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音楽とともに行く、異世界の旅~だけどこいつと一緒だなんて聞いてない~
市瀬瑛理
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年08月31日
公開日
61,510文字
完結
いきなり異世界転移させられた小田桐蒼真(おだぎりそうま)と永瀬弘祈(ながせひろき)。

所属する市民オーケストラの指揮者である蒼真とコンサートマスターの弘祈は正反対の性格で、音楽に対する意見が合うこともほとんどない。当然、練習日には毎回のように互いの主張が対立していた。

しかし、転移先にいたオリジンの巫女ティアナはそんな二人に『オリジンの卵』と呼ばれるものを託そうとする。
『オリジンの卵』は弘祈を親と認め、また蒼真を自分と弘祈を守るための騎士として選んだのだ。

地球に帰るためには『帰還の魔法陣』のある神殿に行かなければならないが、『オリジンの卵』を届ける先も同じ場所だった。

仕方なしに『オリジンの卵』を預かった蒼真と弘祈はティアナから『指揮棒が剣になる』能力などを授かり、『帰還の魔法陣』を目指す。

たまにぶつかり合い、時には協力して『オリジンの卵』を守りながら異世界を行く二人にいつか友情は生まれるのか?
そして無事に地球に帰ることはできるのか――。

※戦闘シーンがありますので、念のため「暴力描写あり」のセルフレイティングをつけています。
※この作品は他の小説投稿サイトにも掲載しています。

第1話 指揮者とヴァイオリン奏者

 果たして、この世に世界中の人々とまんべんなく仲良くできる人間なんているだろうか。


「いーや、そんな人間いないね」


 その問いに対して、小田桐おだぎり蒼真そうまは『いな』と即答する。

 少なくとも、自分はそんな聖人君子せいじんくんしのような人間ではないと自覚しているからだ。


 そう、大抵の人間とは仲良くできる蒼真だが、ある人物とだけはどうしても仲良くなれないと思っている。


 相手は永瀬ながせ弘祈ひろき


 同じ大学、同じ学部、同じ学年、同じ市民オーケストラと、これだけ共通点があるにも関わらず、蒼真はこの青年とだけは仲の良い友人になれる気がしなかった。



  ※※※



 ある土曜日の夜。

 市民オーケストラの練習が終わった直後のことだ。


「だーかーらー、第一ヴァイオリンの弘祈は黙ってろ! 今の指示は第二ヴァイオリンに対してだ!」


 ラフなTシャツ姿の蒼真が、指揮台から降りながら声を荒げた。

 びし、とまっすぐ指揮棒を向ける先には、ヴァイオリンを手にした弘祈の姿がある。


 清潔感のあるシンプルなシャツと黒パンツ姿の弘祈がすっと立ち上がると、ストレートの黒髪がわずかに揺れた。


 やや癖がある髪質の蒼真は、自分とはまるで違う弘祈の髪質がほんの少しだけ羨ましいと思っている。

 だが、そのことは絶対に本人には言わないと決めていた。何だか負けたような気がするのだ。


 そんな蒼真の心中を知るはずもない弘祈は背筋を伸ばして立つと、指揮棒を無視して冷静な口調で反論する。


「たとえ第二ヴァイオリンのことでも、コンサートマスターである僕が意見を言う権利くらいはあるんじゃない?」

「コンマスだからって、何でも口出ししていいわけねーだろ。こないだ俺が出した金管パートの指示に文句つけてきたことだって、ちゃんと覚えてるんだからな」


 蒼真は厳しい眼差しを向けてくる弘祈を睨み返すと、さらに不機嫌そうに顔を歪めた。


 コンサートマスター、通称コンマスは『第二の指揮者』とも呼ばれ、オーケストラをまとめる重要な立場である。


 市民オーケストラ程度の規模ならば、コンマスの弘祈が指揮者の蒼真に向かって意見を述べること自体何ら問題はない。


 しかし、蒼真と弘祈は毎週の練習が終わるたびに、このように不毛とも呼べるような言い争いを繰り広げていた。


(くっそー! 何でこいつがコンマスなんだよ! 毎回毎回噛みついてきやがって!)


 蒼真は心の中で憎々しげに吐き捨てる。


 指揮者の蒼真が弘祈をコンマスから降ろせれば今よりもマシになるのだろうが、残念ながら弘祈の方が入団したのが半年ほど早く、少しだけではあるが先輩にあたる。

 また、雇われ指揮者のような立場の蒼真には、『気に入らないから』などといった自分勝手な理由でコンマスを変更できるだけの権限は与えられていなかったのだ。


「あれは、もっと金管の音量があった方が全体のバランスが良くなると思っただけだよ」

「俺だってちゃんとバランスを考えてる。そのうえでもう少し金管は抑えるべきだと判断したんだ」


 正反対の意見をぶつけ合って二人が睨み合う横では、他のメンバーたちが「またか」とでも言わんばかりに、揃って苦笑を浮かべている。


 ここの市民オーケストラのメンバーは、蒼真と弘祈の性格が対照的で反りが合わないことをよく知っていた。


 端的に言えば、蒼真は明るく活発、弘祈は冷静で穏やかといった感じである。


 だが、弘祈が蒼真に対して穏やかでいたことはあまり多くない。他の人間には穏やかに優しく接しているが、なぜか蒼真には同じようにできないらしい。


 蒼真が大学のキャンパス内で見かける弘祈は、基本的にいつも柔らかな表情を浮かべていた。

 それがどうして自分にだけはこうなるのか。蒼真にはさっぱりわからない。


 やはり性格が違いすぎる、弘祈も自分にあまりいい印象を持っていないからだ、と思わざるを得なかった。


「蒼真も弘祈も、やるならこっちでやれ」

「その間にミーティング終わらせとくから、な?」


 男性メンバー数人が呆れた様子で、蒼真と弘祈を音楽室の隣へと引っ張っていく。

 そこには練習室と呼ばれる、防音の個室があった。個人練習や数人でパート練習ができる、三畳程度の小さな部屋だ。


 すでに手慣れたメンバーに引きずられながらも、蒼真と弘祈は言い合いをやめようとはしない。


「じゃあ、仲直りしたら出てこいよ」


 そのまま、二人はそれぞれ指揮棒とヴァイオリンを手に、練習室に放り込まれた。


 外からドアが閉められると、蒼真はふてくされたようにブツブツと文句を紡ぐ。


「何で俺らが音楽室から追い出されなきゃいけねーんだよ」

「まったくだね」


 弘祈も同意して、施錠はされていないドアを見上げた。


 こういう時だけは妙に気が合っているのだが、まだ興奮した状態の本人たちはまるで気づいていない。


「よし。なら、ここで白黒はっきりさせるか!」

「そうだね。今日こそ決着をつけるよ」


 意見の食い違いに白黒も決着もないはずだが、二人ともまったく譲る気はないようで、互いにそう言うと改めて睨み合った。


 その時である。


 不意に蒼真と弘祈の足元から真っ白な光が溢れ出してきて、二人は揃ってぎょっとした。


「うわ、何だこれ」


 思わず声を上げた蒼真が、いつの間にか大きな円形になった光から足をずらそうとする。


 弘祈も同様に、後ろに退こうとした。


 しかし、光が二人の足首を絡め取る方がほんの少しだけ早い。


「え、ちょ、待っ……!」


 さらに広がった円形の光は二人をしっかりと捉えたまま、その場で大きな渦になって天井まで立ち昇る。


 動くことのできない蒼真と弘祈はまばゆい光に包まれながら、ただ目を閉じることしかできなかった。



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