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第131話 魔王、血を暴走させる

「バカめケビン! そんな女に人質の価値などないわ! 私の高貴なる命と、亜人どもの命が平等だとでも思ったか! さあ、さっさと逃げるぞアホ魔王!」


「のじゃあッ⁉ カインよ、それはちょっといくらなんでも、ひどくないかえ⁉」


 てっきり、勝負あったと思った。

 カインの仲間たち、その中でもとりわけ凶暴にして主戦力である雪女を捕まえることができたのだ。こうなると彼らにはもう抵抗する手段は残されていない。

 そして、仲間を助けるためにこちらの要求をしぶしぶ呑むだろう――と。


 しかし、カインは俺が想像している以上にクズだった。


 仲間を仲間とも思わぬその所業。

 我が弟ながら、あきれかえって声も出なくなる。

 思わず、彼と短いながらも交流のあったトリストラム提督と顔を見合わせた。


「カインよ! 氷雨は我らの大事な仲間であろう! それを見捨てて逃げるだなどと、流石にそれはひどいのじゃ! 氷雨の気持ちを考えてもみよ!」


「うるさい! 私はその女に、氷を食わされて腹を下したり、凍りづけにされて囮にされたり、迷惑だけしかかけられていないんだ! むしろ酷い目に遭ってせいせいとしているわ! おまけに――第一使徒の俺より目立って!」


「ただの醜い嫉妬ではないか! お主が無能なのは事実であろう!」


「うるさいうるさいうるさい! とにかく、そんな奴、私は仲間と認めていない! ケビンから私が逃げるための囮になるなら願ったり叶ったりだ! ざまみろ氷雨! お前の死は無駄にはしない! 私たちが逃げる時間を稼ぐために死ねぇッ!」


 人間、こうはなりたくないなぁ……。


「くぁっ! くわっ、くわっ、くわわわわわッ!」


「ぎゃあっ! やめろバカ鶏! なんだいきなり! この高貴なる私を、くちばしで突いて! そのような無礼をして、済むと思っているのか! わぁっ、本当にやめて!」


 殺人鬼とはいえ雪女は女性。

 レディーファースト、常に紳士的な振る舞いをしているトリストラム提督には、カインの行いが許せなかったのだろう。

 彼は翼を広げて尾を立てると、カインに猛然と飛びかかった。


 そして――鶏に襲われ、カインはあっさりと捕まった。

 元は猛将のトリストラム提督が相手とはいえ、あまりにもあっけなく。


 我が弟ながら、本当にどうしてこうも……!

 いや、もうなにも言うまい。


「くっ! 氷雨に続いて、カインまで捕まってしもうたのじゃ!」


「……さあ、残すはお前一人だ、魔王カミラ! 大人しく降参するならよし! まだ抵抗するというなら、こちらもそれ相応の対応を取らせてもらう!」


 ララが石弩をつがい、ルーシーが槍を抜く。

 ヴィクトリアが腕を突き出し謎のポーズを取る。


 全員、臨戦態勢。

 流石に魔王も、この数を相手に戦えないはずだ。


 さらに――。


「プ♪」


 プーちゃんも、やる気だ。

 ステラの前に陣取った彼女は、びょんとその身体を大きく広げて魔王を威嚇する。

 モロルド政府主力陣営――主に領主夫人――に囲まれて、あわあわと魔王は慌てふためくことしかできないのだった。


 今度こそ勝った。


「わ、わかったのじゃ……。我は魔王。魔に連なる者たちの頂点に立つ者。その王が、下々の者を見捨ててはいかんのじゃ。ここは大人しく、お主に従おう」


「ふむ。なるほど。どうやら貴方とは話ができるようだな、魔王カミラ」


 カインのようないい加減な男をを懐に入れるだけあって、魔王はなかなかの胆力をしていた。精海竜王と同じ王としての尊厳と責任感を感じる。

 同じく、モロルドの領民を導く俺としては、彼女に素直な親近感を抱いた。


 もっとも、その臣下選びのセンスについては、ちょっと理解できないが。


「そんな、魔王さん! ワッチのことなど見捨てて、逃げてくりゃれ!」


「なにを言っているんだ、このバカ氷女! 流石です魔王さま! それでこそ我が王、我が主! よくぞ言ってくださいました! おい、聞いたなケビン! これは対等な取り引きだ……だから、俺たちに手を出すんじゃないぞ」


