この異世界に来て三日。
二人での旅にも大分慣れてきていたからか、蒼真と弘祈はぐっすりと眠ることができた。
しかし、その翌朝のことである。
「……ない!」
宿屋の一室で、弘祈が珍しく大声を上げた。
「何がないって?」
まだ眠そうに目を擦っていた蒼真がそう答えると、弘祈は慌てた様子ですぐさま振り返る。顔は蒼白になっていた。
そんな弘祈のベッドの上には、取扱説明書や携帯用の食料などが無造作に放られている。
なぜかはわからないが、
蒼真はどうにかそこまでは理解するが、いまいちまだ何が起こっているのか、詳しい内容までは把握できないでいた。
弘祈はベッドから下りて蒼真の前まで来ると、その両肩に手を置いて激しく揺さぶる。
「だから、オリジンの卵がないんだよ!」
「……え、ちょ、マジで!?」
弘祈の放った衝撃的な言葉に、蒼真の意識が一気に覚醒した。
「ほら、見てよ!」
弘祈が空っぽになった鞄を大きく開けて中身を見せる。
もちろん中には何も入っていない。
蒼真はベッドの上に広げられた鞄の中身に目をやるが、そこにも卵の姿はなかった。
「……どういうことだよ」
蒼真の口からは思わず唸るような声が漏れる。今はそれしか言えなかった。
「僕にもわかんないよ。さっき卵を出そうと思って鞄を開けたらなくなってて」
「あれほど『なくすな』って言ったろ!」
次に蒼真の口から出たのは、怒りの言葉だ。
「そんなこと言われても、気づいたらなくなってたんだからどうしようもないじゃない!」
だが、すぐに悲痛な面持ちで声を上げた。
その叫びにも似た声に蒼真は思わず息を呑み、わずかではあるが冷静さを取り戻す。
(……確かに、気づいたらなくなってたのは俺から見ても同じだ。どうしようもないのも、もちろん同じ。俺には卵と弘祈を守る役目もあるのに)
自分が
自身をさらに落ち着かせようと、胸に手を当てて大きく深呼吸する。それから申し訳なさそうに頭を掻いた。
「……いや、ここで喧嘩しててもどうにもなんねーな。俺も熟睡してて気づかなかったんだから同罪だよな、悪い」
「謝らなくていいよ。今はとにかく卵を探さないと……」
蒼真の謝罪に、弘祈はそう答えて首を左右に振った。
すると、気を取り直した蒼真が改めて口を開く。
「じゃあ、まずは落ち着いて確認していくか。状況からすると、寝てる間に鞄の中から盗まれた可能性が高いんだもんな」
「だとしたら、犯人は?」
「わざわざ鞄の中から盗んでるんだから、この部屋に入ってきたってことだろ。何か証拠とか残ってねーかな。ああもう、何でこんな日に限って部屋が一階だったんだよ! 考えてみれば外から入りやすいし!」
二階だったら盗まれなかったかもしれないのに、そう言って蒼真は苦虫を
今さら文句を言っても仕方がないのだが、
とにかく今はどんな小さな手掛かりでも欲しいところだ。
そう考えて、二人は懸命に辺りを見回す。
少しして、弘祈が呟くように言った。
「……この部屋の床ってこんなに汚れてたっけ? それに、あれって何か足跡っぽく見えない?」
見れば、明らかに足跡のように見えるものが床のあちこちにある。土が乾いてできたものだ。
「これは確かに足跡みたいだけど、靴のものじゃねーな。裸足か……?」
「つまり、犯人が裸足で入り込んできたってことかな」
蒼真と弘祈は足跡の近くまで行って、一緒にしゃがみ込んだ。
足跡は様々な方向に向いている。どうやら、卵を探すために部屋の中をうろうろしたらしい。
「この足跡、最終的には窓に続いてるっぽいな」
「じゃあ窓から出入りした可能性があるんだ?」
二人はすぐさま窓に向かい、鍵を確認する。鍵はかかっていなかった。
「やっぱり窓の鍵が開いてる。くそ、鍵をかけ忘れたか……それとも上手く開けられたのか」
「僕たちもそこまで確認してなかったよね」
「ああ。寝る前にもっとしっかり確認しておけばよかったな」
「あ、窓枠にも足跡があるよ。外側に向かってるのと、内側に向かってるものがあるみたい」
「なるほど。足跡の向きとかこの窓のことを考えると、窓から出入りしたのはまず間違いねーな」
蒼真が腕を組むと、今度は弘祈が窓から身を乗り出した。
弘祈は少しうつむくようにして、外の様子を
「ここからじゃちょっとわかりにくいけど、地面にも足跡っぽいのがあるような気がするよ」
ややあって、顔を上げた弘祈が「ほら」と外を指差した。
示した場所に蒼真も目をやるが、確かにこの場所からでははっきりとはわからない。
「よし、外に出てみるぞ!」
二人は早速外に出て、さらに情報収集をすることにしたのだった。
※※※
「ちょっと出てくる」
宿屋の主人に一言そう告げて、蒼真と弘祈は急いで外に出た。
二人の部屋は宿屋の奥の方である。つまり外に出てから、建物の裏手に回る必要があった。
まっすぐに自分たちの部屋がある方角へと向かう。
「ここが僕たちの部屋だよね」
二人は自分たちの部屋の場所で止まると、その窓を見上げた。
「この高さならわりと簡単に出入りできるよなぁ」
「そうだよね」
蒼真が腰に両手を当てて大きな溜息をつくと、弘祈も同意して頷く。
「ところで、さっき『足跡っぽいのがある』って言ってたよな?」
蒼真に訊かれた弘祈は、窓と土の地面を交互に見やってから、地面の一点を指差した。
「うん。多分この辺だと思う」
「どれどれ……」
二人でしゃがみ込んで、地面に目を凝らす。
すると、まだうっすらと足跡が残っているのが確認できた。
「これ足跡だよね?」
「確かにそうみたいだな。てことは、やっぱりここから出入りしたのか」
「でも、その後はどこに逃げたんだろう」
視線だけで足跡を追うと、それはだんだんと宿屋から離れていく。先にあるのは森だけだが、どうやらそちらの方へと続いているようだった。
「足跡は裏の森に続いてるみたいだ。つまりそこに逃げ込んだ可能性が高いってことだな。よし、他に手掛かりもないし追ってみるか」
「わかった」
犯人が森に逃げたと睨んだ二人は、顔を見合わせて頷く。一緒に立ち上がると、すぐさま森の方へと足を向けた。