魔物と戦った後のオリジンの卵は、やはり真っ青になっていた。
そんな卵にヴァイオリンを聴かせてから、蒼真と弘祈は湖に架かった橋を渡る。
そうして、ようやくリエンル神殿の前に辿り着いた。
湖の真ん中にある神殿は、ティアナがいたネスーリ神殿とは雰囲気ががらりと変わっている。
ネスーリ神殿はずいぶんと
繊細な装飾が施された大きな扉を見上げ、蒼真がごくりと喉を鳴らす。
「ここまで色々あったけど、これでやっと地球に帰れるんだな。……よし、行くか」
「うん、そうだね」
隣に立っている弘祈もしっかり頷いた。
二人で揃って扉に手を置いて、そのまま力いっぱい押し開く。
重々しい音を立てて扉が開いた先には、一人の少女が待っていた。
「お疲れ様でした!」
明るい声に出迎えられ、蒼真は思わずその場に立ち尽くす。視線の先にいた少女が、よく見知った人物だったからである。
「ティアナ!? え、俺たち道間違ってネスーリ神殿に戻ってきた!?」
蒼真が大声を上げて、今度は勢いよく弘祈の方へと顔を向けた。
しかし、弘祈は冷静に蒼真を見やると、呆れたように小さな溜息をつく。
「そんなわけないよ……。よく見て、考えてみたら? 始まりの魔法陣があるネスーリ神殿って湖の真ん中にあった?」
「いや、なかったな」
蒼真はさほど考えることもなく、素直に首を左右に振った。
「じゃあ次。ティアナってこんな色だった?」
「『こんな色』って、お前女の子に向かってずいぶんと失礼だな」
蒼真は顔を正面に戻し、目の前の少女に改めて視線を向ける。
無言でニコニコと微笑んでいる少女は、ティアナと同じ――十四、五歳くらいに見えた。年齢だけでなく、身長なども同じくらいだろうか。
あまりジロジロと見るのも失礼だが、少女は特に気に留めていないようだ。まるで「どうぞ見てください」と言わんばかりである。
さらによく見れば、顔はティアナにそっくりだが、髪色も瞳の色もまるで違うことに気づいた。
ネスーリ神殿にいたティアナはホワイトシルバーの髪色で、
だが、今目の前にいる少女は髪の長さこそティアナと同じではあるが、プラチナブロンドの髪色に、青紫色の瞳である。
また、着ているものも違っていた。ティアナは真っ白なワンピースだったが、こちらの少女は爽やかな淡いオレンジ色のワンピースである。
「あ、別人じゃねーか!」
「……気づくのが遅いよ」
蒼真がまたも大きな声を上げて少女を指差すと、弘祈は「人を指差すのは失礼だよ」とその手を下ろさせながら、またも溜息を零した。
そこで、少女が薄桃色の唇を動かす。
「ここまで気づかない方もなかなか珍しいですよ。私はティアナの双子の姉で、ソフィーと申します」
そう告げると、心底楽しそうに目を細め、それから
ソフィーの言葉に、蒼真がようやく納得したように手を叩く。
「あー、双子かぁ! 双子だったらそりゃ間違えるよな」
「いや、雰囲気だけでもかなり違うでしょ。まず見た目から間違えようがないし」
弘祈は改めて蒼真に冷たい目を向け、もう何度目かもわからない溜息を落とした。
「そうか? 確かに、ティアナにしてはずいぶんと明るい声だなーとは思ったけど、見た目はそっくりじゃねーか」
「ティアナはおとなしいですからね。見た目はそっくりですが、性格は少し違うと思います」
ソフィーには間違えられたことを気にする様子はない。それどころか、蒼真に同意するように、うんうん、と何度も頷いた。
「でもさ、双子なのに別々の場所にいるのって寂しくない?」
ソフィーと一緒になってひとしきり頷いた蒼真が、ふとそう切り出す。
すると、ソフィーは顎に手を当てて天井を見上げた。何かを考えている素振りである。しかし、すぐに顔を戻すとにっこり微笑む。
「そうですね……。ティアナとはいつも脳内で会話しているので、そこまで寂しいとは思わないですかね」
あっけらかんと言ってのけるソフィーに、蒼真が驚いた声を上げた。
「脳内で会話!? 何か、電話とかテレパシーみたいだな……」
「デンワというものはよくわかりませんが、双子ですし、これは巫女の能力みたいなものです。お二人がこちらに向かっていることもティアナから聞いていました。日数を考えて、そろそろ来るかとお待ちしてたんです」
「ああ、だからすぐに出迎えてくれたのか」
ソフィーが変わらずにこやかに頷くと、またも蒼真が「なるほど」と手を叩く。
そこで弘祈が首を捻り、素直に疑問を口にした。
「ってことは、双子じゃないと巫女にはなれないの?」
「はい。そういうしきたりになってます」
「ふーん、そういうもんなのか」
ソフィーの答えに蒼真が腕を組むと、続けてまたソフィーが話し出す。
「ところで、外が少し騒々しかったみたいですけど、何かありました?」
「……」
ニコニコと微笑みながら発せられる明るい声音に、蒼真と弘祈が途端にがっくりと肩を落とした。
あれだけの戦闘とヴァイオリンの演奏を繰り広げていたのに、ソフィーにとっては『少し』のことらしい。
この少女もティアナと一緒で、相当マイペースで天然なようだ。双子とはここまで似ているものなのか。
隣でうなだれている弘祈は今にも溜息をつきそうだが、蒼真も同様だ。
ややあって、ゆるゆると顔を上げた蒼真が小声で呟く。
「あれは俺らが魔物と戦ってたからだよ……」
「えっ、魔物なんていたんですか!?」
呆れ気味の蒼真の台詞に、ソフィーが口に両手を当てて、驚いた声を上げた。
「いや、何でこんな近くにいるのに気づかないの……?」
「ここは魔物が入れないようになってますし、私も外には出ませんからね!」
次にはそう言って、両手を腰に当ててふんぞり返る。
(ここは威張るところじゃないだろうに……)
無言でソフィーを見つめている弘祈も、きっと同じことを思っているはずだ。その瞳が蒼真と同じような呆れを物語っていた。
魔物については、神殿側で最初から排除しておけ、だとか言いたいことは山ほどあるが、ソフィーがこの調子では多分言ったところで無駄だろう。
「ああ、そう……」
蒼真はそれだけを答えながら、ただ頷くのが精一杯だった。