※ カインとカミラ、氷雨が首都から脱出する数日前のお話。
「精霊核というのは、本来ならば定型の姿を持たない精霊が、その姿形を留めるための機構のことをいう。と言っても、なんのことかさっぱりだろうな」
ララに案内されたエルフの集落。
その広場にて、俺は集落の長であるフィーネから、精霊についての講義を受けていた。
硬い木の棒でかりかりと地面に絵を描く女首領。
描かれたのは綺麗にカットされた宝石。その周りを、なにやらほわほわとした丸い物体が飛んでいる――という不思議な図だった。
ちょっと絵柄が可愛らしい。
「いいか? そもそも精霊というものは概念だ。人々が自然現象に対して、自分たちと同じ生命・知性を感じて、造り出されたものだ」
「仮初めの生命? う、うぅん、よくそこが分からないな?」
「たとえば春に吹く風。夏の前に降る雨。秋に肥沃になる土。そして寒い冬に積もる雪。これらは厳密な原理があってそうなるのだが――人間の知性では、その原理を解き明かせなかった。人智を超えた現象につじつまをあわせるために、人はそのような現象を精霊が起こしているのだと信じた」
「その信じる心が、精霊の生命の源泉だというのか?」
「そういうことだ。我々精霊は、人々に観測されてはじめて生命体になりうる」
まだいまいち理解が追いついていないが、人がそれを生き物だと信じることが、精霊たちを存在させるらしい。
てっきり精霊の存在が先だと思っていたが順序が逆だったのか。
それなら、ゴーレムが錬成できるのもなんとなく納得できる。
ただ、疑問がないわけではない。
俺の疑念を察したように、フィーネが木の棒の先端を振る。
指し示したのは――丁寧に描かれた宝石。
精霊核と彼女が呼んだものだ。
「ならなぜ精霊核は存在するのか? 生きていると思う力が生命を生み出すのなら、そもそも核など必要ないのではないか? お前の疑念はそこだろう、ケビン?」
「うむ。そもそも、精霊核とはなんなのだ?」
「簡単だ。これもまたお前たちが精霊という存在を信じやすいためにある。人間が、心臓によって動いているように、精霊たちも精霊核によって動いている。そう信じることができれば、よりその生命の存在を納得することができるだろう?」
出会い頭に俺に矢を放ったエルフの長が目を細める。
分かるだろうとでも言いたげなその眼差しに、俺はおっかなびっくりと頷いた。
つまりだ……。
「ぴぃっ! なにもないのに、いきてたらおかしいの! いきてるからには、しんぞうさんやけつえきがひつようなの!」
「おおっと、セイレーンのお嬢さんが答えてしまったか」
「ぴぃぴぃぴぃ! か~んたんなはなしなの~! だれでもわかるよぉ~!」
ということだ。
精霊核というのは、精霊の構造を担保する存在。
これがあるから精霊は生きていると、信じるためのギミックなのだ。
「実は精霊核なんてなくても、精霊は生きていけるのか?」
「そんなことはない。人間たちの想いから生まれた擬似的な生命体だ。それがなければ存在できないと、多くの人間たちが信じている以上、それは強制力を持つ」
「もしかして、東方の付喪神というのも?」
「これは精霊よりも分かりやすい。形あるものに生を見出すのだから。その形――物体そのものが精霊核の役割を果たす。東西の違いはあれども、人が非生命体に命を感じ取る原理はまったく一緒だ」
なるほどなぁ。
人の想いにどこまでも、精霊というのは縛られるらしい。
人知を超えた存在のはずなのに人の理に縛られるというのは、説明されてみると滑稽な話だ。だが、理屈は分かりやすかった。
そして、これまでの話を総合すると――。
「俺が作った土の巨人(ゴーレム)には、精霊核が足りない?」
「そういうことだな。その強力な仙宝のおかげで、土の巨人(ゴーレム)の姿形を精巧に作ることはできたが、肝心となる核がないので動作が不安定なのだ。ずばり、精霊核――それが動く根拠を備えれば、もう少しはマシになるだろう」
俺は静かに膝を打ち、ゴーレム造りの奥深さに息を呑んだ。
これは魔法使いや神仙たちが、長い歳月をかけて術を練るわけだ。
「つまり、一朝一夕に精霊核を生み出すことは難しいということだな?」
「あぁ。超常現象や長い歳月を経た物品のように、生命が宿ってもおかしくないと、人間が思えるなにかを、土の巨人(ゴーレム)が備える必要がある。なにか思いつくか?」
なにも言えずに押し黙る俺に、エルフの長はしたり顔を向けてきた。
そして――おもむろにその襟元に白い指をかけると、ちらりと胸の谷間を露出した。
白色をした見事な宝石。
胸の谷間に、人体には不釣り合いなそれが埋め込まれているのが見えた。
いったいそれはなんなのか?
いや、今までの話の流れから言って――。
「我々エルフももともとは精霊だった。長い歳月を経て力を持ち、今は人間たちの認識を必要とせず、ほぼ対等の存在になることができたが……それでもこうして、精霊核を胸に持って生まれてくる。まったく厄介な話だよ」
やはりそれは、エルフの精霊核に間違いなかった。
「……そうか、エルフもそういえば、西方では妖精の一種と信じられているな」
「魔法使いの中にはな、より精巧な土の巨人(ゴーレム)や機械人形(オートマタ)を造るために、エルフの精霊核を狙う者もいる。だから我々は人々から身を隠すんだ。こうして海を越えて、自分たちの存在を知らぬ者ばかりの地に移住したりな」
そして、彼女が俺にそれを見せた理由も分かった。
知られざるエルフたちの宿命に言葉が詰まる。
なまじ有名な精霊だけに、その核を狙われることになろうとは。
人目を忍び森で生きるのも納得だ。
だが、エルフの長を慰めようとした矢先――。
「ララ? なんで俺の目を塞ぐんだ?」
なぜか後ろから近づいたララに目を塞がれ、俺はなにも見えなくなった。
ぷるぷると身体を震わせて、俺の幼馴染みが手のひらに力を入れる。
矢を弓につがい、引き絞る指先は、意外に力強い。
今にも眼球が飛び出しそうだ。
イダダダダ……ッ!
「……だめ! 師匠の、見ちゃ、ダメだから!」
「見ちゃダメってなにが⁉ 見なくちゃ分からないじゃないか!」
「けど、ダメ! ダメなものはダメなの……ッ!」
なにがいったいダメなのか。
俺は土の巨人(ゴーレム)と、その肝となる精霊核について、話をしていただけなのに。
ぎりぎりと軋む指先に、たまらずララの膝をタップする。
しかし、錯乱した幼馴染みは俺を解放するどころか、ますますとキツく力を籠めた。
「ほう、あの泣き虫ララが、こんな姿を見せるとは。よほど好かれているようだな、領主どの。これは、孫の心配は問題なさそうだ」
「そうじゃろうそうじゃろう? しっかしまあ、この娘のような健気さが、ワシの娘にもあったらよかったのだがのう……」
「ご両人ともなにをのんびりと! ララ! 本当に、なにを怒っているのか分からないが、手に力を籠めすぎ……ぎゃああああああッ!」
「う、浮気はダメなんだよ! 私だって、いちおう奥さんなんだから!」