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第127話 絡新婦、雪女と刃を交える

 月下にルーシーの愛刀『胴田貫 虎政』が煌めく。

 白刃の放つ光が流れ星の闇と吹雪を裂き雪女の身体へと降り注ぐ。

 矢継ぎ早に繰り出される斬撃は流星群のようだ。


 雪女の顔から余裕の表情が消えた。

 ルーシーもまた、笑顔を浮かべながら気を緩ませない。


 武の達人同士が生み出す緊迫が俺にも伝わる。

 息をするのもためらわれる裂帛した空気の中、女傑二人が交える刃の音が、モロルドの寒村の空に雷鳴の如く轟いた。


 やがて、雪女が後ろに退がる。

 するとルーシーも、自慢の槍を後ろに回し、攻撃の手を緩める。


「しばらく会わん間に、ずいぶん腕を上げはらんしたなぁ。ワッチに勝ちたくて修行でもしたんやろか。健気、健気。無駄な努力に涙がにじむでありんす……!」


「せやろか? アンタはんが弱なったんとちゃいますのん? ウチらから逃げ回ってる間に、ろくなもん食べられへんかったんやろなぁ。けど、もうなんも食べる必要あらしまへん。ウチが今日、きちっとアンタにトドメを刺すよってに……!」


「…………言ってくれますなぁ、このはんなり女!」


「…………こっちの台詞やわ、花魁女!」


 なにが勘気に振れたのか。

 たちまち激昂した二人が、わかりやすく正面から切り結ぶ。

 長柄ものの長所を活かし、振り下ろしで槍に勢いをつけるルーシー。

 いくらでも伸びる氷の刃を活かし、横薙ぎに間合いの広い斬撃を生み出す雪女。


 ここが勝負の境目。

 はたして、それぞれの意地をかけた激突は――。


「…………ッ! 胸に匕首句ッ⁉ いったいどこから⁉」


「蜘蛛の手数の多さを、舐めたらあかんえ……!」


 雪女の敗北という形で決着がついた。


 白い衣服に突き刺さるのは短い柄のナイフ。

 ララの付き人のホオズキがよく使っているものとおそらく同じだ。

 勝負の前にララから借りたのだろうか。


 それでこそルーシー。

 俺の愛人は腕っ節だけが取り柄ではない。

 その抜け目ない駆け引きこそ、彼女の真骨頂なのだ。


 偶発的な遭遇戦だった前回と違い、今回はしっかりと対策を練ってきた。

 鮮やかな絡新婦の奸計にはまった雪女は崩れ落ちるようにその場に膝を突いた。


「そら、休んどる暇はあらへんえ!」


 体勢を崩した雪女にルーシーがさらに追い打ちをかける。

 槍を縦横無尽に振り回し、呼吸の乱れた雪女の身体を魔性の刃で削っていく。

 神仙の鍛えた刀による斬撃に雪女の回復が間に合わない――。


 見る間にその身体が小さくなっていく。

 もはやその顔からは余裕さえ消え、悲壮感が滲んでいた。


「ほんと、ちまちまちまちまとやらしい攻撃……! はんなり女の性根の悪さが滲み出てるでありんすな! しつこい女子は嫌われますえ!」


「そんなことあらしまへん。愛して、愛して、どこまでも愛して……身が軋むほどの重たい愛いうんも、殿方は求めてはるもんやえ。なあ、旦那はん……♥」


 重たすぎるのはどうかと思うが、愛されるのは悪くない。

 嫁たちの中では超重量級、かなり重ための愛情を向けてくるルーシーの言葉に、俺は男らしく頷いた。


 というか、頷かなかったら手を止めるしな。

 なにごともほどほどが一番だが、ここは我慢だ。


「ピピッ! マスターは重たい女が好き! マスター、ご安心ください! このヴィクトリア、内部の姿勢制御装置を動作させているので、重量を相手に感じさせることはありませんが、体重自体は100kg超あります! ヘビー級ドス恋女子です!」


「なにを張り合っているんだ、ヴィクトリア……!」


「け、ケビン、そうなの? わ、私も頑張って、ルーシさんみたいに、好き好きって……言った方が、嬉しい?」


「ララも真に受けなくていいから!」


「かるいおんなもすきだよねー! すてらはかるかるだよー! ほら~!」


「くわっ! くわくわっ! こっこけーっ!」


「プ♪」


 ルーシーの重い女発言を、真面目に受け止める嫁たち。

 これはちょっと、安直な切り返しだったかもな。


 嫁たちにはそれぞれ違った魅力がある。

 その良さをどうか大事にして欲しい。


「さぁ、さぁ、さぁ……! ここが年貢の納め時やわ、雪女! 泣いて喚いて慈悲を請うなら、首の薄皮一枚くらいは残したってもかまへんえ! けど、それはアンタのプライドが許さらへんやろ!」


「…………分かってるでありんすなァ!」


「だったらここで死んどき! それが、アンタのためやわ! 子のために愛した男を殺める絡新婦と、快楽のために愛した男を殺める雪女では、性根が違う言うことや!」


 それは雪女に説いているようで、自分自身に言い聞かせているような台詞だった。

 なるほど、どうしてルーシーが雪女にこだわったのか分かった気がする。


「ルーシー! その通りだ! 愛する男を快楽のために殺すような妖魔と、絡新婦が一緒のわけがない! その違いを見せつけてやれ!」


 深い愛を抱いて番を手にかける。

 そんな宿業に悩まされてきた女が、ただの殺人鬼に負けるハズがない。


 俺の声援を背に受け、ますますルーシーが繰り出す斬撃が鋭くなる。

 下弦の月のような軌跡を描いた太刀が、大きく雪女の身体を削る。


 そして――その切り口から、青い氷の結晶が姿を覗かせた!

 雪女の精霊核だ。


「ルーシー! それだ! その結晶を砕くんだ!」


「はいな! 旦那はん!」


「させるか……んはァッ、はっ、速いッ⁉」


 ルーシーが斬り払いから突きに転じる。

 巨体をしならせて繰り出した刺突は鋭く速い。

 石弩でも放ったような渾身の一振りは、露出した雪女の精霊核へと迷うことなく襲いかかり――そこに大きな亀裂を生み出した。


 夜闇に断末魔が昇る。

 黒い短髪をはらりと揺らした雪女は、まるで舞うようにその場で足踏みをした。


「そんな、ワッチが……! ワッチがこんな、はんなり女なんぞに……そんなの、ありえんことでありんす……!」


「残念やなぁ、雪女。これが本当の愛の力、言うことやわ。冥土の土産によう覚えて、逝くんやで。アンタの殺した、愛する男が待ってるよってになぁ……!」


 雪女の身体が粉雪へと変わっていく。

 かくして、絡新婦と雪女の戦いはあっけなく幕を閉じた。


 かに、思えた――!


「氷雨! ダメじゃ! 死んではならんのじゃ! 氷雨ぇ~ッ!」

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