蒼真の指揮棒と弘祈のヴァイオリンは念じるだけで自由に出し入れができると、ティアナから教えられた後のこと。
二人は今、ネスーリ神殿の外にいた。
どこを見渡しても草原が広がっている。つい先ほどまでいた神殿内とは大違いの景色だ。
「『魔物がいる』とか怖いことを言っておきながら、ティアナは俺たちを簡単に外へと放り出したわけですが……」
ホントにこれでいいの? と蒼真が今にも泣き出しそうな目を弘祈に向ける。
「まあ、いつまでもあの神殿にいるわけにもいかないし、遅かれ早かれいつかは外に出ないといけないからね。仕方ないんじゃないの」
そんな蒼真に弘祈は正論を突きつけながら、その場にしゃがみ込んだ。蒼真も一緒になって座る。
「それもそうなんだけどさぁ、って何すんの?」
「オリジンの卵と取扱説明書をしまうついでに、一応中身も確認しようと思って」
正直に答える弘祈の目の前には、大きめの肩掛け
神殿から放り出される時に、思ったよりも非情な少女――ティアナから渡されたものである。
中にはこの世界の方位磁石や食料などが入っていると言われたが、念のために確認しておこうというわけだ。
「なるほど。どれどれ……」
覗き込もうとする蒼真を
「うん、確かに食料は入ってるみたいだね。方位磁石は今から使うし、ちゃんと出しておかないと」
簡単に中身を確認したらしい弘祈が方位磁石を取り出していると、その姿を眺めていた蒼真は首を傾げた。
「卵と説明書は鞄にしまっておくのか?」
「手に持ったままだと逆に危ないでしょ。それに卵はそう簡単には割れないから鞄に入れても大丈夫だって言われたじゃない。ちゃんと話聞いてたの?」
「き、聞いてたって!」
弘祈から冷ややかな目を向けられた蒼真が、大人げなく頬を膨らませる。
その様子に、弘祈はやれやれと肩を
「ところで、これからどうするの?」
オリジンの卵を布で包んでいた弘祈に問われ、蒼真が頭の後ろで両手を組む。そのまま、雲一つない真っ青な空を見上げた。
一応は自分の意見も聞いてくれるらしいことに、少しだけ安堵する。
「どうするって言っても、南の何とか神殿ってところを目指すんだろ」
「リエンル神殿ね。名前くらいちゃんと覚えなよ」
「はいはい。とにかくそこまで行かないと俺たち帰れないんだからさ」
「じゃあ、まずは地図で方角とか大まかにでも確認しておかないと」
そう言うと、弘祈は地図つきの取扱説明書を開き始めた。
※※※
「とりあえず、地図を見ておかないといけないよね」
オリジンの卵の取扱説明書を開いた弘祈が、地図の載っているページを探す。
「あ、ここじゃないか?」
弘祈の手元を見ていた蒼真が指差したのは、最後のページだった。
「これなら後ろから見ていくんだった……」
残念だと言わんばかりに、弘祈ががっくりと肩を落とす。
「まあ、説明書についてる地図なんてのは巻末の付録、おまけみたいなもんだよな」
「それもそうだよね……」
落ち込んでいる様子の弘祈に蒼真は同情するような苦笑いを浮かべ、地図のある部分をとんとん、と人差し指で叩いた。
「ここがさっきまでいたネスーリ神殿だろ。で、リエンル神殿がまっすぐ南……と。ああ、ひたすら南下していけばいいみたいだからわかりやすいな」
「でも、ティアナは徒歩で三、四日はかかるって言ってたよね」
「そんなことも言ってたっけなぁ。この世界に電車とかは期待しちゃいけないだろうし」
やっぱり徒歩かぁ、と蒼真が溜息をつきながら、首を左右に振る。
少なくとも三日間は弘祈と二人きりなのかと考えると、少々気が
ちらりと弘祈に目をやるが、弘祈には特に気にしている様子は見られない。
自分だけが気にしすぎているのだろうか、などと考えていた時、弘祈が顔を上げて蒼真を見た。
「外が地球とほとんど変わらないのは、ほんのちょっとだけ安心したけどね」
「確かにな。これで外がまったく違う景色だったら、俺きっとめまい起こして倒れてたわ」
弘祈の言葉に同意した蒼真がわざとらしく額に手を当てると、弘祈はすぐさま
「蒼真ってそんなに繊細な性格してたっけ?」
「してんだよ! 枕変わったらあまり眠れない人種!」
「嘘くさい……。でも『あまり』ってことはまったく眠れないわけじゃないんだ」
「まあな。寝つきが悪くなる程度」
あくまでも疑いたいらしい弘祈に、蒼真は膨れながらも素直に頷いた。
爽やかな風が髪を撫でていくのを感じながら、二人は地球と環境が似ていることにほっとする。
気候については地球と少しだけ違い、北と南で気温などが大きく異なることはないとティアナが言っていた。
また、大陸の北にあたるこの辺りに雪が降ることもないらしいが、二人にとってはその方が逆にありがたい。
「じゃあ、方位磁石を頼りにして南に進んでみようか」
方位磁石と取扱説明書についた地図を見比べながら、弘祈がそう提案する。
「そうだな。まずはここから動かないとどうにもなんねーからな」
蒼真はその提案に頷くと、すぐさま立ち上がった。
(こいつと一緒なのはちょっと気に食わねーけど、何とか協力して地球に帰らないとなぁ。オリジンの卵を持ってない俺だけがリエンル神殿に行っても、どうせ帰してもらえないんだろうし)
諦めにも似たような気持ちでまたも小さく溜息をつくが、こればかりはどうにもならないと腹をくくることにする。
こうして蒼真と弘祈は、帰還の魔法陣があるリエンル神殿に向けての第一歩を踏み出したのだった。