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第116話 魔王、真の力で大地(畑)を蹂躙する

 真紅のドレスをまとった金髪の淑女が軽やかに踊る。

 フリルが施されたその裾が大きく翻り、一度彼女の身体を隠したかと思えば、その背中に大きな翼が現れた。


 セイレーンのものでもない。

 竜のものとも違う。

 蝙蝠――吸血鬼の眷属を彷彿とさせるシルエットの、それは赤い翼だった。


 つむじ風とともに魔王が夜空に舞い上がる。

 目もくらむほどの白月を背に、赤く不気味な影が広がる。


「にょほほほ! 満月の下では、妾は魔王の力を存分に使うことができる! どれ、人々よ思い知らせてやろう! 魔に連なる者立ちの頂点――魔王の恐ろしさを!」


 その姿を前にしては、もはや小娘だなどと侮れない。


 神か魔か。

 いや、魔王なのだ。

 人智の及ばぬ強大な力をその姿に感じる。


 もしかすると私はモロルドに、とんでもない者を招き入れたのではないか?

 悪寒が身体の芯を走る中、カミラは邪悪な笑みを浮かべ、その身体を覆っている真紅の衣装――と思われた鮮血を夜空に広げた。



「さあ、はじめようか……! 真夜中のトマトもぎもぎ祭りなのじゃ……!」



「やっぱり中身はただのアホ娘だ……ッ!」


 魔王の言葉とは思えぬ、心底あほくさい言葉に力が抜ける。


 やっぱり自称魔王だこいつは。

 よしんば本物だとして、頭のできが残念すぎる。

 どんなにすごい力を持っていてもバカならどうしようもない。


 とはいえ、カミラの力は間違いない。

 夜空から流星のように血の矢が落ちたかと思えば、水車小屋からほど近い畑にあるトマトを貫く。次々に赤い果実を射貫いたそれが、再び空に上がれば――。


「ふっふっふ! 刮目せよカイン! この大量のトマトを! 美味しそうなのじゃ!」


 夜空に浮かぶカミラがよりいっそう赤々しく彩られた。


 やはり……アホだ!

 力の使い方が間違っている!

 なんでトマトにそんなに固執する!


 いや、待てよ……?


「カミラがアホなのは、私にとってはメリットかもしれない。あの女をうまく言いくるめて、動かすことができたなら。絶大な魔王の力を私が使うことができる……!」


 高貴なる私の脳が名案を思いつく。


 アホとはさみは使いよう。

 強大な力を持つものに知性がないなら、操る者がどうにかすればよい。

 王を能臣が操るのと同じではないか。


「どうやらようやくツキが巡ってきたみたいだな!」


 ここの所、神に見放されたように不運が続いていた。カミラと出会い、眷属にされたのも、そうだとばかり思っていたが――どうやら違ったようだ。


 せっかくの魔王の力。

 モロルドを取り戻すのに使わせてもらうぞ。


 いや、取り戻すだけではない!

 この力を使い復讐してやる!


 私を見捨てたレンスター王国に。

 トリストラム提督に。

 宰相エムリスに。


 そして、この私に塗炭の苦しみを味わわせたケビンに!


「カミラ! いや、大魔王カミラさま! どうかお聞きください!」


「おぉっ⁉ なんじゃ、なんじゃ、いきなりかしこまって⁉ 妾(わらわ)の真の姿を見て、ようやく第一使徒としての自覚を持ったのか⁉ ほんにこざかしい奴じゃのうお主は⁉」


「ぐっ、ぐぬぬぬ……ッ! い、言わせておけば……ッ! し、しかし、ここは我慢するのだ、カインよ!」


 畑から盗み――徴収したトマトを抱えて、カミラが空から降りてくる。

 赤い実を頬張りながら、脳天気魔王はニマニマと腹立たしい笑顔を浮かべた。


 こいつの力を手に入れるために、今は我慢だ。


 プライドを捨てて私はその場に傅く。

 地面に膝小僧を擦りつけ、拳を地面に立て、目の前の無知なる少女に頭を下げた。


 彼女から信頼されるために。


「これまでの非礼をお詫びさせていただきたい。貴方はまさしく魔王。夜を統べ、魔の者立ちの頂に立つ王……にございます」


「にょほほほほ! だからそう言ったであろう! よいぞよいぞ! もっと妾(わらわ)を褒めるがよいぞ!」


「しかし、力を濫りに使うのはいかがなものかと! 力は、効果的に使ってこそ意味があります! 人々をかしずかせ、魔物を率いる王として、あまりに幼稚……!」


「むむむむッ⁉ なんじゃそなた⁉ 妾(わらわ)のやり方が気に食わないというのかえ⁉」


「もっと効果的な方法があると言っているのです。なに、この私めにお任せください。モロルド統治で培った我が知恵を持ってすれば、魔王さまをもっと聡明な――歴史に名を残す、魔王にしてさしあげられるでしょう」


「おぉっ! それは本当か、カインよ!」


 単純!

 やはり、この小娘はバカだ!


 カミラに表情を悟られないよう俯いたまま、私は口の端をつり上げた。

 許されるなら拳を握りしめて叫んでいたところだ。


 さあ、まずは何をしてくれよう?

 やはり、首都の奪還か?


 魔王にはしかるべき居城が必要だ。

 そうそそのかして、セイレーンたちの根城を奪わせようか。


 あの拠点を手に入れれば、なにかと便利にことが進みそうだ。

 それこそケビンと事を構えるのにもうってつけ。奴の統治を快く思っていない者たちを、首都に集め――真モロルド領として、この島を二分してくれよう。


 なに、こちらは正当な領主の血筋。

 さらに魔王の力添えがある。


 この勝負、勝てるぞ……!


「か……しテ……とま……シて」


「のじゃ? なんなのじゃ? なにやら、どこからともなくか細い声が……?」


「……は? どうされました、魔王さま?」


 キョロキョロとカミラが辺りを見渡す。

 なにか声が聞こえたと言うが、この場には私と彼女しかいない。

 きっと幻聴だろう。


 そう思ったのだが――!



「かエして、トまト、かえシて……! かえしテッ!」



 その肩にどろどろとした、できそこないの雪だるまのような何かが、ひっついているのを、俺ははっきりと目撃した。

 しかもこいつ、喋るし動くぞ……!


「魔王さま! 肩です! 肩になにか変な魔物が!」


「な、なな⁉ なんじゃ、この気味の悪い生き物は! この気配……魔物ではないぞ!」

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