「殺人鬼はともかくとして、よくカインを臣下にしましたね」


「それは妾(わらわ)も失敗だったと思っておるのじゃ……!」


 本当に後悔している感じの目を魔王がする。

 どうやらカインを第一使徒にしたのには、深い事情があるらしい。

 心中お察しする。


 しぶしぶと、こちらに向かって魔王が手を差し出す。

 捕縛しろということだろう。


 仲間想いの聡明な王に恥はかかせられない。

 俺はすぐにも、ララに魔王の手を封じ、彼女を捕らえるよう命じた。


「ぴぃぴぃ♪ どろぼうさん、やっつけたの♪ さつじんきさんも、つかまったの♪ これでしまはへいわなの♪ おねーちゃんたちもよろくぶの♪」


「くわくわくわッ!」


「プ♪」


 事件が一件落着したことで、気の緩んだステラとトリストラム提督が跳ね回る。

 俺もほっとため息をついた――まさに一瞬の気の緩みだった。


「クソが! こんなところで捕まってたまるか! 私は、モロルドの真の領主なのだ! 虜囚の辱めを受けるようないわれはない……ッ!」


「カインッ!」


 往生際の悪い弟が、またしても俺の妻に危害を加えようとする。

 ステラに一直線に襲いかかった彼は、彼女を羽交い締めにしようとした。


 だが、幼いセイレーンを守るように一羽の鶏がその前に立ち塞がる!


「クワーッ! クックル、クック、クゥーッ!」


「ぐぁっ! くそっ、邪魔をするなクソ鶏!」


「トリストラム提督!」


 ステラを守ろうと暴漢に立ち向かったのは、寝取り提督トリストラム。

 彼は何倍もの体格差があるカインに、臆することなく立ち向かった。


 だが、所詮は人と鶏だ。


「死ね! 私の邪魔をするな!」


「クワァーッ!!!!」


 カインが抜き放ったナイフが、トリストラム提督の胸を切り裂く。

 青色の羽が先決に染まり、甲高い断末魔が夜闇に響いた。


「トリストラムッ!」


 自分を守って散った鶏の姿にステラが涙する。


 しかし、最も深刻な事態は、この時、俺とララの前で起こっていた。


「くっ、トリストラム! ここまで血しぶきが!」


「あれは致命傷だわ。あぁ、トリストラム提督……悪い人じゃなかったのに!」


「…………これは、血? 人間の血なのか? 鶏なのに?」


 トリストラム提督の切り裂かれた胸。

 そこから飛沫を上げた血が、魔王の身体を濡らしていた。


 途端に彼女の身体を赤い瘴気が覆った。

 それは邪悪なる力。魔王という名にふさわしい力の胎動。

 漲るというよりも、暴走と言う方が近いかもしれない。


「血! 血じゃ! 人間の血じゃ! ふははッ! トマトではない! 我が種族――吸血鬼に最も必要なもの! 血を手に入れてしまえばこちらのものだ!」


「なんだと、魔王ではないのか⁉」


「魔王にして吸血鬼! 吸血鬼にして魔王! 種族と王位は並立するもの! そんなことも分からぬのか、モロルド王! そして、その無知が命取りよ……!」


 彼女の背中に生えた赤い翼。

 それが大きく広がったかと思うと星空を覆い尽くす。


 さきほど雪女が見せた結界術に勝るとも劣らぬ強大な力を、俺は魔王の姿から感じた。

 目覚めさせてはいけないものが、どうやら目覚めてしまったようだ。



「さあ、魔王たる妾(わらわ)の本当の力を教えてやろうぞ!!!! こい人間ども!!!!」

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