「くそっ! 弘祈、待ってろよ!」
遠くに飛ばされた弘祈は、地面に横たわったまま動かない。
蒼真のいる場所からでは、生きているのか、または死んでいるのか、それすらもわからなかった。
すぐにでも弘祈の元に向かいたい蒼真だが、目の前にはまだ魔物がいる。先ほどよりも少し離れた場所にいるが、その
まるで「弘祈のことはもうどうでもいい」とでも言いたげである。その様子に、蒼真の心がざわついた。
(今は『ラピード』……急いで、速く! さっさと倒して弘祈のとこに行かねーと!)
一刻も早く弘祈のところへ行かなくては、と気が
(そう。急いで、速く。だけど焦っちゃダメだ! 今は目の前の魔物を倒すのが先だ)
蒼真は「冷静になれ」と、必死に自分に言い聞かせ、剣を構え直す。
そしてまっすぐに魔物を見つめた時だ。魔物が蒼真目がけて突進してくる。
蒼真もそれに対抗するかのように、思い切り地面を蹴った。
「うおぉぉぉぉおっ!」
雄叫びを上げて、魔物に迫る。
(まずは一拍目!)
足を止めずに素早く剣を
しかし皮膚が硬いのか、蒼真の攻撃はそれほど効いていないようだった。
(なら次、二拍目!)
次には流れるように剣を振り上げ、両手で
(――からのラスト!)
その勢いのまま、魔物の左肩を狙って頭上から剣を一息に振り下ろした。
「何っ!?」
魔物がまたも腕で防御しようとするが、それは間に合わず、蒼真の剣が肩から腹にかけてまっすぐな軌跡を描く。
わずかな静寂の後、魔物は低く唸るような声を上げながら、その姿を消していった。
少しして完全に姿が消えると、そこには布に包まれたオリジンの卵だけが残される。
手から剣を消した蒼真はすぐ地面に膝をつき、卵を拾い上げた。
目視で簡単に確認をするが、とりあえず割れてはいないようである。
「……よし、無事っぽい」
卵が無事だったことに安堵しつつ、今度は弘祈の元へと向かった。
※※※
弘祈は地面にぐったりとへたり込んでいた。
「大丈夫か、弘祈!」
そんな弘祈に、蒼真が慌てて駆け寄る。
生きていて、どうにか起き上がれていることにはほっとした。
「……別に、これくらい平気だよ」
蒼真の声に弘祈が反応して、ゆっくり顔を上げる。
その顔は青白く、血の気が失われているように見えた。
「全然平気なんて顔じゃねーだろーが! 何で俺を庇ったんだよ! 任せろって言ったろ!」
弘祈のおかげでどうにか魔物は倒せたが、危険も
「でも、危なかったよね……?」
「だけど勝手に怪我なんてしてんじゃねーよ! お前が怪我したら卵に影響するかもしれないんだぞ!」
呟くようなか細い声でそう答えた弘祈に、蒼真はさらに語気を強めた。
もちろん蒼真にだって責めるつもりはない。むしろ助けられたのだ。心の奥底ではありがたいと思っている。
ただ、武器も持たない弘祈を戦わせたくなかっただけだ。
しかし、蒼真が弘祈に対して素直にお礼を言えるはずもなく、逆に乱暴な言葉ばかりが飛び出してくる。
「……うるさいな。そんなの僕の勝手でしょ」
そんな蒼真に向けて、弘祈は不機嫌そうに答えると、さっさと顔を背けてしまう。
「お前……っ」
蒼真がさらに文句を言おうとした時だった。
弘祈の身体が大きく傾き、そのまま蒼真の方へと倒れてくる。
「ちょ、弘祈!?」
蒼真はどうにかそれを支えたが、そこで弘祈の異変に気づいた。
たまたま触れた手がとても熱い。昨日、指切りをした時の小指は冷たかったはずなのに。
途端に嫌な予感がして、蒼真は焦り始める。
「おい、弘祈! しっかりしろ!」
懸命に声を掛けながら、すぐに弘祈の顔を覗き込んだ。先ほどまで青白かった顔が、今は赤く
次に額に手を当てると、やはり熱かった。どうやら熱が出ているらしい。
さらに、弘祈の右腕から血が流れていることに、今になって気づく。おそらく、先ほどの魔物にしがみついた時に怪我をしたのだろう。
きっとその傷から何かしらの影響を受けたのだ、と容易に想像できた。それは毒かもしれないし、病気かもしれない。
「くそ、さっきの魔物のせいか……!」
蒼真は吐き捨てるように言ってから、まだ抱きとめたままの弘祈の様子を改めて確認した。
腕の中の弘祈は目を閉じて、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。
どうしたものかとわずかに
(早く弘祈を連れて村に帰った方がいい)
ふと、手に持ったオリジンの卵に視線を落とす。それは弘祈の状態を表すかのように、これまで見たこともない真っ赤な色に染まっている。
「少しだけ我慢してくれよ」
蒼真はすでに意識のない弘祈と卵にそう告げると、すぐさま村に帰るべく、弘祈の身体を背負ったのだった。