナ型生命維持機関の量産に成功すれば、多少は時間がかかるものの火星地表を地球のような環境に変化させることは可能。

 また、【侵略国家オーバーウオッチ】のデータベースにあった【惑星改造技術】を用いることで、さらにその時間は短縮可能。

 だが、八雲がそれを望まない限り、セネシャルはそれを実行することは無い。

 全ては創造主である八雲の望むまま。


『……と、おや、バッテリーのチャージも始まったようですし……どうやらこの無人探査機は、稼働可能のようですね』


 無事に二号機が稼働することを確認したセネシャルは、そのまま無言で次の無人探査機の元へと走り出す。そしていくつかの無人探査機の稼働を確認したのち、まったく稼働しないもの、損傷しているもののみを回収すると、ドーム状都市へと帰還するのであった。


………

……


――アメリカ・NASA(アメリカ航空宇宙局)

 今から2時間前、突如として火星にて活動を行っていたマーズ・エクスプロレーション・ローバーB(機体名オポチュニティ)から電波が届いた。

 オポチュニティは着陸地点であるメリディアニ平原で突如発生した磁気嵐に巻き込まれ消息を断っていたのであるが、実に8年ぶりにオポチュニティの太陽光パネルとバッテリーが回復、活動を再開したのである。

 だが、届けられたデータによると、オポチュニティは当初の活動地域より北西に大きく移動しており、磁気嵐或いは竜巻により機体が舞いあげられ、飛ばされていたのであろうと推測されていた。

 だが、定期的に送られてくる映像を見た担当官たちは、そこに信じられないものが映っていることに気が付いたのである。


「……なあ、これって何だと思う?」


 NASAの観測員がオポチュニティから送られた映像を詳しく精査していた時。

 一人の研究者が探査機前方、約150メートル地点に謎の人影のようなものが写し出されていることを確認。デジタル処理し映像を鮮明に再生したところ、そこには『宇宙服を着ていない男性のような人影』がはっきりと写し出されていることが確認できた。


「どう見ても人影だよな。もう少し鮮明にできないか?」

「これ以上は無理だな。カメラの曇りや汚れの可能性もある、もう少し調べて見る必要があるぞ」

「そうだな。まあ、プロジェクトマネージャーに報告しておくか」


 現在の地球の常識として、宇宙服も何も装着しないで火星の荒野を歩くことなど不可能。

 加えて、現時点で火星へ有人探査機を送り出したという記録はどこにも存在していない。

 どこかの国が極秘裏に……などという夢物語は、今の地球の宇宙開発競争、ならびに観測能力では不可能である。

 やがて報告を受けた主任研究者のサイモン・スクワイヤー教授とプロジェクトマネージャーのトム・スタージンガーの二人がやって来くると、送られて来た映像を事細かく精査を開始した。


~~一週間後

「うん。どうやらNASAの内部に愉快犯が存在しているとしか考えられないな」

「もしくは外部からのハッキングか。だが、セキュリティチェックでは、それらしいアクセスは何も見つけられなかったが」

「そうなると……」


 サイモンとトムの二人が導き出した結論。

 それは、NASA所属の何者かが作り出したフェイク画像が、オポチュニティから送られて来た映像と合成処理されたものであるということ。

 一体どこの誰が、なんのためにと考えてみたのだが、以前も『NASAの月面着陸はフェイクであり、ハリウッドの特撮スタッフによって作られた映像である』などというデマが流されていた時期があった。

 今回のケースについても、『火星の所有権を名乗る日本人』というデマに対抗するために有志が作り出したものであろうと推測された。

 その反対派には残念であるが、NASAは火星の所有権については『風祭八雲が世界で唯一の所有者である』と認めており、その件についても公式に説明は行われていた。


「まあ、これについては報告は上げておくか」

「でも、この映像に映っている人影が、火星のオーナーである風祭八雲という人物ということはないよな」

「それこそ、まさかだろ。もしもその仮説が事実とすれば、風祭八雲という人間は化け物としか考えられないぞ。火星の大地を宇宙服もなしで歩き回る存在など、認めたくはないだろう?」

「ああ、まったくだ」


 そう呟いてから、二人は同時に深いため息をつく。

 この一連のくだらなくも貴重な報告を、これからNASA行政責任者であるフランク・ネルソン長官へ報告を行わねばならなかったから。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?