グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
心身ともに落ち着いたせいか、突然の空腹感が八雲に訪れた。
異世界を救った大賢者といえど、元々は地球人でありただの人間。
基礎身体能力や魔力などは地球人をはるかに凌駕しているものの、種族は『人間』のまま。
当然動き回れば疲れもするし、腹も減る。
そして、異世界から帰って来てまだ半日程度だが、あまりにも頭と体を使い過ぎたのである。
「食事……かぁ。どうすっかなぁ……」
ここに来て八雲は焦りを感じている。
一人暮らしの彼にとっての自炊とは、米を炊く、材料を炒める、ポン酢で味付けをして食べる、味変のマヨネーズ、この方法しか知らない。
いや、ほかにもいろいろとあるのだが、手を加えているという点を考えると、『焼く』『煮る』『サラダ』の3種類に尽きると八雲は常々思っている。
幸いなことに、この施設にある大きな倉庫には創造神が用意した大量の食材も備蓄してある。
また、八雲の能力の一つである『アイテムボックス』にも、大量の魔物の素材が収められており、中には食用として貴重なものまで収めてあるのだが。
勇者パーティー曰く『八雲は飯を作るな』、と厳命されていた。
あっちの世界でも大変貴重な伝説級ドラゴンのもも肉を茹でて割いたのち、自家製マヨネーズで合えてサラダを作ったときには、他の勇者たちから総スカンを喰らったほどである。
八雲としては悪気もなく、ただ自分が美味しいと感じたものを作っただけに過ぎなかったのだが、『やるなら一発目から貴重な素材を使うな』『せめてマイナードラゴンで試してちょうだい』『サラダなら肉を使うな』といったかんじでクレームが入ったのである。
「まあ、腹が減っては戦にならぬと。なにかすぐに食べられるものはないかなぁ。スナック菓子でもいいし、インスタントラーメンでもいいからさ」
とりあえず腹ごなしのため、屋敷の厨房に向かって冷蔵庫の中身や棚を確認。
幸いなことに、冷蔵庫の中には新鮮な素材が大量に収められているのを確認できたのだが、ここにきて勇者たちに言われたことを思い出したのである。
――ブルッ
「お、おおう。どれも貴重で希少な素材ばかり。この冷蔵庫だって魔導具だし温度設定も可能で鮮度維持と腐敗防止の加護まで働いている。なによりも、内部拡張処理されているだなんて、信じられないな……と、いや、現実逃避はいいか」
ばたんと冷蔵庫を恨めしそうに眺めつつ閉じると、八雲は腕を組み考える。
そしてようやく、アイテムボックスからあるものを取り出した。
――シュンッ
『これはご主人さま、大変お久しぶりでございます』
「あ、ああ、久しぶりだね、フラット。早速で悪いんだけれど、腹が減っていてさ、食事の準備を頼んでいいか?」
『畏まりました。それではレッツ・クッキングです』
アイテムボックスから取り出したのは、一体のオート・マタ。
名前はフラットといい、『侵略国家オーバーウオッチ』の人型侵略兵器であったものを八雲が鹵獲し、解析・改良を行ったものである。
主従登録を変更したのち、八雲は自身の知識の一部と王城のメイドが身に着けている『侍女としての知識と経験』をフラットに術的インストールを行ったのである。
外見については自分の好きなボカロの外見に似せて作ったのだが、どことなく後ろめたさを感じてしまったため、ここ最近はずっとしまい込んでいたのである。
もっとも、最終決戦でどうなってしまうかわらないため、安全のために保管してあったというのが正しいのだが。
フラットが冷蔵庫をのぞき込み、何度か頷いたのち食材を取り出して調理を始めたのを見て、八雲もウンウンと頷いていたのだが。
確かに生活面においてはフラットに任せればどうとでもなにるが、このドーム状都市の管理・運営については一人で行うなど不可能。
かきといって、フラットにそこまで任せるのも酷だと考えた八雲は、アイテムボックスからもう一体のオート・マタを取り出した。
「ここの管理については、フラット一人じゃ、ちょっと心細いからねぇ。ということで、セネシャル、スタン・バイ!」
名前はセネシャル、名前のとおり八雲の身辺についての一切を取り仕切っている執事長である。
白髪オールバックにモノクルという外見は、八雲が好きな漫画に登場する執事の姿をモチーフとしている。
緑髪ツインテールのフラットとは対極で、セネシャルは物静かな男性型オート・マタ。
当然ながら、侵略国家オーバーウオッチの人型侵略兵器であり、八雲に鹵獲されたのち改造されている。
『おやおや、これは八雲さま。こちらが新しいお屋敷でしょうか?』
