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第129話 雪女、結界術を発動する

 魔王の使徒として膨大な力を与えられた雪女。

 それは彼女の能力を強制的に上昇させ、神仙と同じ領域に押し上げた。

 不老の術を収め、幾千幾万という年月を重ね、ようやく結実する仙術の頂へと、いともたやすく彼女を導いた。


 結界術『凍葬叛嚢』。


 荒れ狂う吹雪と霰。

 身体から奪われる熱。

 それは天と地が織りなす無慈悲な暴威の再現。


 彼女の術により、勝機から一転して俺たちはピンチに陥った。


「ぴっ、ぴっ、ぴぃい~~~~ッ! さ、さむいのぉ~! つめいのぉ~!」


「くわぁ~~~~ッ! こ、ここ、コケェ~~~~ッ!」


「…………プー…………」


「あぁっ⁉ プーちゃん、またこおっちゃったの!」


 ステラがプーちゃんを擦って温める。

 その横で、トリストラム提督がこっくりこっくりと首を振る。

 寝たら死ぬ。あわてて、ヴィクトリアが青い鶏を持ち上げ、その胸の中にしまい込んだのだが――なぜかかえって彼は動かなくなった。


 俺の嫁に抱かれて、なんでそうなるんだ。

 一度、提督とは嫁との接し方について、話し合った方がいいかもしれないな。


 いや、嫉妬している場合ではない。

 石兵玄武盤で造った土壁の中に隠れたが、雪や氷はともかく冷気は防げない。

 壁を通して容赦なく俺たちに襲いかかってくる。


 身体の小さいステラやトリストラム提督にこの寒波は厳しい。

 ほぼ水で身体ができているプーちゃんなぞ、分かりやすく凍ってしまった。

 なんとしても、この陣を破らなければ――。


 しかし、どうやって破る?


 これまで幾度となくモロルド島に秘匿された仙人の庵をたずね、結界術はもちろんその仙術に振れてきたが、まったくもって打開策が思いつかない。

 そこに加えて今回は魔王まで敵に回している。


 結界術を破ったところで、またすぐに再生され次の手を打たれるのではないか?

 これは、万事休すか……!


 拳を握り込めば、その中の汗さえ凍りつく。

 寒さに意識も朦朧としてきた。

 いよいよ、敗北と死を覚悟したまさにその時――。


「…………これが神仙の結界術。話には聞いていたけれど、自然現象を切り出して再現するだなんて、とんでもない話だね」


「ララ。そうか、君ははじめて神仙の結界術に振れるんだったな」


「うん。ケビン、私に任せて」


「任せて?」


「これくらいの術なら。ううん……これくらいの自然現象なら、私たち草の民にとってはなんてことないよ」


 そう言うと、ララは俺の手の甲に優しく振れた。

 すぐに自信に満ちた眼差しを、俺の五人目の妻が向けてくる。


 幼い頃には俺をなにかにつけて頼ってきたララ。

 そんな彼女が、任せてくれと自信ありげにこちらを見ている。

 妻にして幼馴染み、恋人にして親友の、たくましい成長を感じながら――。


「どうすればいい! ララに俺は従う!」


 俺は彼女の提案を受け入れた。

 ララもまた、俺の言葉に大きく頷いた。


「ケビン、今から私が指示する通りに地形を変形させて」


「…………なに? 寒さを凌ぐのに、そんな手が?」


「大丈夫。こういう突発的な吹雪にあった時に、草の民たちはこうやって暖をとるの。もっとも、モロルド島に雪が降ることはないから……本土の方、コンロンの霊峰から流れてきた人たちからの受け売りだけどね。けど、効果があるのは間違いないよ」


「…………分かった! ララを信じる!」


◇ ◇ ◇ ◇


「はっはっはっ! バカめ、ケビン! 氷女のよくわからん魔法に捕まりおったわ! なにやら強い力を手に入れうかれていたみたいだが、こいつごときに捕らえられるとは……やはり偽領主! 化けの皮が剥がれたな!」


