ニュ―スを見ている最中、突然鳴り響いた祖父からの電話。
それを見た瞬間、八雲はゴクリと息を飲むと、覚悟を決めて電話に出た。
「ガチャッ……もしもし……じいちゃん?」
八雲にとっては15年ぶりの、祖父からの連絡。
一言声を聴いただけで感涙してしまいそうになるかと思いきや、八雲は今のこの現状をどう誤魔化すかという考えが頭の中を回っているため、そんな感傷的な気持ちに浸ることは無かった。
『おお、八雲か。わしじゃ、純一郎じいちゃんだ。ちょっと聞きたいことがあるんじゃが、今大丈夫か?』
「ん~、うん、大丈夫だけど」
『それじやぁ、単刀直入に聞くが。お前、火星を貰ったのか?』
――ドキッ
いきなりの質問に、八雲は心臓が張り裂けんほどに動悸が高くなる。
事実、火星は神様から報酬でいただいたものであり、労働の正当な対価として受け取っただけにすぎない。
また、宇宙条項についても、地球の、それも国連が提唱し作り出したものにすぎず。
それを人間が制定したという事実には、神の干渉は存在しない。逆に言えば、神は国連の宇宙条項に批准していないため、無視しても構わないと考えていた。
しかし、八雲が火星を受け取ったことが神により『必然』として定められれたため、今回のこのような騒動になっている。
「ん~、まあ、誰からということは言わないけれど、貰ったのは事実だよ。火星は、俺の個人所有物だけど?」
もういくら誤魔化しても駄目だと悟った八雲は、貰ったという事実を告げる。
すると、電話の向こうがけたたましく騒がしくなり、ニュースに『速報』という形でテロップが流れ始めた。
おそらくはスマホがスピーカーモードであったのか、すぐ近くにいたアナウンサーが無理やりスマホの音を拾ったのだろう。それは瞬く間に世界中に発信され、風祭八雲が火星の所有者であるという認識が広がっていったのである。
『速報……陣内元首相の孫、火星の所有権を宣言……』
そして気の早いテレビ局はテロップを流したらしく、それを応接間で見ていたフレイアとセネシャルは『当然です』と胸を張り、フフンと笑っているという。
火星の風祭宅は、実に混沌とした状態になっていた。
だが、テロップを見た八雲本人はというと、頭を抱えそうになっている。
「うわ……宣言ってなんだよ」
『まあまあ。それよりも、どうやって火星を手に入れた? それに今、八雲はどこにいるんじゃ? テレビ局がインタビューしたいと騒ぎ始めているのじゃが』
「あ~無理無理、だって俺、今、火星に住んでいるからさ」
『……なんじゃと?』
『速報……陣内元首相の孫、風祭八雲氏、火星に移住している模様』
さらにテロップが流れ、八雲が火星に住んでいるという事実までもニュースに流れてしまう。
さすがに現住所が火星です、ドーム都市に住んでいますと話しても八雲は信用されないだろうと思ったのだが、その甘さが命取りともいえかねない状況になってしまっていた。
だから、これ以上スマホで話をしていても色々とボロが出るのがわかって来たので、八雲は一旦、電話を終えることにした。
「ちょ、ちょっとまって、じっちゃん、これ以上は無理。外野がうるさくなって来るから、今度おちついてゆっくりと話させてくれるかな?」
『おお、そうか。それじゃあまたな。お前の都合のいい時に連絡をくれればよいからな!!』
「わかったよ、それじゃあね……プツッ……ふぅ」
祖父も、八雲が大学近くのアパートに住でいるだろうと思っていたのだが、まさか火星に住んでいるなどという話を聞くとは予想はしていなかった。
そして迂闊にも、八雲が火星に住んでいるという事実が露見。
『火星を貰った』と『火星に住んでいる』では、今後の対応が大きく変化する。
ただ火星を貰ったと言っているだけなら、いくらでも八雲を丸め込み、その権利を剥奪もしくは共同所有権を持ち込んでくる国際機関も存在するだろう。
だが、『火星に住んでいる』となると話は別。
すでに八雲は、『火星の所有権』だけでなく『居住権』をも宣言したレベルに到達しているのである。
そしてスマホを置いて一息入れていると。
――チャーンチャンチャンチャンチャンチャラララ~♪
再びなり始めるスマホの呼び出し音。
表示されている名前は『
「もしもし……」
『あ、八雲? ニュースでみたんだけれど……大丈夫?』
最初の一言目が自分の事を心配していると判り、八雲はホッと胸をなでおろす。
まさか興味本位のマスコミのように、火星の事について根掘り葉掘り質問されるかもと警戒していたのだが、そこは勝手知ったる幼馴染。八雲のことが心配だったのである。
「ん……ああ、特に問題はないよ。電話だって、登録してある知人以外は全て受けられないようにしてあるからさ。それで、詩音はどうしたの?」
『どうしたもこうしたもないわよ。八雲の事だから、今頃マスコミから連絡を受けて、しどろもどろで話をしているとか、頭のなかの思考回路がショートしそうになっているんじゃないかって心配しただけだけど?』
「マジか、心配してくれてありがとうよ」
声のトーンからも、詩音が本気で心配しているのが伝わってくる。
ふと、視線を感じてフラットたちの方を見てみると、慌てて襟を正しているセネシャルと、興味本位でニマニマ笑っているフラットの姿が見えた。
「んーと、ちょっと待ってて、場所を変えるからさ」
『そお?』
「ああ、いいものを見せてやるからさ」
『いいものって?』
「ニュースでも見ただろう? 俺は今、火星のドーム状都市に住んでいるんだって。ちょっと待ってて」
スマホ片手に家から飛び出すと、八雲は都市中央の丘の上に立ち、ライブカメラに切り替えて周囲を撮影し始めた。これは詩音のスマホにしか転送できないため、送られて来た映像を見ている詩音の感嘆や納得する声が小さく聞こえてくる。
「どう? これが俺の住んでいるドーム都市でね。まだ詳しいことは話せないけれど、ここでのんびりと生活しているので」
『へぇ。意外ときれいなんだね。ほら、火星ってさ、地面が真っ赤じゃない? 何も生えていないから大変なのかなぁって』
「居住区が半地下状のドーム都市だからね」
そう告げてから、八雲はドーム都市のことについて当たり障りのない話を始める。
詩音も興味津々だったらしく、色々と質問をしてくるので、八雲もギリギリのラインまで話をしていたのだが。
『そういえばさ、大学ってどうやって通うの?」
「ん? 通っていないよ?オンライン授業で受けているけれど?」
『食料品とか日用雑貨は? さっきの映像だと、コンビニもないんだよね?』
「コンビニかぁ……まあ、そういったものはさ、信頼できる知人に頼んで、定期的に送って貰っているけれど?」
『ふぅん。いがいと不便じゃないんだね』
「まあね。そうだ、今の実験がうまくいったら、詩音をここに招待してあげるよ。地球人初の、火星への旅行なんてどうだ?」
そう話し程度に誘ってみるが、詩音もいがいと乗り気であった。
『え、いいの?』
「当然。ということで、研究成果が出るまでは、しばしお待ちくださいということで」
そう告げてからも、世間話に花が咲いていたのだが。
いい加減、スマホのバッテリーの充電が乏しくなって来たので話を早々に切り上げ、八雲は自宅へと戻っていった。