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帰ってきたら、仕事場の加湿器が唸ってやがった。
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低音が耳障りだ。頭痛がする。前よりうるさくなった気がするが、長く使ってるオンボロだからな、ガタがきちまったのか。
いや…ガタがきてんのは俺の耳だ。ストレスで自律神経がやられてるんだ。
じゃなきゃ『どばちゅん』なんて聴こえねえ。
特殊な
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くそっ…頭がガンガンしてきた。今日は調子良かったのにな。この絵コンテを描き上げた勢いで、今週の仕事は気分良く
でも薫ちゃんセンセも真見センセも、俺が仕事のし過ぎでストレス溜めてると思ってるだろうな。そりゃ体はボロボロよ?座りっ放しで首は痛いわ腰は固まるわ足はむくむわ、股関節もガチガチだから今じゃ正座も
キツいのは、今自分が描いてるモンがホントに面白いのかどうか、分かんないからよ。コンサートとか芝居とかのライブなら、その場でお客さんの拍手が貰えるけどな。漫画の読者は目の前で読んでくんないじゃん。雑誌の人気投票にしても単行本の売り上げにしても、描いた後だいぶ経ってからしか評価が分かんないんだよ。編集者は意見くれるけど、アイツらはまあ作り手側だし、商売でやってっからな。純粋な読者とは違う。そうだよ、読者に、誰かに自分の漫画を読んで欲しいからプロになったんだ。じゃなかったら独りで描いてりゃいいんだからな。俺は素直な感想が知りてえんだ。面白いか、つまんないか、どっちでもいいから!
自信はあるさ、自分の作品に。じゃなきゃプロなんてやってらんねえ。根拠の無い自惚れかもしれねえけど、それで突っ走ってきたんだ。キラキラの十代、ギラギラの二十代……今じゃフラフラの五十代だけど、自分の描くモンにはずうっと
でも同時にいっつも不安があった。太宰治のあれだ、『選ばれし者の恍惚と不安、共に我にあり』ってやつ。元はフランスの詩人の言葉らしいけど……その恍惚と不安がしょっちゅう行ったり来たりすっから、心が落ち着かねえんだよ。ちょっと交感神経と副交感神経が行ったり来たりすっと自律神経が乱れちゃうのに似てるかもな。だからこんなにボロボロになっちまったのか?
それでも描くのは──表現するのは止められねえ。思い付いちゃったらもう、すぐ形にしたくなる。じゃなきゃこんな絵コンテもきらねえよ。仕事の合間に仮眠の時間削って、わざわざ宮澤賢治全集チェックしてオノマトペ書き出してさ。大馬鹿だけど、でも結局それが一番精神も安定するんだ。描いてる最中はその世界に入り込んでるから、誰かの評価がどうとか気にならない。ずっと恍惚状態、恍惚の人だよ。ちょっと意味違うけど。
…けど描き終わると、また不安が来る。こんなん誰も愉しんでくれないんじゃないかって、虚しくなる。漫画の中でお好み焼き屋殺して『へへへ〜っ』てなってたのが、おかしいんじゃねえのって腹立ってくる。
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あ〜っ頭痛えっ…!
やっぱりホントにぶっ殺してやろうかっ……
『えっと、面白かったっスよ』
……ありがとな、センセ。
久しぶりに言ってもらえたよ。
あの人は嘘はつけねえからな……
しゃあねえ、もうちょい我慢して漫画描くか。
一応、足ヒレと先っぽ尖らせた傘は用意してあんだけどよ……
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どばちゅん……
ああ、また聴こえた。