「カエシテ……! トマト……! カエシテ……!」
「トマトを返せ? こいつ、まさか意識があるのか?」
「か、かか、カイン! 怖いのじゃ! すぐにとってたもれ!」
自称魔王――あらため、無能魔王カミラの肩に乗った土人形。
人の顔のようなものが表面に浮かび上がったかと思うと、小さな口を開いて私たちに文句を垂れてくる。
なんとも不気味な生き物だ。
いや、生きているのか?
おそらくケビンに関わるものだが、極めて悪趣味だな。
亜人もそうだが、どうして奴はすぐ人外を頼るのだ。
驚きよりもそんな腹立たしさが上回り、私はすぐに我に返った。
「なにが返せだ! 私はこのモロルド島の正式な領主、カイン・モロルドだぞ! 今ここで、カミラが畑から盗ん――徴収したトマトは、本来であれば領主への借地料として奉納されるものだ! それを徴収することのなにがおかしい!」
「か、カインや、けれども妾(わらわ)たちが泥棒なのは本当じゃから……!」
「黙れカミラ! 人の土地のものを取ったのなら泥棒だが、この土地は私のものだ! そこにあるものをどうしようが私の勝手! 魔王のくせに、そんなことも分からぬのか!」
「…………ギッ! ギギッ! ケイコク、ムシシタ! コウショウヨチ……ナシ!」
なにが交渉だ。
もとより、土人形が私と口を利くのがおこがましい。
子供が土遊びで造ったようななりで、よくも大きな態度に出られたものだ。
こんな相手、蹴れば一発だ。
と、一匹だけの時は思っていた。
「ミンナ、デテコイ……オシゴトノジカン……!」
「の、のじゃあッ⁉ なんか向こうから、足音が聞こえてくるのじゃ!」
月明かりに照らされた村へと続く農道。
馬車も走っていなければ人影もないのに、そこにけたたましい足音が響き渡る。
目を凝らせば――あぜ道をなにかが蠢いている。
野犬より小さく。鼠より大きい。
蛇のように這いずり回るわけでもなく、虫のように蠢くのとも違う。
それは――小さな土人形たちの群れ!
「ゼンイン、トツゲーキ!!!!」
「「「「トツゲーキ!!!」」」」
「「うっ、うわぁああああああああッ!」」
たちまち、俺たちは土人形に取り囲まれまとわりつかれた。
カミラの肩に留まっていたのは先兵。
本隊は別にあったのだ。
そして、小さくもろい土人形も、これだけの数が集まれば脅威だ。
服の隙間から入り込んだ一体が身体にかじりつく。かと思えば、脚に多数の土人形がまとわりついて移動を封じてくる。
まだ私はトマトを持っていないだけいい。
「トマト! トマトカエシテ! ダイジナトマト!」
「トマトドロボウ! トマトドロボウ! ユルサナイゾ!」
「こ、これやめんか! 妾(わらわ)の高貴な身体に触れるでないぞ! あぁ、せっかくのドレスが土で汚れてしもうた! あぁっ、翼にぶら下がって――重い重いッ! やめろ、翼がもげる! 根元からぼとりと落ちる!」
トマトを持っていたカミラは、土人形から集中砲火を受けた。
長い髪の毛先から、ロングスカートの裾から、彼女の身体を駆け上がった土人形は、その腕に抱えているトマトを奪い取ろうとその身体を蹂躙する。
もしも、今日が満月でなく、カミラが小さいままだったらどうなっていたか。
数の暴力の怖さを思い知らされながら、俺は必死に土人形を振り払う。
「おのれこいつら! いったい何匹いるんだ!」
「ダメじゃ、カイン! 倒しても倒しても湧いてくる! ここは逃げるが勝ちなのじゃ!」
悔しいが、カミラの言う通りだ。
この数の土人形をまともに相手していたら、手どころか足を使っても足りない。
ここは逃げるのが最良だろう。
だが、土人形の数が多すぎる。
この数から、いったいどう逃げればいいんだ。
そうこうしているうちに、ひときわ大きな土人形が私の方に迫ってきた。
他の土人形を足場にして大きく飛び上がったそいつは、私の後ろ髪に捕まってむりやり地面に抑え込もうとした。
なかなかの重さだ。
石か鉛でも詰まっているのか。
地を這えば、いよいよ土人形たちの餌食だ。
それだけはなんとしても避けねばと踏ん張った私の前で、赤々としたトマトがカミラの腕から零れ、地面に落ちた。
「トマト! トマトオチル! ダメ!」
「カイシュウ! カイシュウ!」
土人形たちはどうやら、作物を守るのが目的のようだ。
トマトが潰れるのを警戒している。
となれば――!
「カミラ! 腕の中のトマトを遠くに放れ!」
「のじゃっ⁉ なぜなのじゃ⁉ せっかく手に入れた食料だというのに⁉」
「ええいこのいやしんぼう! いいからとっとと投げろ! 死にたいのか!」
よほど腹が減っていたのだろう。
カミラは迷いに迷ったが、結局は背に腹を代えられぬという感じに、畑から奪ったトマトを畑とは反対側――森に向かって投げた。
途端に、俺たちの足下から気配が消える。
「トマト! トマトマッテ!」
「カイシュウ! トマトヲカイシュウ! トマトガダイジ!」
「ハタケマモル! サクモツマモル! オレタチノシゴト!」
思った通りだ。
土人形たちは、トマトに釣られて攻撃をやめた。
一気に身軽になった私とカミラ。視線を交わすと、すぐに土人形たちに背を向けて、水車小屋へと向かおうとする。
ここで逃げねば、どこで逃げるのか?
千載一遇のチャンス。
しかし――。
「侵入者発見! マスター! そしてヴィクトリア隊長! 指示をお願いします!」
「なにっ! 新手だと!」
けたたましい土煙をあげて、そいつは村の方から駆けてきた。
土人形よりもはるかに大きくてその上に精巧。
人と変わらない姿をし、名のある彫刻家が大理石から掘り出したような顔立ちをした女は、サファイアのような瞳を光らせてこちらを睨んだ。
「畑泥棒! そこに直れ! このモロルド警邏隊のイースが相手だ!」
名乗りを上げて、彼女は石の長い棒をこちらに向ける。
どこからともなく取り出すあたりに、得体の知れない力を感じる。
そして構えに隙がない。
今度の刺客は、さきほどの土人形とは段違いのようだ。
これは逃げられるかどうか――。
「ふぎゃあっ! こ、ここ、怖いのじゃあっ! 助けてたもれ、カイン!」
「くっ、せっかく調子が上向いてきたというのに! これもそれも、あれもこれも、全部ケビン! お前のせいだ! 土を食わせてやるからな!」