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特別編 透明人間の経穴〜次作予告

「これから透明人間・・・・が増えちゃうんじゃないかって心配でね〜」

「は?」

 また文太ぶんたさんがおかしな事を言い出したので、広背筋を押していたオレの手が止まる。広背筋は背中の中央から脇の下、骨盤まで広がっている大きな筋肉だ。肩関節や肩甲骨の動きに関わっているが、ここが硬くなると肩凝りや首凝り、腰痛等を引き起こす。毎日十五時間デスクワークをしている彼の広背筋は当然、絶望的にガチガチだ。ただでさえほぐすのに時間と労力がかかるのに、力が抜ける様な事を言わないで欲しい……

 しかし赤いダボシャツのトラック野郎な漫画家はオレの『黙れオーラ』にちっとも気付かず、呑気に与太話を続ける。

「だって今時の若者って体に入れ墨─タトゥー入れるのに抵抗無いコいるじゃん?そんで外国人が漢字のタトゥーを『愛』とか『家族』とか、勘違いしてるヤツは『人参』とか『痛風』とか入れちゃうのを面白がって真似してさ。それがエスカレートしたら全身に梵字入れちゃうかもしれないだろ。そしたら渋谷のスクランブル交差点とかが透明人間で溢れ返る事になるんだぜ。激突しまくりで、危なくって歩けやしねえ」

「ちょっと何言ってるか分かんないんスけど……」

「ヤダなあ、有名な話だぞ」

 施術台にうつ伏せになっている文太さんはわざわざ首を持ち上げて、オレを振り返りニヤニヤしている。首が痛くて回らないとか言ってぎゃらん堂ウチに通っているくせに……頸椎にラビットパンチを食らわせてやろうか。

「そんな、相手を選ぶ・・・・・透明人間の心配してどうするんですか」

 隣のベッドではりの準備をしていた真見まみがポツリと呟いた。相手を選ぶ?

「全身に梵字──般若心経を書いてえなくなった透明人間・・・・といえば、〈耳なし芳一〉でしょう?視えない相手は平家の怨霊限定じゃないですか」

「あっそういう事?」

 それならオレだって知っている。平家の怨霊に気に入られて毎晩墓場でライヴをさせられていた琵琶法師が、このままではり殺されるとお坊さんに助けを求め、全身にお経を書いてもらって怨霊から視えなくしてもらうって話だ。でも耳にお経を書くのを忘れたので、怨霊に耳だけ持っていかれたっていう──

「アハハ、もうバレたか。諸行無常だな〜」

 ゲハゲハ喜ぶ文太さん。両耳を引きちぎりたい衝動を何とか抑え込む。

 そんなワナワナしているオレに、真見が告げた。

「ご心配なく烏頭うとう先生。施術の邪魔をする人には、私が耳の急所に鍼を打っておきます」

「ちょっ、えっ?」

 物騒な事を言う真見に文太さんが慌てて上体を起こした。真見は一番太い八番鍼を手に彼を見下ろしている。長い髪の隙間から覗く無表情が怖い。文太さんが怯えた目で見上げる。

「冗談…だよな?」

「神経の宝庫とも言われる耳にはたくさんの経穴ツボがありますが、その中でも耳の上部内側にある〈神門しんもん〉は一突きで天国の門をくぐれるんですよ。耳をむしり取られた芳一はさぞ苦痛だったでしょうが、大丈夫、鍼ならほんの一瞬ですから……」

 金縛りに遭ったかの様に動けない文太さんの耳に向けて真見が鍼を構える。オレが呆然としていると、背後からトントンと肩を叩かれた。振り向けば受付のマヨねえが笑いをこらえて立っている。その手に持っているのは耳のイラストが描かれたA4判のポスターで、耳のツボの位置と名前、効能の説明が書かれていた。

 それによると神門は自律神経を整え血流を促す、健康にとても良いツボだ。

「て、天国の門とかまだ行きたくないんだけど……」

「地獄の門よりいいでしょう?」

「わあっ、ふざけてすみませんでしたっ!」

 焦って謝る文太さんの様子に、真見は薄く笑った。


 ──という訳で現在、ぎゃらん堂シリーズに代わる新作シリーズを執筆中です。春には連載開始できると思いますが、その予告編的なモノをお届けしました。新作にはこのぎゃらん堂メンバーは全く出てきませんが、今回のネタが新作に微妙に繋がっています。どう繋がっているか、是非お確かめください。

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