魔王の使徒として膨大な力を与えられた雪女。
それは彼女の能力を強制的に上昇させ、神仙と同じ領域に押し上げた。
不老の術を収め、幾千幾万という年月を重ね、ようやく結実する仙術の頂へと、いともたやすく彼女を導いた。
結界術『凍葬叛嚢』。
荒れ狂う吹雪と霰。
身体から奪われる熱。
それは天と地が織りなす無慈悲な暴威の再現。
彼女の術により、勝機から一転して俺たちはピンチに陥った。
「ぴっ、ぴっ、ぴぃい~~~~ッ! さ、さむいのぉ~! つめいのぉ~!」
「くわぁ~~~~ッ! こ、ここ、コケェ~~~~ッ!」
「…………プー…………」
「あぁっ⁉ プーちゃん、またこおっちゃったの!」
ステラがプーちゃんを擦って温める。
その横で、トリストラム提督がこっくりこっくりと首を振る。
寝たら死ぬ。あわてて、ヴィクトリアが青い鶏を持ち上げ、その胸の中にしまい込んだのだが――なぜかかえって彼は動かなくなった。
俺の嫁に抱かれて、なんでそうなるんだ。
一度、提督とは嫁との接し方について、話し合った方がいいかもしれないな。
いや、嫉妬している場合ではない。
石兵玄武盤で造った土壁の中に隠れたが、雪や氷はともかく冷気は防げない。
壁を通して容赦なく俺たちに襲いかかってくる。
身体の小さいステラやトリストラム提督にこの寒波は厳しい。
ほぼ水で身体ができているプーちゃんなぞ、分かりやすく凍ってしまった。
なんとしても、この陣を破らなければ――。
しかし、どうやって破る?
これまで幾度となくモロルド島に秘匿された仙人の庵をたずね、結界術はもちろんその仙術に振れてきたが、まったくもって打開策が思いつかない。
そこに加えて今回は魔王まで敵に回している。
結界術を破ったところで、またすぐに再生され次の手を打たれるのではないか?
これは、万事休すか……!
拳を握り込めば、その中の汗さえ凍りつく。
寒さに意識も朦朧としてきた。
いよいよ、敗北と死を覚悟したまさにその時――。
「…………これが神仙の結界術。話には聞いていたけれど、自然現象を切り出して再現するだなんて、とんでもない話だね」
「ララ。そうか、君ははじめて神仙の結界術に振れるんだったな」
「うん。ケビン、私に任せて」
「任せて?」
「これくらいの術なら。ううん……これくらいの自然現象なら、私たち草の民にとってはなんてことないよ」
そう言うと、ララは俺の手の甲に優しく振れた。
すぐに自信に満ちた眼差しを、俺の五人目の妻が向けてくる。
幼い頃には俺をなにかにつけて頼ってきたララ。
そんな彼女が、任せてくれと自信ありげにこちらを見ている。
妻にして幼馴染み、恋人にして親友の、たくましい成長を感じながら――。
「どうすればいい! ララに俺は従う!」
俺は彼女の提案を受け入れた。
ララもまた、俺の言葉に大きく頷いた。
「ケビン、今から私が指示する通りに地形を変形させて」
「…………なに? 寒さを凌ぐのに、そんな手が?」
「大丈夫。こういう突発的な吹雪にあった時に、草の民たちはこうやって暖をとるの。もっとも、モロルド島に雪が降ることはないから……本土の方、コンロンの霊峰から流れてきた人たちからの受け売りだけどね。けど、効果があるのは間違いないよ」
「…………分かった! ララを信じる!」
◇ ◇ ◇ ◇
「はっはっはっ! バカめ、ケビン! 氷女のよくわからん魔法に捕まりおったわ! なにやら強い力を手に入れうかれていたみたいだが、こいつごときに捕らえられるとは……やはり偽領主! 化けの皮が剥がれたな!」
アホ魔王と言い争い、氷女にバカにされ、その氷女もケビンたちに圧倒される。
ここは負けても次がある。命を繋ぐことこそ戦いだ。そう自分に言い聞かせ、逃げる準備をはじめたのだが――気がつけば形勢逆転、ケビンたちを追い詰めていた。
やはり、神は私のことを見守ってくれている。
ここまで散々で理不尽な試練を与えられたもうたが、最後に力添えをしてくれた。
ついにこの私がモロルドを取り戻す時が来たのだ。
「いいぞ魔王! そして氷雨! そのままケビンたちを倒してしまうんだ!」
「あれま。自分ではなにもようせんくせに、大口と要求だけはでかい男でありんすな」
「そうなのじゃ! 氷雨の頑張りで逆転できておるのじゃぞ! 口を控えよ、カイン! お主はもう、第一使徒から降格じゃ! 今日から氷雨が、第一使徒なのじゃ!」
「なぜだ! 私は領主だぞ! この島で最も偉い存在なのだぞ!」
相変わらず、女二人は俺の意に従わない。
だが、まあそれはいい。
ケビンを倒してくれるなら、あまんじて無能の評価も受け入れよう。
今はな――!
