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第115話 元領主、魔王の真の姿に狼狽える

 浮浪者のマネが迫真すぎた私は村からつまみ出された。

 私よりよっぽど貧相な自称魔王の小娘や氷女は入れたのに。


 なぜだ、よく見れば領主だとわかるだろう。

 これだから田舎者は嫌だ。


「むう、カインが村に入れぬのなら仕方ない」


「この村に潜伏するのはあきらめるでありんす。残念でありんすなぁ、せっかく久しぶりに、楽しい夜を過ごせると思いんしたのに」


「私のせいか! 私のせいなのか! お前たちみたいな足手まといがいるから、こんな苦労をすることになったんじゃないのか!」


「まっこと、うるさいお口やなぁ。やかましやかまし」


「ふがっ! もごごっ! もぎょぎょっ!」


 なにかあるたび、口に氷を詰め込むな氷女!

 私の高貴な唇がダメになってしまうだろう!


 とまぁ、そんな事情もあり、私たちは村への潜伏を諦めた。

 とはいえ、村の外にも潜む場所はある。


 薪を拾うための森の中には、村人たちがたまに使う山小屋が。

 村近くの川辺には、収穫期に麦を潰して粉にするための水車が。

 海岸まで出れば、漁期以外は使われない漁師小屋がある。


 旅人が雨露を凌ぐのに小屋を借りるのはよくある。

 流石に何日も居座ると近隣住民が注意に来るが――数日くらいなら大丈夫だ。

 ということで、畑から近く水飲み場もある、水車小屋に私たちは入った。


「のじゃあ! やっと屋根つきの部屋で寝られるのじゃ! 嬉しいのう嬉しいのう!」


「よかったでありんすな、魔王さま。ワッチもうれしいでありんす」


「ふん、こんなボロ小屋で喜ぶとは。ずいぶんとさもしい魔王だな……もごっ、もごご」


 中はまぁ、最低限暮らせないこともない――という感じだ。

 歯車が外された石臼の横には藁が敷き詰められており、そこで身体を休めることができた。収穫の季節からだいぶ経っていることもあり、かび臭く少しごわごわとしていたが、それでも地面で眠るよりはマシだ。


 盗み――徴収は明日にして、とりあえず疲れを癒やそう。


 それでなくても、吸血鬼は昼間に行動しづらい。

 大人しく、俺たちは麦わらの上で夜を待つのだった。


「えぇい、邪魔だ小娘! もっと横に行け! 中央のふかふかした場所は私のものだ!」


「主人をないがしろにするでない! ひどいぞカイン! 氷雨、なんとか言ってやれ! こやつ、ちっともワシを敬わんのじゃ!」


「カインさん、こんな小さな魔王さまを寝床の端においやって。あんさんはほんに鬼畜やなぁ。鬼畜も鬼畜、鬼畜生のどぐされ悪徳元領主でありんす」


「うるさいっ! 俺は優良領主だ! 宮廷の者たちからは、カインどのは扱いやすくて助かると、褒められたことしかないわ!」



「それ、きっと褒められていないのじゃ……!」


「し、黙っときなんし。バカは死んでもなおらんってことでありんすな」



 せっかくいい場所をとったのに、自称魔王の小娘と氷女にどかされて、結局藁のベッドの横へと追いやられる。


 きっと馬でも寝かせていたのだろう。

 絶妙に鼻につく馬糞の臭いに顔をしかめることになったが、それでも疲れには敵わない。気がつけば、俺は深い眠りに落ちていた。


 目を覚ましたのは日もとっぷりと暮れた深夜。

 瞼を上げれば、破れた屋根の隙間から、白々とした満月と煌々と輝く夜空が見えた。


 これはなかなか、首都にいては見ることのできない景色だな……!


「おっと、感慨に浸っている場合ではなかった! おい、カミラ! それと氷雨! さっさと畑に盗み――徴収に向かうぞ! 調理して、食べて、村から逃げる時間も考えれば、無駄話をしている余裕は……あれ?」


 その時、俺は隣で眠る小娘の変化に気がついた。


 金色の長い髪はいつの間にかボリュームを増し、その貧相だった身体は大人のそれに変わっている。肌はまるで月のようで、私さえも惑わす色香を漂わせていた。


 いつの間に着替えたのか、真紅のロングドレスをまとった彼女は、俺の呼びかけにパチリと目を開ける。ドレスとは真反対の、青々とした瞳がこちらを不思議そうにみつめれば、俺の心臓が急に騒がしくなった。


 いったいこれはなんだ?

 小娘がなぜ、こんな絶世の美女に?


「ふぁあぁ……。もそっとねたいのじゃ、カインよ。悪いけれど、畑に泥棒に入るのは、また明日にでもせんか? しばらくは、身体をしっかりやすめたい……zzz」


「ま、待て待て待てぇッ! お前、本当に小娘なのか⁉ 自称魔王の小娘か⁉」


「自称ではない、本当に魔王なのじゃと言うたであろう。まったく、なにを慌てたことを申しておるのじゃ……って、あぁ、なるほど」


 なにかに気づいたカミラが、くしくしと目元を擦ったかと思うとその場に立ち上がる。

 血のように赤いドレスを、薔薇の花弁のように優雅に揺らすと、彼女はほこり臭い小屋の中でくるりと回ってみせた。


「満月の夜は、吸血鬼の力が強まる。おかげで、妾(わらわ)の本来の姿を取り戻せたようじゃ」


「本来の姿……! すると、お前は本当に!」



「何度も言うておるであろう! 妾(わらわ)はカミラ! 真祖にして、夜の王! 吸血鬼にして――この世に顕現した魔王なり!」

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