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三・六話  ひなこちゃんがこわい

 うん、雛子ひなこちゃんって怖いの。


 前は違ったんだよ。三年生で同じクラスになったんだけど、お家に遊びに行った事あるもん。高校生のお兄ちゃんがいるんだけど優しいの。雛子ちゃんの事すごく可愛がってて、あたし達にも『雛子と遊んでくれてありがとう』ってお菓子くれた。たっちゃんなんて『雛子ちゃんのオニイサマ、カッコいい!』とか浮かれてたよ。

 …うん、お父さんとお母さんはいないの。お兄ちゃんとお祖母ばあちゃん。お祖母ちゃんはいつも寝てる。ずっと病気なんだって。雛子ちゃんがお祖母ちゃんの部屋のふすま開けて『ただいま』って声掛けるんだけど、お布団で寝てるお祖母ちゃんが見えるの。掛け布団を首まで被って、顔だけこっち向けて、それでもニコニコして『いらっしゃい』って挨拶してくれる。

 お兄ちゃんは高校終わってからバイトしてた。アパートの家賃とか食費とか、お祖母ちゃんの?それだけじゃ大変だからって。雛子ちゃん『ウチ、ビンボーだから』って言ってたよ。確かに雛子ちゃんのアパートは狭くて、お祖母ちゃんが寝てる部屋以外には台所とくっついた部屋しかなくて、雛子ちゃんとお兄ちゃんはそこで一緒に寝てるんだって。タンスとかも何も無くて、冷蔵庫がひとつあるだけだった。スイカが一個入ったらいっぱいになるくらいの、ちっちゃい冷蔵庫。それだけ。

 でもその頃の雛子ちゃんはよく笑ってたし、怖くなかったんだ。


 怖くなったのは四年生になってから。


 雛子ちゃん、笑わなくなった。

 学校でもずっと暗い顔してて、誰か話しかけても返事しなくて。あたしも具合悪いのかなって思って保健室一緒に行こうって言ったけど、首をイヤイヤって振るだけ。たっちゃんがお兄ちゃんに会いたいって頼んでも首を振る。

 それで皆だんだん雛子ちゃんに近付かなくなって、春の遠足も五月の運動会のダンスも、誰も自分の班に誘わなかった。最後に一人だけ残っちゃったから先生が人数が足りないとこに入れたけど、同じ班になったコは嫌な顔してた。

 でも結局、雛子ちゃんは遠足も運動会も来なかったんだ。マッキーが言ってた、お弁当とかおやつとか買うお金無くて来なかったんじゃないかって。噂はあったよ、雛子ちゃん、給食費払ってないって。マッキーのママって?ってのやってるじゃん。前から雛子ちゃんのお家の様子見に行ってたんだけど、今年になってからお祖母ちゃんの具合がホントに悪くなったみたい。夜ママがパパと話してるのをマッキー、聞いちゃったんだって。いつ行ってもお祖母ちゃん寝てて話が出来なくて、お兄ちゃんが襖ちょっと開けて様子見せてくれるけど、布団から出してる顔色が悪過ぎて真っ白。入院させないとヤバいけど、お金が無いからってお兄ちゃんが断ったって……

 もしお祖母ちゃん死んじゃったらねんきん・・・・貰えなくなるから余計大変なのにって、マッキーのママ心配してたらしいよ。


 でも何度お家行っても、やっぱりお祖母ちゃんは真っ白な顔で寝てるだけで。

 お兄ちゃんは高校辞めてバイト増やして。

 雛子ちゃんは怖くて。


 でね、今日終業式だったじゃん?明日から夏休みで皆ウキウキしてるのに、雛子ちゃんはやっぱり怖くて──ううん、いつもよりずっと変だった。こんなに暑いのに真っ青な顔でブルブル震えてて、さすがにあたし放っとけなくて『保健室行く?』って声掛けた。また首を振られると思ったけど、雛子ちゃん泣きそうな顔で言ったの。

『電気止められちゃったの…』って。

 電気代払えなくなったらしいけど、この猛暑でそれは大変だよね。あたしがそう言ったら雛子ちゃん、両手で頭を抱えて叫んだ。

『どうしよう!お祖母ちゃん冷やせなくなっちゃうよお!』

 エアコン使えなかったらお祖母ちゃん、余計具合悪くなっちゃうもんね。


 雛子ちゃん、怖いけど、可哀想だな……



「……高校生のバイトだけでは生活していけないんです。このままだと施設に入らなくてはならなくなり、妹と離れ離れになるかもしれない…だから兄妹は決断したんです。

 春先に亡くなったお祖母ちゃんの年金を不正受給・・・・し続けようと──」

 淡々と語る真見まみは相変わらず無表情だが、聞いているオレとマヨねえの顔は歪みきっている。少年野球チームのお泊まり会で披露する怪談をまた思い付いたと語り出したのだが、前回は怖過ぎたと言われたので語り手を小学生にしてみたそうだ……

「それはつまり…亡くなったお祖母ちゃんが生きてる様に見せかけて、死体をずっと布団に隠してたって事…?」

 オレの言葉に真見はゆるゆると首を振った。

「それではすぐ腐敗してしまいます」

「じゃあ…考えたくないけど冷蔵庫に入れてたのね」

 マヨ姉の言葉にも真見は首を振る。

「入りませんよ。冷蔵庫はちっちゃいんですから」

「そっか、そうだよね、スイカ一個でいっぱいになるって……」

 そこまで言ってオレは固まる。

 そうだ、いつも布団を首まで掛けていたのだ。

 民生委員はお祖母ちゃんの顔─いや、頭しか見ていない。


 頭だけあればいい・・・・・・・・


『お祖母ちゃん冷やせなくなっちゃうよお!』


 マヨ姉は青褪め、オレも握った手が汗ばむ。

 語り手が小学生でもこれは駄目だ。


 真見は静かに続けた。

「民生委員のママは言ってたそうです。

 お祖母ちゃんの寝顔は真っ白だったけど、優しく微笑んでたって……

 きっと孫達に自分がいなくなったらどうすればいいか、最期に伝えたんでしょうね」

 そして、薄っすらと微笑んだ。


 いい話っぽくまとめても駄目だってば。

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