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三・八話  ボクのせんせい

 ボクには先生・・がいる。

 学校の先生もいるし塾の先生もいるけど、その先生じゃない。

 いつもボクのそばにいてくれて、困った時は助けてくれる先生だ。

「ねえ先生、ケイとケンカしちゃったんだけど…」

「ケイ君と?あんなに仲良しなのにどうして?」

「だってアイツ、勝手にタモツをマイクラのフレンドに登録したんだよ。ボクとタモツが絶交してんの知ってるくせに」

「ああ…マモルをイジメてくるコか。ケイ君はタモツと仲良いの?」

「仲良いってわけじゃないみたいだけど…何かフレンドにしてって頼まれたとか言ってんの。ケイはクラスの誰とでもうまくやってるから、すぐフレンドとか増やしたがるんだ。でもボクはケイみたいにクラスの人気者じゃないし、マイクラくらい気の合う友だちとやりたいんだよ。ケイも分かってくれてると思ってたのにさあ!」

 今日久しぶりに行った学校でケイから聞かされて、アイツを親友だと思っていたボクには凄いショックだった。それで口論になって、いつもなら一緒に下校するんだけど独りで帰ってきた。悔しくて悲しくて、部屋に閉じ込もってスイッチゲームの電源は切ったまま、スマホに来たケイからの着信もメールもスルーしている。まだ塾も休んでるしお母さんが仕事から帰ってくるまで時間があるから、ケイとたっぷりマイクラが出来ると思って楽しみにしてたのに──

 ベッドに体育座りしているボクを見下ろしながら、先生はしばらく黙っていた。

 外から近くの道路を工事している音が聴こえる。

 ガガガガ…ガガガガガ……

「…メールを見てごらん。

 きっとケイ君は謝ってると思うよ」

「……」

「タモツは乱暴で怖いヤツなんだろ?ケイ君も断ったらイジメられちゃうかもしれない。

 それにケイ君とマモルが仲良しなのはタモツも知ってるよね?ケイ君はもしかしたら、自分がタモツをフレンドにしなかったら、その腹いせがマモルに向けられるかもって思ったんじゃないかな。だってケイ君はいつだってマモルを庇ってくれてるだろ?タモツに嫌な事されてる時も、ケイ君は『やめろよ』って助けてくれるじゃないか」

「…うん」

「それにケイ君はゲーム詳しいだろ?タモツをフレンドにはしても、マモルとゲームの世界で出遭わないようにしてくれるんじゃないかな」

「そうかな…?」

「そうさ。ケイ君に連絡してみなって。

 ちゃんと『ゴメンね』って言うんだぞ」

「…分かった、そうするよ。

 ありがとう先生」

 先生はニッコリと笑って、ボクの頭を撫でてくれた。


「──〈イマジナリー・フレンド〉というのを知っていますか?

 うん?…いいえ、マインクラフトのフレンドとは関係ありません。

 言い換えれば『想像上の友達』です。

 まるで本当にそこにいる様な実在感があって、一緒に遊んだり、悩み事を相談したりできるオトモダチ……五〜六歳、或いは十歳頃に出現するというから、小学生の皆さんはこのイマジナリー・フレンドがいるってコも多いのではないでしょうか?

 もし皆さんにそんなオトモダチがいても、それは子供の発達過程における正常な現象なので気にしないでください。そうやって他人とどう関わっていけばいいか、皆さんの心が練習してるんです。大人でもイマジナリー・フレンドを持ってる人、いるんですよ。

 それは人間の姿をしている事が多いんですが、動物や妖精、或いはぬいぐるみやオモチャのロボットなんかと対話できる場合もあります。『グランロボが飛んだ』というお話がそうですね。え、知りません?……まあそんな目に見えるモノをイマジナリー・フレンドに含むかは、研究者によって意見が異なりますが…。

 でも肝心なのは、そのオトモダチは自分以外の他人には存在を認知できないという事。他人にはぬいぐるみやロボットは喋らないただのオモチャだし、人間や動物の姿はそもそも見えません。

 だからマモル君の先生・・も、当然彼にしか視えなくて──」



 淡々と語る真見まみを小学生達は息を呑んで見つめていた。

 少年野球チーム〈シラトリ野球部〉の夏休みお泊まり会に怪談を披露するゲストとして招かれた彼女は、細身の体を白いワンピースに包み、小学校の体育館のステージ上に悄然と立っている。俯いて長髪の前髪で目が隠れ、昏い照明に照らされる姿はまさに本職の怪談師──鍼灸師なのだが。

