「ば、バカな! なぜケビンたちの姿がない! いったいどこに消えた!」
「あら、あらあら。どうやら、ワッチの術が効きすぎたみたいでありんすな。きっと、凍っただけやのうて、風に削られて砕けてしまった……ちうことのようですわ」
「ひ……ひえぇ……! 氷雨、今後はこの術をみだりに使うのは禁止なのじゃ! 強すぎるのじゃ! 怖すぎるのじゃ! なんまんだぶなんまんだぶ!」
忽然と氷の檻から姿を消したケビンたち。
氷女の説明はたしかにありえそうな話だった。
大きな岩も、強い風にさらされ続ければ、砕けて灰燼と化すという。
氷とてそれは同じ……。
「とはいえ、なんともあっけない幕切れだな。まさかこの世に、身体の一部も残さずに死に絶えるとは。ケビン、憎い男ではあったが――」
「カイン。そういえば、奴はお主の義理の兄であったな……」
「ざまあみさらせ! この私を苦しめた罰としてはもの足りぬが、この世からお前という存在がきれいさっぱり消えてくれてせいせいするわ! これで、この発展したモロルドは私のものだ! お前の功績も、努力も、全部私がかすめ盗んでくれる!」
「…………のじゃ、そんなナイーブな奴では、なかったのう」
宿願である打倒ケビンを果たした私は、拳を握りしめ勝利を高らかに宣言した。
亡命先の本土でモロルド領の急速な発展を聞いてから、かれこれ半年。奪われた領土を取り返すための、私の辛く厳しい旅路がついにここに終わったのだ。
あぁ、神よ。我によくぞこの試練を与えたもうた。
貴方が与えてくれた苦難により、私は大きく成長した。
その御心に背かぬよう、今後もこのモロルドの領主として、立派に振る舞おう。
まずは、獣人たちを奴隷身分に堕とし、妖魔たちを街から追放する。
近海の海竜たちをすべて討伐し、ここに人の国を作るのだ。
なに、ケビンができたのだ。
優れた弟である私にも、同じことができるはず――。
「ん? なんじゃ? なんだか地面がもぞもぞと動いておるぞ?」
「あら、ほんとどすえ? あら、あらあら、これはまさか……?」
カミラと氷雨が、なにかに気づいたように声を上げる。
嫌な予感と共に耳を澄ませば――。
「カイン! お前のようなろくでなしに、このモロルドを任せられるか! 島を私物と考え、そこに暮らす者たちに思いを馳せられない者に――領主の資格などない!」
「なにぃッ⁉」
勝利の余韻に浸る俺の耳に、なんとも不愉快な声が届いた。
死んだはずの兄の声。
しかし、いったいどこから聞こえてくるのか。
奴は氷雨の魔法によって死んだはずでは?
まさか、悪霊となってまだ私を苦しめようとしているのか?
えぇい、なんて往生際の悪い男だ!
さっさと地獄に堕ちろ!
淫魔の息子め!
「どこだ! どこにいるケビン! 姿を現せ!」
「よく見ておくんなし、カインさん。ほら、前の方にぽっかりと、地面に暗い穴が空いてますやろ」
「のじゃのじゃ! 暗くて全然気がつかなかったのじゃ!」
氷女に言われるまま、前方に目を凝らせば――たしかに地面にぽっかりと、大きな穴が空いている。そしてその中に、身をかがめて伏せている人影が見えた。
立ち上がった巨躯の男が声を張り上げる。
「このモロルド領主! いや、モロルド王ケビン! この程度の苦難に倒れるほど、弱くはないぞ! 家祖より続く因縁の相手――精海竜王も倒した男であると知れ!」
「け、ケビン! バカな、なぜお前が生きているのだ!」
そこには幽霊でもなければ悪霊でもない、生きた兄の姿があった。
◇ ◇ ◇ ◇
ララが提案した吹雪の回避方法。
それは、地底に穴を掘るという単純なものだった。
「永久凍土や恒久的な寒冷地帯ならともかく、吹雪の吹き始めというのは大気の冷却だけが問題よ。地の熱はまだ残っている。だからそれを取り出すために、地中に穴を掘って潜るの。同時に、冷風にその身をさらすのを防ぐ。たったそれだけで防寒はできるわ」
「たったそれだけとは言うが、結構な大仕事だぞ?」
「そうだね、だから本当の吹雪に遭ったときには、風穴や洞窟なんかを探すわ。見つからなくてその途中で死ぬ者も多い。けれど、私たちにはケビンがいるでしょう?」
そう言うと、彼女はちらりと俺の手の中の石兵玄武盤をうかがった。
なるほど俺がすべきことは分かった。
石兵玄武盤に力を巡らせて地面に穴を掘る。
正直、土の壁で吹雪を防ぐのと何が違うのか、正直に言って分からなかったのだが――たしかに彼女の言う通りにすると、格段に寒さは減った。
これぞまさしく草の民の知恵だ。
そして――。
「カイン! 魔王カミラ! そして、殺人鬼――氷雨! さあ、今度はこちらが反撃する番だ! もう一度、結界術を発動する間は与えんぞ!」
「なにを言うてらっしゃるのん。その口上が隙以外のなにものでもあらしません。さあ、再びワッチの術に……」
「知ってはる、花魁女? 蜘蛛っていうんはな、古くは土中に住んでたんよ?」
この場所に俺が姿を現したのは絡新婦の知恵。
俺たちに彼女たちの視線を向けさせ、雪女の背後に回り込んだルーシーを気づかせないためのものだった。
あわてて振り返ったがもう遅い。
首筋――ではなく、まだ露出していた精霊核に刃先を押しつけられた雪女は、あっけなく絡新婦の手に絡め取られた。
くつくつと、老獪な蜘蛛の女王が笑う。
その冷ややかな眼差しは、雪女の繰り出す氷雪よりも冷たく鋭い。
ひゅっと雪女の喉が鳴るのが聞こえた。
どうやら勝負あったようだ。
「さあ、カイン! カミラ! 仲間の命が惜しかったら、おとなしく降参しろ! 今ならば、彼女もお前たちも悪いようにはしない!」
勝ち名乗りもそこそこに、俺はかつての弟に降伏を要求した。
何度も殺されかけたにも関わらず、情けをかけてしまうとは。
非情になりきれぬ自分が、ちょっと恨めしかった。