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第113話 元領主、首都を抜ける

「しかし、首都を離れる言うてもどないしやすのん? 今、この街にはワッ――殺人鬼を見つけるために、新都からやってきた近衛兵がうろうろしとりますえ? 街の入り口なんて通ろうものなら、すぐに近衛兵に呼び止められてしまいんす」


「そうだったのじゃ! うむぅ~! なんとか外に出る方法はないかのう!」


「まったく……私がなんの考えもなしに、こんなことを言い出すと思ったか。もちろん、外に出る方法があるに決まっているだろう!」


 これでも私は次期領主だ。

 首都のことについては、表も裏も知り尽くしている。


 地下水路についてもそうだし、この地下礼拝堂についても知っていた。

 モロルド家の裏稼業のための施設はもちろん、いざという時――クーデターなどが起きた際の抜け道や潜伏用の施設など、秘匿された島の施設を私は把握しているのだ。


 その知識を脱出のために使わせてもらう。


 事実、私たちは今、空腹で命の危機なのだ。

 これはまさに通路を使うべき緊急事態だ。


 きっと、父も今は亡き祖父も、私の判断を指示してくれるだろう。

 ここでモロルドの正統な血筋を絶やすわけにはいかぬのだ。


「水路のひとつが、首都の沿岸ある洞窟へと繋がっている。そこを通って、街の外に脱出する」


「洞窟でありんすか?」


「おぉっ! なんだかワクワクするのう! 冒険みたいなのじゃ!」


「ただし、通路には追っ手を遠ざける罠が張り巡らされている! 頼むから、俺の言うことを聞いて、余計なことをするんじゃないぞ! でないと……最悪命に関わる! お前たちも罠で命を落としたくはないだろう!」


 これから使うのは、クーデターの際に逃げるための抜け道。

 追っ手を撒くために数々の罠が仕掛けられている。

 それも、釣り天井や熱湯が噴き出す穴と、命の危険に関わるようなものばかりだ。


 自称魔王の小娘が、冒険みたいだとはしゃいだがその通り。

 本当に命を落としてしまいかねない行程だった。


 別にこんな小汚い娘たち、どうなろうと知ったことではない。

 だが、それでも目の前で死なれては目覚めが悪い。

 それに旅のお供は必要だろう。


 かくして私は、浮かれた娘たちにしっかりと釘を刺した。


 だが――。


「なにを言っておるのじゃ! 吸血鬼は不老不死ぞ! 十字架の雨でも降って来ん限り、死ぬはずなかろうなのじゃ! にょほほほほほ!」


「ワッチも雪で身体ができた雪女でありんす。天井に潰されようが針山に落ちようが、なんも関係ありません」


「そうだったな、お前ら化け物だったな……!」


 心配は杞憂だった。

 そして、かえって違うことが心配になった。


 こいつら不死身だからって、いい気になっている。

 別に死にはしないが、死ぬほど痛いことには変わりないんだぞ。


 余計なトラブルを起こさなければいいが……!


「のじゃああああああッ! カインよ! その転がってくる大玉を止めるのじゃ! 主の命令じゃぞ! すぐに実行せよ!」


「だあもうッ! だから、そこの足場は踏むなと!」


 はたして、私の嫌な予感は的中した。

 自称魔王の小娘は、軽挙妄動によって何度もトラップを発動させ、私たちを危地へと追いやった。わざわざ私が罠があると説明したのにもかかわらずだ。


 まったく度しがたい!

 なんで罠だと分かってかかるんだ!


「おい! なんとかしろ氷女! お前の力を使えば、大玉は止められるだろう!」


「……あかん、堪忍しておくなんし、カインさん。この地下暮らしで、すっかりワッチも妖力が切れたみたいでありんす」


「な、なんだと! だったらどうするというのだ!」



「かよわいワッチらのために、盾になっておくんなまし」



 妖力が切れたと言った矢先、氷女が術を使って私の脚を凍らせた。


 地面に張り付いて剥がれなくなった足の裏。

 その場に立ち尽くした私の背中に、大玉が迫ってくる。


 そして……!



「ぎゃっ、ぎゃわあああああああああッ!」



「か、カイン! だ、大丈夫なのじゃ⁉」


「身を挺して、主人と下のもんを助けるなんて、カインさんはまっことええ男じゃ。ほろほろ、ほろほろり(うそ泣き)」


 私は大玉に押しつぶされた。


 吸血鬼になってなかったら即死だった。

 次男(庶子の長男に家督を簒奪された)でなければ耐えられなかった。

 ケビンへの深く激しい憎しみが、不死身の身体で味わう死の恐怖を、かろうじて上回っていた。


 おのれケビン!

 おのれ、兄上!

 おのれ……絶倫領主ぅうううッ!


 絶対にこの痛みを、お前にも味わわせてやる!


「おっ⁉ なにやら潮風が聞こえてくるのじゃ⁉ もうすぐ出口ではないか⁉」


「あれま、もうしまいですのん。もうちょびっと、カインさんの面白い断末魔が聞けると思うて期待してたのに。残念でありんすなぁ」


 かくして暗い通路をあるくこと半日。

 息も絶え絶え、ようやく私たちは首都の近くにある洞窟にたどり着いた。


あとはもう罠はない。

 外に出て、さっさと村へと向かおう。


 そう思ったのに、神はさらに私に試練を与えたもうた――。


「ぐにょ、ぐにょにょ、ぐにょ、にょにょにょにょにょ……ッ!」


「な? なんじゃ、あの見たことない魔物は?」


「蛸のような顔ですなぁ。けど、人間みたいに二の足で立っていはる。カインさん、アレもこの通路の罠でありんすか?」



「し、知らん! 見たことがない! あんな魔物!」



「ぐにょ、にょにょ……ぎょぎょぎょぎょぎょッ!!!!」


「「「うっ、うわぁあああああッ!!!!」」」


 俺たちは謎の蛸の魔物と遭遇。

 強い吸盤がついた触手に襲われることになった。


 命からがらなんとかその場を逃げ延びたが、とんだトラブルのおかわりだった。


 もう、勘弁してくれ……!

 いったい私がなにをしたと言うんだ……!


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