浮浪者のマネが迫真すぎた私は村からつまみ出された。
私よりよっぽど貧相な自称魔王の小娘や氷女は入れたのに。
なぜだ、よく見れば領主だとわかるだろう。
これだから田舎者は嫌だ。
「むう、カインが村に入れぬのなら仕方ない」
「この村に潜伏するのはあきらめるでありんす。残念でありんすなぁ、せっかく久しぶりに、楽しい夜を過ごせると思いんしたのに」
「私のせいか! 私のせいなのか! お前たちみたいな足手まといがいるから、こんな苦労をすることになったんじゃないのか!」
「まっこと、うるさいお口やなぁ。やかましやかまし」
「ふがっ! もごごっ! もぎょぎょっ!」
なにかあるたび、口に氷を詰め込むな氷女!
私の高貴な唇がダメになってしまうだろう!
とまぁ、そんな事情もあり、私たちは村への潜伏を諦めた。
とはいえ、村の外にも潜む場所はある。
薪を拾うための森の中には、村人たちがたまに使う山小屋が。
村近くの川辺には、収穫期に麦を潰して粉にするための水車が。
海岸まで出れば、漁期以外は使われない漁師小屋がある。
旅人が雨露を凌ぐのに小屋を借りるのはよくある。
流石に何日も居座ると近隣住民が注意に来るが――数日くらいなら大丈夫だ。
ということで、畑から近く水飲み場もある、水車小屋に私たちは入った。
「のじゃあ! やっと屋根つきの部屋で寝られるのじゃ! 嬉しいのう嬉しいのう!」
「よかったでありんすな、魔王さま。ワッチもうれしいでありんす」
「ふん、こんなボロ小屋で喜ぶとは。ずいぶんとさもしい魔王だな……もごっ、もごご」
中はまぁ、最低限暮らせないこともない――という感じだ。
歯車が外された石臼の横には藁が敷き詰められており、そこで身体を休めることができた。収穫の季節からだいぶ経っていることもあり、かび臭く少しごわごわとしていたが、それでも地面で眠るよりはマシだ。
盗み――徴収は明日にして、とりあえず疲れを癒やそう。
それでなくても、吸血鬼は昼間に行動しづらい。
大人しく、俺たちは麦わらの上で夜を待つのだった。
「えぇい、邪魔だ小娘! もっと横に行け! 中央のふかふかした場所は私のものだ!」
「主人をないがしろにするでない! ひどいぞカイン! 氷雨、なんとか言ってやれ! こやつ、ちっともワシを敬わんのじゃ!」
「カインさん、こんな小さな魔王さまを寝床の端においやって。あんさんはほんに鬼畜やなぁ。鬼畜も鬼畜、鬼畜生のどぐされ悪徳元領主でありんす」
「うるさいっ! 俺は優良領主だ! 宮廷の者たちからは、カインどのは扱いやすくて助かると、褒められたことしかないわ!」
「それ、きっと褒められていないのじゃ……!」
「し、黙っときなんし。バカは死んでもなおらんってことでありんすな」
せっかくいい場所をとったのに、自称魔王の小娘と氷女にどかされて、結局藁のベッドの横へと追いやられる。
きっと馬でも寝かせていたのだろう。
絶妙に鼻につく馬糞の臭いに顔をしかめることになったが、それでも疲れには敵わない。気がつけば、俺は深い眠りに落ちていた。
目を覚ましたのは日もとっぷりと暮れた深夜。
瞼を上げれば、破れた屋根の隙間から、白々とした満月と煌々と輝く夜空が見えた。
これはなかなか、首都にいては見ることのできない景色だな……!
「おっと、感慨に浸っている場合ではなかった! おい、カミラ! それと氷雨! さっさと畑に盗み――徴収に向かうぞ! 調理して、食べて、村から逃げる時間も考えれば、無駄話をしている余裕は……あれ?」
その時、俺は隣で眠る小娘の変化に気がついた。
金色の長い髪はいつの間にかボリュームを増し、その貧相だった身体は大人のそれに変わっている。肌はまるで月のようで、私さえも惑わす色香を漂わせていた。
いつの間に着替えたのか、真紅のロングドレスをまとった彼女は、俺の呼びかけにパチリと目を開ける。ドレスとは真反対の、青々とした瞳がこちらを不思議そうにみつめれば、俺の心臓が急に騒がしくなった。
いったいこれはなんだ?
小娘がなぜ、こんな絶世の美女に?
「ふぁあぁ……。もそっとねたいのじゃ、カインよ。悪いけれど、畑に泥棒に入るのは、また明日にでもせんか? しばらくは、身体をしっかりやすめたい……zzz」
「ま、待て待て待てぇッ! お前、本当に小娘なのか⁉ 自称魔王の小娘か⁉」
「自称ではない、本当に魔王なのじゃと言うたであろう。まったく、なにを慌てたことを申しておるのじゃ……って、あぁ、なるほど」
なにかに気づいたカミラが、くしくしと目元を擦ったかと思うとその場に立ち上がる。
血のように赤いドレスを、薔薇の花弁のように優雅に揺らすと、彼女はほこり臭い小屋の中でくるりと回ってみせた。
「満月の夜は、吸血鬼の力が強まる。おかげで、妾(わらわ)の本来の姿を取り戻せたようじゃ」
「本来の姿……! すると、お前は本当に!」
「何度も言うておるであろう! 妾(わらわ)はカミラ! 真祖にして、夜の王! 吸血鬼にして――この世に顕現した魔王なり!」