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第132話 魔王、その権能を振るう

 トリストラム提督の血を浴びて、魔王としての力を取り戻したカミラは、その権能を存分に振るった。


 巨大な翼を腕の代わりにして、ララを振り払い、ヴィクトリアを吹き飛ばす。

 そして、そのまま雪女を拘束しているルーシーの方へと向かう。


「なんやのん、えらいけったいな魔王はんやなぁ。急に暴れはって」


「さあ、氷雨を返してもらうぞ! 妾(わらわ)たちは自由なのじゃ!」


「そうは問屋がおろさらへんわ。ウチの槍の錆びに……ッ!」


 自慢の槍で応戦したルーシー。

 嫁たちの中でも一番の武闘派で、膂力を持っている絡新婦。

 彼女の手にかかれば、人が乗っている馬車も自由自在に操れる。


 だが、そんな彼女がつばぜり合いで競り負ける。

 魔王が振り下ろした巨大な赤い翼に、押されて後退する。

 けっして見てくれだけではない、たしかな重量が備わっている。

 いや、魔力もか。


 トリストラム提督の血を浴びて、魔王はついにここに覚醒した。

 よりにもよって、この最悪のタイミングで……!


「今じゃ氷雨! カインと共に逃げるのじゃ!」


「……魔王さん! わかりんした! ありがとござんす! また、後で! 必ず!」


 魔王と戦うので手一杯のルーシーに、雪女を気にかける余裕はない。

 そして他の者たちも、魔王の暴走に虚を突かれて対応できない。


 雪へと姿を変え、吹雪と化してその場からかき消える雪女。

 またしても俺たちは殺人鬼を逃した。


 だが、今はそれどころではない。


「魔王カミラ! きさま! よくもやってくれたなぁ!」


「それはこちらの台詞よ! さあ、王同士の戦いとまいろうか!」


 覚醒した魔王をなんとかしなくてはいけない。

 俺は石兵玄武盤をたぐると、すかさずルーシーに加勢した。


 巨大な土の拳が魔王の翼を押し返す。

 だが、際限なしに魔王の力は上がっていく。

 たった一滴、トリストラム提督の血を啜っただけで、これほどまでの力を出すことができるとは――!


「ふはははッ! この程度かモロルドの王よ! たいしたことがないのう!」


「くそっ! 反則だろうこの力は!」


「旦那はん! 加勢しますえ! 魔王、覚悟しはりや!」


 俺と魔王が組み合っている横からルーシーがその槍を振るう。

しかし、そんな彼女の槍先を、魔王は新しく生やした翼で止めてみせた。


「王と王の一騎打ちだと言ったであろう。臣下が出しゃばるでない」


「……んぐっ、なんて力やの!」


「だいたい、不敬であるぞ。そなたも、我が麾下にある魔の種族であろう。王に刃を向けるとはどういうことか。その軽挙、万死に値する……!」


 さらにもう一本、魔王は真紅の翼を生やす。

 より鋭く、より太く、より醜悪な見た目をしたそれを、彼女はルーシに向ける。


 避けろと叫ぶ間さえなかった。

 絡新婦は赤い翼に切り裂かれ――その八本の脚を、見るも無惨に砕かれた。


 押し殺すような叫び声が俺の耳に届く。


「ルーシー!」


「いやあ、ルーシ!」


「ルーシーさま!」


「ルーシーさん!」


 脚を失ったルーシーが、バランスを崩してその場に蹲る。

 動けなくなった絡新婦の頭上に、二つの赤い翼が襲いかかった。

 ダメだ、助けられない……ッ!