 真見と共に整骨院〈ぎゃらん堂〉で働く柔道整復師のオレもチームのストレッチを指導していて、このお泊まり会に招待された。ジャージ姿で子供達と一緒にワイワイ食べた夕食のカレーは最高に美味しかったし、自分も学生時代には野球に打ち込んで散々合宿を体験してきたので何とも懐かしい。ニヤニヤしていたら、ぎゃらん堂の受付のマヨねえの息子である小二のヒロムに『薫ちゃんセンセがまたニヤケてる〜』とからかわれた。確かにオレは烏頭うとう薫だが、このコのお陰ですっかりテレビドラマ『相棒』のお人好しな肉体派刑事・亀山薫─薫ちゃん扱いである。

 そして夕食後に真見の怪談コーナーが始まったのだが、これで既に四話目。彼女オリジナルの物語はゾッとさせたり時にはホロリとさせたり、その内容と語り口は緩急自在、子供達のみならず同伴の監督やコーチ、保護者、そして任意参加の教師達もすっかり惹き込まれて聴き入っている。

 オレも興味深く聴いてはいたが、だんだん気になってきた。

(…これ一体何話あるんだ?ホントに百物語やる気じゃないよな……)

 夕食後、真見は他の大人達と細かい段取りを相談していたようだが、オレは子供達と遊んでいて聞いていなかった。だから真見の持ち時間もネタの数も知らない。幾つかの怪談は事前に試し聴きさせられてはいたが──

(……う……)


 ゴメン、真見クン。



「ねえ先生!聞いて聞いてっ…」

 学校から帰ってきてすぐ、ボクは興奮して言った。

 先生はいつもの様にベッドに座るボクを見下ろして立っている。

「今日来た転校生のマミちゃんに言われたんだけどさあ──」

「ああ、あの髪の長い不思議な雰囲気のコ。もう仲良くなれたのかい?」

「え?うん、まあ…向こうから急に話しかけられたんだけど」

「おっ、気に入られたのかマモル?」

「どうかな…とにかくそのマミちゃんがね、言ったんだよ。


『あなたの後ろに立ってる人、誰?』って。


 ビックリしたなあ、ボク以外に先生が見える人がいるなんて!今までそんな事なかったよね?

 だからこっそり教えてあげたんだ、あのひとはボクの先生・・だって。学校の先生より優しくて、ずっと頼りになるんだよって。

 でもそのマミちゃんが変な事言うんだ。

『最近体調どう?』って。

 急にやせてないかとか、頭痛がしないかとか、寒気は?首が痛くない?─そんな事ばっかきくんだよ。

 確かにここんとこ何かいつも具合悪くて、学校もしょっちゅう休むけど……

 そしたらマミちゃん、うーんって悩んでさ。

れいしょう・・・・・が出てるんならしゅごれい・・・・・じゃなさそう』だって。意味不明なんだよね。

 それで気を付けてって言われたんだけど、何を気を付けるんだか分かんなくて……ねえ先生、マミちゃんは何を言ってたのかな…?」

 ボクが話してる間、先生はずっと黙ってた。

 何だかだんだん部屋が暗くなってきた気がする。

 ガガガガガ……

 また工事の音が聴こえてきて、先生がボソボソと何か言ったけど聞き取れなかった。

「え?何?」

 ガガガガガ……

 先生が笑っている。

 口元を歪めた、何だか嫌な笑い方だ。

 …先生ってこんな顔だっけ?

 目が白く濁って、頬がけて、顔色も青白くて……

 そういえば先生っていつからいたんだっけ。

 一ヶ月?それとも二ヶ月前…あれ、思い出せない。

 でもよく考えたら、先生が来た頃からボクは学校を休むようになって……

 マミちゃん、他にも何か言ってたな。

 おはらい・・・・に行けとか何とか……


 ガガガガ…ガガガガガ……


 先生が笑う。


「ギギギギ……」


 先生だったモノが、歯を鳴らして笑う。


 ボクは金縛りに遭ったみたいに動けない。

「せん…せい……?」

「気付クノガ遅カッタヨ、マ・モ・ル…」


 そいつ・・・は耳まで裂けた口を大きく開けた。


「…もしイマジナリー・フレンドが他の誰かにも見えていたら、それは貴方のオトモダチじゃないかもしれません。優しいフリをして取り憑いて、酷い事をしようと企む悪しき存在かも…皆さんも気を付けて──

 今ここにいる先生も大丈夫?ちゃんと皆の知ってる先生ですか?今日は何人、先生が来てくれる予定だったのかしら…五人?そう……


 じゃあ今入ってきた、その六人目の先生・・は……?」


「わあっ!」「きゃああっ!」

「えっ、えっ、何っ?」

 オレが我慢できずにこっそりトイレに行って体育館に戻ると、こっちを振り向いた小学生達が一斉に悲鳴を上げた。

 ヒロムが立ち上がって指差す。

「もうっ、おどかさないでよ薫ちゃんセンセ!」

「へ?」

「何だ薫ちゃんセンセか!」

「やめてよ薫ちゃんセンセ!」

 よく分からないままブーイングを浴びるオレを見ながら、真見が口元を僅かに綻ばせていた。

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