「ああ、すまないけれど、このドーム都市のすべての管理を任せたい。頼まれてくれるか?」
『畏まりました。と、フラットはすでに活動を開始しているのですね。では、私もさっそく、この施設内部の調査と解析を始めるとしましょう』
そう告げてから、丁寧に頭を下げて退室するセネシャル。
彼に任せておけば、ドーム都市についての管理維持についても問題はないと八雲は判断。
そう思って八雲は応接間に向かうと、どっかりとソファーに腰を下ろしてテレビのスイッチを入れると、地球から届いてくるケーブル番組の番組表をチェック。
地球時間ではほんのわずかであったものの、彼にとってはリアルタイム15年ぶりのアニメ。
好きだったアニメをチェックしたものの、物語の展開をかなり忘れていたため、当分は一話から見直そうと八雲は心に決めた。
………
……
…
「うん、流石はフラット、料理の腕も最高だな」
ようやくありつけた夕食は、八雲にとっては懐かしく、そして最高の逸品である。
事実、あっちの世界でもフラットが料理を作ったのは最終決戦で出撃する前夜のこと、リアルタイムでも半年ぶりぐらいであったため、懐かしさもひとしおというところである。
『お褒めに預かり恐悦至極にございます。それでご主人さま、ここは一体、何処なのでしょうか? 私のセンサーでは、この場所についての特定地名などが検索できませんでしたもので』
「ああ、ここは俺の生まれ育った星である地球……から、そこそこ離れた惑星でね、火星っていうんだ。もう少ししたらセネシャルが戻ってくると思うから、彼から詳しいデータを受け取るといいよ」
『畏まりました、』
食後の一服、そこでフラットと他愛のない話をしているところでセネシャルも応接間へと戻ってくる。その姿を見て、それまでソファーに座って八雲と話をしていたフラットが慌てて立ち上がるが、セネシャルはそれを右手で制した。
『そのままで構いません。ここは以前住んでいた王城とは異なります。それで八雲さま、一通りのチェック作業が完了しましたので、ご報告をさせていただきます』
フラットの座っている斜め後ろに立つと、セネシャルが調査結果を報告する。
このドーム状都市の建築されている位置は、火星の北半球に位置する『アラビア大陸』と呼ばれている地帯。
その中のアラム・カオスと呼ばれているクレーターの中心地域に、半ば埋没する形で存在している。
ドーム状都市の上半分は地表に出ているものの、術的処置により平地にカモフラージュされており、外部からの観測では発見されることは無い。
また、ドームから外に出る場合、ドーム四方の施設から伸びている地下ハイウェイを通じてドームから離れた場所に向かって移動、そこに据え付けられている施設のエアロックから出ることが可能。
万が一にも、火星探査機や観測衛星による視認確認で発見されることは無いと、セネシャルは報告を行った。
「……なるほどねぇ。まあ、僕としては、このまま平穏に生活できれば問題はないわけでさ」
『さすがに、このドームに籠り続けるのも健康によろしくありません。たまには外に出て散策するのもあらかと思われます。幸いなことに、この惑星程度瀬の外部環境でしたら、八雲さまの作製した魔導具によって全て中和することは可能です』
「ああ、なるほどねぇ。でも、さすがに重力と酸素は無理でしょう?」
環境適応魔導具さえ作り出せば、それこそTシャツにジーンズ姿で外を散策することも可能。
そしてそれらしい魔導具については、すでに過去に幾つも製作している。
以前、侵略者の拠点に殴り込みをかけたさい、同じように外宇宙のような空間を越える必要があったため、急遽、丹羽と八雲の二人で製作したのである。
『まあ、呼吸についても魔導具によってクリアされます。重力については、流石に慣れていただくしかありませんね』
「了解。まあ、気が向いたら外に出てみるよ。でもさ、俺が外に出て行って、探査機とかに見つからない?」
『衛星軌道上からの観測程度には映らないでしょう。また、探査機については、あらかじめその活動範囲を計算しておけば大丈夫かと』
つまり、下準備を徹底しておけば問題ない。
それならそれで、気が向いた時にでもやっておこうと八雲は考えた。
「それならいっか。じゃあ、そろそろ寝るわ……って、時間って、今は何時なんだ?」
『火星時間で21時35分。寝るにはちょうどよろしいかと』
「まだ外は明るいけれどね。それじゃあ、寝させてもらうわ」
バイバイと二人に手を振って、八雲は寝室へ向かう。
そして主人である八雲が寝静まってから、二人もまた後片付けとお互いの情報の交換などを行ったのち、そのまま警戒状態に移行。静かに主人が眠りから覚めるのを、じっと待つことにした。