 アホ魔王と言い争い、氷女にバカにされ、その氷女もケビンたちに圧倒される。

 ここは負けても次がある。命を繋ぐことこそ戦いだ。そう自分に言い聞かせ、逃げる準備をはじめたのだが――気がつけば形勢逆転、ケビンたちを追い詰めていた。


 やはり、神は私のことを見守ってくれている。

 ここまで散々で理不尽な試練を与えられたもうたが、最後に力添えをしてくれた。

 ついにこの私がモロルドを取り戻す時が来たのだ。


「いいぞ魔王! そして氷雨! そのままケビンたちを倒してしまうんだ!」


「あれま。自分ではなにもようせんくせに、大口と要求だけはでかい男でありんすな」


「そうなのじゃ! 氷雨の頑張りで逆転できておるのじゃぞ! 口を控えよ、カイン! お主はもう、第一使徒から降格じゃ! 今日から氷雨が、第一使徒なのじゃ!」


「なぜだ! 私は領主だぞ! この島で最も偉い存在なのだぞ!」


 相変わらず、女二人は俺の意に従わない。

 だが、まあそれはいい。


 ケビンを倒してくれるなら、あまんじて無能の評価も受け入れよう。

 今はな――!


 私の本領は領地経営。

 領主としての手腕にあるのだ。

 こいつらを使って、モロルドを取り戻してからが、本番という奴よ。



 さて。どういう理屈か分からないが、氷女が作り上げたガラス張りの箱の中は、白い雪により覆われていた。


 本土――レンスター王国では、冬に吹雪が北部の領土を覆う。

 そんな冬の訪れに伴い、体力のない子供や老人の多くが命を落とすという。

 自然の驚異に長時間晒されれば、ケビンたちの命はないだろう。


 哀れ、ケビン。

 しかし、これは天罰なのだ。

 私からモロルドという領土と領主という地位を奪った――な!


 だから、たとえ半分血を分けた兄弟といっても心は痛まない。

 容赦も慈悲の心も微塵さえ感じなかった。


「とはいえ、ちょっとこっちまで冷えてきたな。おい、氷女。もうそれくらいでいいんじゃないか? 流石に、ケビンたちも死んだだろう?」


「ふむ。まあ、カインさんのおっしゃらはる通り、もう十分凍え死んでる頃ですなぁ。けれども、念には念をと昔から言うでありんす。油断大敵でござんすよ」


「…………のじゃ? 殺す? 倒すの間違いではないのか?」


 アホ魔王がキョトンとした顔をして俺と氷女に尋ねる。


 こいつ、なにを言っているんだ。

 殺さねば殺される、そういう場だっただろう。


 奴らは人間とは違うんだ。

 獣と同じようなものたちなnだぞ。

 交渉の余地などいろんな意味でない。

 そうに決まっている。


「そ、それはダメなのじゃ! たしかに妾(わらわ)は魔王じゃが、そんな他者の命を軽々しく奪うようなことはしとうない! 氷雨よ、すぐに攻撃をやめるのじゃ!」


「そう言わんしても。ワッチは領主さまに恨まれてますよってに、術を解いたらいのいち殺されてしまうのがわかりきってますんえ」


「えぇい、なにを不抜けたことを言っている! 殺せる時に殺す! それが勝負の鉄則にして、戦争の道理だろうが! この世の覇者たらん魔王が、なにを甘いことを!」


「いやじゃいやじゃ! 妾(わらわ)は優しい魔王になるのじゃぁ~ッ!」


 アホ魔王が急に顔色を青く変え、氷女から距離を取る。

 すると――たちまち、吹雪が弱まり、ケビンたちを捕らえている氷の檻が、音を立てて崩れはじめた。


 くそっ、日和りやがって!

 こいつには、もっと非情になることを覚えさせねばな!


 しかし、かなりの時間にわたって冷気を浴びせることはできた。

 これならば流石のケビンも生きてはいないだろう。


 たちこめていた吹雪がかき消え、夜闇が代わりにその場に広がる。

 はたして、そこには――。


「なに⁉ なぜ、ケビンたちの姿がない⁉ 奴らはどこに消えたんだ⁉」


 なぜか僭称領主ケビンとその仲間たちの姿がなかった。

 彼らはこつぜんと俺たちの前から姿を消した。

 吹雪と共に。

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