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第126話 激闘、再び

「ワッチを置いて、二人してどこに行ったかと思ったら、こんなところで遊んでらしたんえ。ええやないですのん、ええやないですのん。ちょうどワッチも、暴れたいと思ったところ……さあ、混ぜてくりゃれ!」


 背筋が凍るような声が夜闇に響く。

 月明かりと星の瞬きに混じって白雪がまったかと思えば、それは白いつむじ風となって俺の前で踊り狂った。


 東洋にある熱い島国に突然起こる吹雪。

 その中に、見覚えのある顔が浮かび上がる。

 黒い髪に白い肌。血の巡りを感じさせない、氷の彫像のようなその女は――。


「おぉ、氷雨! 助けに来てくれたのか! 流石は我が第二の使徒!」


「魔王さん、お待たせしはりました! さあさあ、あとはワッチにお任せを!」


「出たな殺人鬼! そうか、カインの仲間になっていたのか!」


 旧都の夜を男たちの血で染め、セイレーンを恐怖のどん底にたたき落とした犯人。

 殺人鬼の雪女であった。


 なかなか見つからないと思ったが、どうやら彼女をカインが匿っていたらしい。

 まだ人身売買の時に使っていた施設が、旧都に隠されていたのだろう。


 さらに、俺にとっての誤算は続く――。


「あら、いつぞや会ったお兄さんどすなぁ。ワッチに会いに来てくれはったんえ。うれしいわぁ。こんな情熱的な殿方は、随分と久しぶりでござんす」


「あぁ、会いたかったぞ! ここでお前を倒して、旧都の平和を取り戻す!」


「そんな人を殺人鬼みたいに。怖いことなどありゃしんす。ワッチはただの、愛に飢えた寂しい女。さあ、お兄さんの愛と血で、ワッチを温めておくれやす」


「黙れ! ノコノコと姿を現したことを後悔させてやる! 石兵玄武――!」


「あらあら、せっかちなんね。けど、そういう男は嫌われますえ。もちろん、鈍感な男もあきまへんけど。丁度いい塩梅で、女性には接しやなあきまへん」


「くっ、なんだ……⁉ 吹雪で視界が……⁉」


 雪女の巻き起こした吹雪が、俺の視界を完全に塞いでしまう。

 指先は凍え、肌に滲んだ汗がたちまちに凍りつく。

 突然の寒波に晒され心臓が跳ねる。


 これはまずい。

 さらにまずいのが、雪女と肉薄しているということ。

 このままズブリと彼女に刺されてしまうのではないか――。



「プーちゃん! おにーちゃんをおまもりするの!」


「プ!!!!」



 絶体絶命。

 死を覚悟した俺の視界に、ステラの友達のスライムが飛び込んでくる。

 その身体がたちまち広がり、俺へと向かってくる吹雪を防いでくれた。


 ようやく晴れた視界にほっとしたのも束の間、今度はララが俺の手を引っ張る。


「ケビン! 後ろに下がって! こいつの相手は私たちがするから!」


「ララ! 来てくれたのか! しかし、そいつは不死身で……!」


「精霊核を壊さないと死なないんでしょう? だいたいのいきさつは分かってる。大丈夫よ、こういうのは私は得意だから……!」


 投擲様のナイフを抜いて構えるララ。

 隠れ弓神の射程に入って逃げられるものはない。

 彼女の腕前を信じろ――。


 そう思うのに、俺はとっさにその手を握って戦うのを止めた。

 彼女がカインとの戦いで、手ひどい怪我を負ったのを思い出したからではない。


「ダメだララ。アイツらと戦ってはいけない」


「なに言ってるのケビン。ここで奴らを倒さなくちゃ、モロルドの平和は」


「違う、何かが違うんだ……!」


 それは些細な違和感だった。

 攻撃を仕掛けてきた雪女の氷雨。

 彼女が巻き起こした吹雪と嵐。


 たしかに彼女は氷の魔法を使うが――こんな規模ではなかったはずだ。

 あきらかに、前よりも強くなっている。


「あら、あらあら。びっくりしましたえ。こないに力が漲るとは……魔王の眷属、なってみるもんやねぇ」


「そうじゃろう、そうじゃろう! まあ、カインはただの人間だから、ただ死ななくなる程度の恩恵しかないが……氷雨のような妖魔の類いは、我の使徒になることで力が底上げされる! しかも、妾(わらわ)と違って満月などの制約がない!」


「ほな、ワッチが魔王さんをお守りする、剣にならなあきませんのんやな。もちろん、盾はそこの役立たずということで」


「なぜだ! 人を盾がわりにするな、この性悪女がッ!」


 どうやら魔王の使徒というのになることで、魔物たちは能力が底上げされるらしい。

 やはり、ララを無理に突撃させなくてよかった。


「プーちゃん! ダメなの、そろそろもどるの! こおっちゃうよ!」


「プ、プ、プゥ…………!」


「まずい! プーちゃんが、雪女の吹雪に晒されて凍りかけてる!」


 そんなことに気づいた矢先に、今度はプーちゃんがピンチだ。


 助けなくては!

 だが……どうやって?


 逡巡したまさにその時――闇夜の中を土を穿つような足音が響いた。

 夜空に浮かぶ月を遮った巨体の魔物は、プーちゃんを飛び越えて、雪女の頭上へと舞い出ると、その手に握りしめた得物を光らせた。


 鋭利に研がれたそれは、神仙が鍛えた鋼の刃。


「うちの旦那はんとその嫁さんに、なにしてくれてますのん?」


「…………おんやまぁ。アンタも来とったんね、蜘蛛女!」


 影の主は、俺の嫁の一人にして、かつて雪女と激闘を繰り広げた者。

 絡新婦のルーシーだった。


 吹雪が止み、女たちが牽制するように距離を取る。

 一時的に訪れた静寂は、しかし、すぐに鋼と氷の刃のぶつかり合う、激しい金切り音へと変わってしまった。



「あの時の勝負の決着、ここでつけるというわけでありんすな……よござんす!」


「それはこっちのセリフやわ。これ以上、旦那はんに格好悪いところを見せて、幻滅させるのもかなわんわ……!」

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