「なるほど! そこなプー助が水の精にしては珍しく意識を持ったのは、間違いなくワシの角の神威によるもの! それを土の巨人(ゴーレム)の核にすれば、たしかに魂を持つことができるかもしれん! ケビンよ、よくぞそのことに気がついたのう! あっぱれじゃ!」
「いやまぁ……ただの偶然なんですけれども」
ステラの友達のプーちゃん。
彼女はスライムが、精海竜王の角を取り込んでレベルアップした存在だ。
だとすれば、同じことがゴーレムでも起こりうるかもしれないと、俺は気がついた。
こんなにも身近な所にヒントがあったのに気がつかなかった。
ここ最近はずっと、ステラと共にプーちゃんとも一緒にいる機会が多かったのに。
「ぴぃっ! プーすけじゃないもん! プーちゃんだもん! まちがいないでよ、せーかいりゅーおー!」
「クワグワクワ! クワックック!」
「プププ!」
「おうおう、ちまっこい鳥娘と水の精が吠えよるわ。ワシの角のおかげで、格が上がったというのに生意気な奴じゃのう。カッカッカッ!」
エルフたちにかこまれて、しこたま酒精を浴びる精海竜王。
とびきり豊満なエルフ女に寄りかかり、にへらとご満悦に笑っている彼に、ステラたちがやいのやいのと文句を言う。
まあ、たしかに精海竜王のおかげだからなァ。
黙る俺と裏腹にセイレーンの末姫たちは容赦はない。
腕を振り上げたステラが、精海竜王をぽかぽかと殴る。
トリストラム提督が、その黄色いくちばしで精海竜王を突く。
プーちゃんが、ぽよんぽよんと精海竜王の上で跳ねる。
小さき者たちのささやかな抵抗を、紅顔の美少年と化した水竜の王は、くるりと寝返りを打っていなしてみせる。弾き飛ばされたステラたちが涙目を浮かべるのを酒の肴に、東の海の覇者は喉を鳴らして笑うのだった。
「ということで、精海竜王さま。もう少し、角をもらうことはできませんかね?」
「…………どういう意味じゃ?」
「言葉通りの意味ですが?」
赤ら顔だった精海竜王が途端に青くなる。
逃げだそうとする彼を、豊満なエルフ娘がさっと押さえ込み、さらにヴィクトリアとララが加勢して縛り上げた。
酔った竜――それもか弱い子供に化けているのが敗因だったな。
「な、なにをする気じゃケビン! ワシの角ならほれ、前に戦った時に取れてしまったのを見ておるであろう! もうワシには角など残っておらんぞ!」
「いやいや、何をおっしゃる。角なんてすぐにまた生えてくるものでしょう?」
「たわけ! 水竜は鹿ではないのだぞ!」
今から自分の身になにが起こるのか。
聡明な精海竜王どのは、言わずとも察してくれたみたいだ。
俺は石兵玄武岩を使い、集落の土中に埋まっていた『とびきり硬くざらざらした、研磨に向いた岩』を取り出すと、それを紅顔の少年の側頭部にあてがった。
思った通り、その黒髪の下にはこぢんまりとした小さな角が生えている――。
「やめよケビン! やめてくれ! ようやっと生えてきたところなんじゃ! ワシも久しぶりに角を抜いたから、また生えてくるか心配しとったんじゃ! 水竜の角は、群れの中においてその者の格を現す! また立派な角を生やさないと……ワシ、水竜の王をやめさせられちゃうかもしんないんじゃ!」
「えぇ、けど、隠居するんでしょう?」
「それとこれとは話が別ぅッ!」
「仕方ないんです、精海龍王。これも、モロルドの平和を守るためなんです。それに、自らの角を分けたゴーレムがたくさんできるんですよ……それは実質、精海竜王さまの子供が増えると言っても過言ではないのでは?」
「いやじゃ! そんな風に子供が増えるのはいやじゃ! 誰か助けてくれぇ!」
その時、夜空に突然に稲光が走ったかと思うと、俺たちが車座りになった広場に、セリンが降り立った。彼女は見ているこっちが薄ら寒くなるような冷たい笑顔を浮かべると、彼女の母以外の女によりかかっている岳父を見下ろした。
精海竜王の顔が、青色を越えて白色になる。
肩をぷるぷると震わせて、彼はほんの少しだけ豊満なエルフから距離をとった。
「違う、違うんじゃセリンよ。これはその、飲み会の勢いという奴での?」
「なにも言っていませんが? それより旦那さま? 本日の都での政が終わりましたので、私もご相伴に与りたいのですが、よろしいですかね?」
「あぁ、それはかまわないが……」
「それと……そこの浮気親父が、二度と調子に乗ったことができないように、ちょっと強めに竜角の方を削ってやろうかと思うんですが、かまいませんかね?」
それは親子間の微妙な駆け引きなので、俺に尋ねないでくれ。
答えようとした矢先、精海竜王がヴィクトリアとララの拘束を解いて逃げ出した。
森の方へと逃げる精海竜王。
スカートの裾を摘まんでセリンが彼を追いかける。
「違う! セリン! 誤解なんじゃ! これは浮気ではない!」
「言い訳は母上の前でおっしゃってください! 旦那さまに負けてから、ちょっと気がたるみ過ぎているのではないですか! これ以上、精海竜王の威光が地に落ちる前に、お灸を据えさせていただきます!」
壮絶な親子チェイスの結果は、半刻ほど森の中を駆けずり回って、娘の方に軍配が上がった。精海竜王は再び角を削られ、その神威を文字通りすり減らすのだった。
「うぅっ! どうしてくれるんじゃ、セリン! これでワシに角が生えて来んようになったら! 角のない竜など、格好悪くてかなわんではないか!」
「それは、格好つける相手がいるということですか……? なるほど、また母上が来られた時に、そのあたりちょっと詳しく聞かせていただきますね?」
「違う! そうじゃない! 言葉の文なんじゃよ……!」
かくして、俺は土の巨人(ゴーレム)の核となる、精海竜王の角を手に入れた。
そして、セリンの嫉妬深さの深淵を覗き込んだ。
うん、浮気は奥さんが悲しむからやめよう。
嫁を五人も娶っておいて、いまさらだけど。