 嫁の身体を魔王が引き裂かんとしたまさにその時――。



「まったく! 自分の嫁御を守れんようでどうする! しっかりせんか、ケビン!」



 ルーシーに向かって振るわれた赤い刃を、少年が掌底で弾き飛ばした。

 闇夜にもありありと分かる紅顔に煌めく髪。

 そして、折れてしまった角。


「精海竜王さま!!!!」


 動けないルーシーに代わり、加勢に現れたのは少年体の精海竜王だった。

 彼は、魔王の振るう赤い翼を拳ひとつではね除けると、さらに拳を繰り出して追い詰めていく。精海竜王の猛攻に、ようやく魔王の快進撃が止まった。


 流石は東洋の覇王。

 引退してなお、角をもがれても、この強さか。

 こんな人に勝てたのが、今さらながら不思議だ。


「ぼさっとするな! ワシの娘の友達が、これ以上ひどい目に遭うのは見るに耐えん! お主の妻でもあろう! はよう後ろに下げよ! それまで、ワシが時間を稼ぐ!」


「す、すみません、精海竜王!」


 岳父の勧めに従って、俺は石兵玄武盤で大地を動かしてルーシを後ろに下げた。

 ララとヴィクトリアに彼女の手当を頼んで、すぐに精海竜王の加勢に入る。


「ケビンよ、厄介な客人を招いてしまったのう。アレは正真正銘の魔王よ。東洋の西洋の別なく、魔の系譜に連なる者の頂点に君臨する存在じゃ」


「ご存じなのですか、精海竜王?」


「まあ、長く生きておればのう。千年に一度……いや、厳密にはいろいろな条件があるのじゃが、この世界の均衡を保つために、あのように強力な力を持った魔物が生まれ落ちる。規格外ぞ。なにせ、世界の均衡を保つために、世界の理から外れた存在なのだから」


 そう言いながらも、精海竜王は魔王の繰り出す攻撃を軽くいなしていった。


 はたして竜王と魔王のどちらが強いのだろう。

 いや、きっと竜王に違いない。


 そう信じて、俺はその隣で神仙より賜りし仙宝に気力を籠めた。


「うなれ石兵玄武盤! 魔王なにするものぞ! 俺が調伏してくれる!」


◇ ◇ ◇ ◇


 ルーシーの八本の脚は完全に折れていた。

 肉と骨でできている哺乳類ならいざ知らず、彼女は蜘蛛の魔物だ。

 破損した身体を修復する機能は、そもそも備わっていない。


 つまり、彼女はもう立つことも歩くこともできなくなってしまった。

 そしてそのことを、彼女と同じ領主の妻たちはすぐ察した。


「…………ララはん、ヴィクトリア。そんな悲しい顔、しんといて」


「けど、ルーシーさん。こんなのって」


「……なにか、また、きっと歩けるようになる方法があるはずです。そうだ、ナターシャに聞いて、精巧な義足の造り方を」


「……ええんよ。ウチは、旦那はんの盾になれただけで、満足やわ」


 ケビンを守るために、自らを犠牲にしたルーシーは満足げにいった。

 それでも、やはり自由を失った悲しみが台詞に滲んでいた。


 そんな中、傷ついたトリストラムを胸に抱き、ステラが合流する。


「ルーシー!!!! だいじょうぶぅ!!!!」


「なんやのんステラ。そんなびぃびぃ鳴いて。ほんにうるさい娘やなぁ。そんなにうるさいと、焼いて食ってウチの栄養にしてまうで……」


 多くの嫁たちが涙を堪える中、幼く純粋なステラは声を上げて泣いた。

 あまりにも突然に、多くの大切な人が傷ついた。そのことを受け止められるほど、彼女は冷淡でもなければ冷静でもなく、大人でもなければ子供でもなかった。


 今もまさに自分の胸の中で冷たくなっていくトリストラム提督。

 そして、傷つき変わり果てたルーシー。


「なんで、なんでなの……! どうしてこんなかなしいことになっちゃうの! すてらたち、なにもわるいことしてないのに!」


 自分たちの身を襲った不運に、彼女の心をはじめて強い怒りが満たす。


 魔王を許せない。

 仲間を救いたい。

 力のない自分が憎い。


「もっと、ステラがつよかったら! おねーちゃんたちみたいに、すごいちからをもっていたら! こんなこと、ぜったいにさせなかったのにぃ……ッ!」


 心からの後悔と力への渇望が、彼女を満たした時だった。


『では、解放してさしあげましょう。封じられた、本来の私の力を』


 内なる声が、その胸に響いたのは。

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