私の本領は領地経営。
領主としての手腕にあるのだ。
こいつらを使って、モロルドを取り戻してからが、本番という奴よ。
さて。どういう理屈か分からないが、氷女が作り上げたガラス張りの箱の中は、白い雪により覆われていた。
本土――レンスター王国では、冬に吹雪が北部の領土を覆う。
そんな冬の訪れに伴い、体力のない子供や老人の多くが命を落とすという。
自然の驚異に長時間晒されれば、ケビンたちの命はないだろう。
哀れ、ケビン。
しかし、これは天罰なのだ。
私からモロルドという領土と領主という地位を奪った――な!
だから、たとえ半分血を分けた兄弟といっても心は痛まない。
容赦も慈悲の心も微塵さえ感じなかった。
「とはいえ、ちょっとこっちまで冷えてきたな。おい、氷女。もうそれくらいでいいんじゃないか? 流石に、ケビンたちも死んだだろう?」
「ふむ。まあ、カインさんのおっしゃらはる通り、もう十分凍え死んでる頃ですなぁ。けれども、念には念をと昔から言うでありんす。油断大敵でござんすよ」
「…………のじゃ? 殺す? 倒すの間違いではないのか?」
アホ魔王がキョトンとした顔をして俺と氷女に尋ねる。
こいつ、なにを言っているんだ。
殺さねば殺される、そういう場だっただろう。
奴らは人間とは違うんだ。
獣と同じようなものたちなnだぞ。
交渉の余地などいろんな意味でない。
そうに決まっている。
「そ、それはダメなのじゃ! たしかに妾(わらわ)は魔王じゃが、そんな他者の命を軽々しく奪うようなことはしとうない! 氷雨よ、すぐに攻撃をやめるのじゃ!」
「そう言わんしても。ワッチは領主さまに恨まれてますよってに、術を解いたらいのいち殺されてしまうのがわかりきってますんえ」
「えぇい、なにを不抜けたことを言っている! 殺せる時に殺す! それが勝負の鉄則にして、戦争の道理だろうが! この世の覇者たらん魔王が、なにを甘いことを!」
「いやじゃいやじゃ! 妾(わらわ)は優しい魔王になるのじゃぁ~ッ!」
アホ魔王が急に顔色を青く変え、氷女から距離を取る。
すると――たちまち、吹雪が弱まり、ケビンたちを捕らえている氷の檻が、音を立てて崩れはじめた。
くそっ、日和りやがって!
こいつには、もっと非情になることを覚えさせねばな!
しかし、かなりの時間にわたって冷気を浴びせることはできた。
これならば流石のケビンも生きてはいないだろう。
たちこめていた吹雪がかき消え、夜闇が代わりにその場に広がる。
はたして、そこには――。
「なに⁉ なぜ、ケビンたちの姿がない⁉ 奴らはどこに消えたんだ⁉」
なぜか僭称領主ケビンとその仲間たちの姿がなかった。
彼らはこつぜんと俺たちの前から姿を消した。
吹雪と共に。