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第120話 元領主、畑の守人に蹂躙される

「カエシテ……! トマト……! カエシテ……!」


「トマトを返せ? こいつ、まさか意識があるのか?」


「か、かか、カイン! 怖いのじゃ! すぐにとってたもれ!」


 自称魔王――あらため、無能魔王カミラの肩に乗った土人形。

 人の顔のようなものが表面に浮かび上がったかと思うと、小さな口を開いて私たちに文句を垂れてくる。


 なんとも不気味な生き物だ。

 いや、生きているのか?


 おそらくケビンに関わるものだが、極めて悪趣味だな。

 亜人もそうだが、どうして奴はすぐ人外を頼るのだ。


 驚きよりもそんな腹立たしさが上回り、私はすぐに我に返った。


「なにが返せだ! 私はこのモロルド島の正式な領主、カイン・モロルドだぞ! 今ここで、カミラが畑から盗ん――徴収したトマトは、本来であれば領主への借地料として奉納されるものだ! それを徴収することのなにがおかしい!」


「か、カインや、けれども妾(わらわ)たちが泥棒なのは本当じゃから……!」


「黙れカミラ! 人の土地のものを取ったのなら泥棒だが、この土地は私のものだ! そこにあるものをどうしようが私の勝手! 魔王のくせに、そんなことも分からぬのか!」


「…………ギッ! ギギッ! ケイコク、ムシシタ! コウショウヨチ……ナシ!」


 なにが交渉だ。

 もとより、土人形が私と口を利くのがおこがましい。

 子供が土遊びで造ったようななりで、よくも大きな態度に出られたものだ。


 こんな相手、蹴れば一発だ。

 と、一匹だけの時は思っていた。


「ミンナ、デテコイ……オシゴトノジカン……!」


「の、のじゃあッ⁉ なんか向こうから、足音が聞こえてくるのじゃ!」


 月明かりに照らされた村へと続く農道。

 馬車も走っていなければ人影もないのに、そこにけたたましい足音が響き渡る。

 目を凝らせば――あぜ道をなにかが蠢いている。


 野犬より小さく。鼠より大きい。

 蛇のように這いずり回るわけでもなく、虫のように蠢くのとも違う。


 それは――小さな土人形たちの群れ!



「ゼンイン、トツゲーキ!!!!」


「「「「トツゲーキ!!!」」」」


「「うっ、うわぁああああああああッ!」」



 たちまち、俺たちは土人形に取り囲まれまとわりつかれた。


 カミラの肩に留まっていたのは先兵。

 本隊は別にあったのだ。


 そして、小さくもろい土人形も、これだけの数が集まれば脅威だ。

 服の隙間から入り込んだ一体が身体にかじりつく。かと思えば、脚に多数の土人形がまとわりついて移動を封じてくる。


 まだ私はトマトを持っていないだけいい。


「トマト! トマトカエシテ! ダイジナトマト!」


「トマトドロボウ! トマトドロボウ! ユルサナイゾ!」


「こ、これやめんか! 妾(わらわ)の高貴な身体に触れるでないぞ! あぁ、せっかくのドレスが土で汚れてしもうた! あぁっ、翼にぶら下がって――重い重いッ! やめろ、翼がもげる! 根元からぼとりと落ちる!」


 トマトを持っていたカミラは、土人形から集中砲火を受けた。

 長い髪の毛先から、ロングスカートの裾から、彼女の身体を駆け上がった土人形は、その腕に抱えているトマトを奪い取ろうとその身体を蹂躙する。

 もしも、今日が満月でなく、カミラが小さいままだったらどうなっていたか。


 数の暴力の怖さを思い知らされながら、俺は必死に土人形を振り払う。


「おのれこいつら! いったい何匹いるんだ!」


「ダメじゃ、カイン! 倒しても倒しても湧いてくる! ここは逃げるが勝ちなのじゃ!」


 悔しいが、カミラの言う通りだ。

 この数の土人形をまともに相手していたら、手どころか足を使っても足りない。

 ここは逃げるのが最良だろう。


 だが、土人形の数が多すぎる。

 この数から、いったいどう逃げればいいんだ。


 そうこうしているうちに、ひときわ大きな土人形が私の方に迫ってきた。

 他の土人形を足場にして大きく飛び上がったそいつは、私の後ろ髪に捕まってむりやり地面に抑え込もうとした。


 なかなかの重さだ。

 石か鉛でも詰まっているのか。


 地を這えば、いよいよ土人形たちの餌食だ。

 それだけはなんとしても避けねばと踏ん張った私の前で、赤々としたトマトがカミラの腕から零れ、地面に落ちた。


「トマト! トマトオチル! ダメ!」


「カイシュウ! カイシュウ!」


 土人形たちはどうやら、作物を守るのが目的のようだ。

 トマトが潰れるのを警戒している。


 となれば――!


「カミラ! 腕の中のトマトを遠くに放れ!」


「のじゃっ⁉ なぜなのじゃ⁉ せっかく手に入れた食料だというのに⁉」


「ええいこのいやしんぼう! いいからとっとと投げろ! 死にたいのか!」


 よほど腹が減っていたのだろう。

 カミラは迷いに迷ったが、結局は背に腹を代えられぬという感じに、畑から奪ったトマトを畑とは反対側――森に向かって投げた。


 途端に、俺たちの足下から気配が消える。


「トマト! トマトマッテ!」


「カイシュウ! トマトヲカイシュウ! トマトガダイジ!」


「ハタケマモル! サクモツマモル! オレタチノシゴト!」


 思った通りだ。

 土人形たちは、トマトに釣られて攻撃をやめた。

 一気に身軽になった私とカミラ。視線を交わすと、すぐに土人形たちに背を向けて、水車小屋へと向かおうとする。


 ここで逃げねば、どこで逃げるのか?

 千載一遇のチャンス。


 しかし――。


「侵入者発見! マスター! そしてヴィクトリア隊長! 指示をお願いします!」


「なにっ! 新手だと!」


 けたたましい土煙をあげて、そいつは村の方から駆けてきた。


 土人形よりもはるかに大きくてその上に精巧。

 人と変わらない姿をし、名のある彫刻家が大理石から掘り出したような顔立ちをした女は、サファイアのような瞳を光らせてこちらを睨んだ。



「畑泥棒! そこに直れ! このモロルド警邏隊のイースが相手だ!」



 名乗りを上げて、彼女は石の長い棒をこちらに向ける。

 どこからともなく取り出すあたりに、得体の知れない力を感じる。

 そして構えに隙がない。


 今度の刺客は、さきほどの土人形とは段違いのようだ。

 これは逃げられるかどうか――。


「ふぎゃあっ! こ、ここ、怖いのじゃあっ! 助けてたもれ、カイン!」


「くっ、せっかく調子が上向いてきたというのに! これもそれも、あれもこれも、全部ケビン! お前のせいだ! 土を食わせてやるからな!」

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