「ケビン! いったいなんだこれは! この小さな生き物――いや、生き物と呼んでいいのか⁉ とにかく、小人たちはいったいどうしたというのだ!」
「どうしたもこうしたもない。彼らは、モロルドの畑を守るために、俺が生み出した使い魔のようなものだ。お前のようなコソ泥や害獣から、貴重な食糧を守るための……な!」
「誰がコソ泥だ! 私はこのモロルド島の正統な領主だぞ! これは徴収だ!」
「民に黙って行う徴収などあるか! 王が規律を守らずして、どうやって民が守る! そもそも、お前は領主ではない! 今のモロルドの領主は、この俺だ!」
再びお灸を据えるまでもなく、カインはすでにボロボロだった。
周りに展開した小人たちの様子から、おそらく彼らに攻撃されたのだろう。
そしてそれは――食うに困って畑に盗みに入った証拠でもあった。
哀れ、カイン。
まさかここまで落ちぶれるとは。
まだ若いのだ、真面目に働けばいくらでも食い扶持はあるだろう。
顔を知られているモロルドさえでれば、いくらでもやり直せるのに。
どうやら義理の弟にして俺の怨敵は、相当にモロルドに心を縛りつけられている。
その性根、もはや叩き潰すより他に処置のしようがなさそうだ。
すかさず石兵玄武盤を手にとり、俺は大地を操って彼に攻撃を加えた。
「くっ、また妖しい術を!」
「今度こそ息の根を止めてやろうカイン! お前はもう、この島の未来には必要のない人間だ! 島を去るならば見逃すが――まだ悪さをするというのなら、この俺が自ら処分してくれる! それが、一度は弟と呼んだお前への、俺なりの温情だ!」
「黙れ! サキュバスの子よ! お前を兄と認めたことなど、一度たりともないわ!」
「なら……後腐れなく挽き肉に出来る!」
土中から飛び出したのは大きな石板。
人の頭よりも長いそれが、月明かりの中をカインに迫る。
左右から挟まれた俺の義弟は――。
「ぐっ……ぐごあッ!」
あっさりと硬い岩に身体を挟まれ絶命した。
もう少し、嬲ってやるべきだったかもしれない。
いや、それで気が晴れるのは俺だけだ。
ララを筆頭とする、妻たちに与えるショックのことを考えれば、こんな風に一瞬でこの世から消し去ってしまった方がいいだろう。
あっけなく終わった復讐に気が抜けた――まさに、その時!
「ふっ、はははっ! 痛いぞ、ケビン! 死ぬほどに痛い! おのれ、何度も何度もこのような痛みで、俺を苦しめてくれおって……! ますます憎しみが湧いてきた!」
「なにッ⁉ カイン⁉ ばかな、なぜ生きているッ⁉」
「クハハハハッ! あぁ、たしかに潰されたさ! だがなケビンよ……特別な力を手に入れたのが、お前だけだと思ったら大間違いだぞ!」
再び、耳障りな声が届く。
それは間違いなく、彼を押しつぶした石板の隙間から響いていた。
生きているのだ。
硬い岩に左右から挟み込まれながら、カインはその中で生きていた。
いったいどうして?
石板を左右に開けば、たしかに弟は肉塊になっている。
人間ピザ。赤く巨大な潰れた肉に、意志があるとは到底おもえない。
しかし、瞬きをした次の瞬間――潰れた肉が突然に動きだしたかと思うと、人の形に戻りはじめた。
まさかカインめ――!
「貴様! まさか悪魔に魂を売り、異形と化したというのか!」
「黙れ! 俺も、好きでこんな不便な身体になったわけではないわ! しかし、お前を苦しめるには、ちょうどよい身体だ! どれだけ傷つけられても! なんの毒を盛られても! けして死ぬことはない……不死身の身体というのはな!」
どうやら俺の義弟は、この短い間に人間をやめてしまったらしい。
そこまでして俺に復讐したいのか。
いいだろう!
「ならば、こちらとしてもなんの遠慮もなく、お前をいたぶることができる!」
「言ってくれるではないかケビン! 人も殴れぬほどの臆病者で小心者のお前が、この俺を嬲るというのか! できるものならばやってみろ!」
「ほざけ! 何度でも何度でも潰してくれる! お前が自ら死を望むまで、俺はお前を罰し続ける! それが、俺の大切な妻――ララを傷つけたことへの報いだ!」
そも、一度くらいでは気の済まぬことを、カインはしでかした。
俺の恨みは彼の命を絶つことで収まらない。
ララが負った心の傷は、どうやっても癒やせない。
ならば、心置きなく八つ当たりさせてもらおう。
かつて、海上でカインと戦った時のように、次々に石柱を隆起させる。
地面からそそり立つ岩にはじき上げられ、突き刺され、嬲られた前領主の息子は、再生を繰り返しながら、汚い断末魔を上げ続けた。
そうだ、鳴け、喚け!
ララはお前に嬲られて、もっと怖い思いをしたんだ!
お前に死を与えられないなら、その恐怖をいくらでも与えてやる!
「ぐっ、ぐぞぉっ! やはり死なないというだけでは、なにもできない……!」
「惨めだなカイン! どうしてそんな身体になったのかは分からぬが、あのまま死んでいた方が幸せだっただろうに! さあ、ここからが本当の地獄という奴だ……!」
「お待ちください、マスター!」
ついついムキになって、カインを嬲っていた俺に、ヴィクトリアの叫び超えが聞こえる。
なにごとかと振り返ったその時――のけぞった俺の顎先を、赤い大鎌が通り過ぎた。
あと数刻、反応が遅れていたなら、きっと首を落とされていただろう。
首筋を緊張の汗が伝う。
「ちっ、外してしもうたか! やれやれ、もっとうまく挑発はせよ、カインよ!」
「…………誰だ⁉」