「しかし、首都を離れる言うてもどないしやすのん? 今、この街にはワッ――殺人鬼を見つけるために、新都からやってきた近衛兵がうろうろしとりますえ? 街の入り口なんて通ろうものなら、すぐに近衛兵に呼び止められてしまいんす」
「そうだったのじゃ! うむぅ~! なんとか外に出る方法はないかのう!」
「まったく……私がなんの考えもなしに、こんなことを言い出すと思ったか。もちろん、外に出る方法があるに決まっているだろう!」
これでも私は次期領主だ。
首都のことについては、表も裏も知り尽くしている。
地下水路についてもそうだし、この地下礼拝堂についても知っていた。
モロルド家の裏稼業のための施設はもちろん、いざという時――クーデターなどが起きた際の抜け道や潜伏用の施設など、秘匿された島の施設を私は把握しているのだ。
その知識を脱出のために使わせてもらう。
事実、私たちは今、空腹で命の危機なのだ。
これはまさに通路を使うべき緊急事態だ。
きっと、父も今は亡き祖父も、私の判断を指示してくれるだろう。
ここでモロルドの正統な血筋を絶やすわけにはいかぬのだ。
「水路のひとつが、首都の沿岸ある洞窟へと繋がっている。そこを通って、街の外に脱出する」
「洞窟でありんすか?」
「おぉっ! なんだかワクワクするのう! 冒険みたいなのじゃ!」
「ただし、通路には追っ手を遠ざける罠が張り巡らされている! 頼むから、俺の言うことを聞いて、余計なことをするんじゃないぞ! でないと……最悪命に関わる! お前たちも罠で命を落としたくはないだろう!」
これから使うのは、クーデターの際に逃げるための抜け道。
追っ手を撒くために数々の罠が仕掛けられている。
それも、釣り天井や熱湯が噴き出す穴と、命の危険に関わるようなものばかりだ。
自称魔王の小娘が、冒険みたいだとはしゃいだがその通り。
本当に命を落としてしまいかねない行程だった。
別にこんな小汚い娘たち、どうなろうと知ったことではない。
だが、それでも目の前で死なれては目覚めが悪い。
それに旅のお供は必要だろう。
かくして私は、浮かれた娘たちにしっかりと釘を刺した。
だが――。
「なにを言っておるのじゃ! 吸血鬼は不老不死ぞ! 十字架の雨でも降って来ん限り、死ぬはずなかろうなのじゃ! にょほほほほほ!」
「ワッチも雪で身体ができた雪女でありんす。天井に潰されようが針山に落ちようが、なんも関係ありません」
「そうだったな、お前ら化け物だったな……!」
心配は杞憂だった。
そして、かえって違うことが心配になった。
こいつら不死身だからって、いい気になっている。
別に死にはしないが、死ぬほど痛いことには変わりないんだぞ。
余計なトラブルを起こさなければいいが……!
「のじゃああああああッ! カインよ! その転がってくる大玉を止めるのじゃ! 主の命令じゃぞ! すぐに実行せよ!」
「だあもうッ! だから、そこの足場は踏むなと!」
はたして、私の嫌な予感は的中した。
自称魔王の小娘は、軽挙妄動によって何度もトラップを発動させ、私たちを危地へと追いやった。わざわざ私が罠があると説明したのにもかかわらずだ。
まったく度しがたい!
なんで罠だと分かってかかるんだ!
「おい! なんとかしろ氷女! お前の力を使えば、大玉は止められるだろう!」
「……あかん、堪忍しておくなんし、カインさん。この地下暮らしで、すっかりワッチも妖力が切れたみたいでありんす」
「な、なんだと! だったらどうするというのだ!」
「かよわいワッチらのために、盾になっておくんなまし」
妖力が切れたと言った矢先、氷女が術を使って私の脚を凍らせた。
地面に張り付いて剥がれなくなった足の裏。
その場に立ち尽くした私の背中に、大玉が迫ってくる。
そして……!
「ぎゃっ、ぎゃわあああああああああッ!」
「か、カイン! だ、大丈夫なのじゃ⁉」
「身を挺して、主人と下のもんを助けるなんて、カインさんはまっことええ男じゃ。ほろほろ、ほろほろり(うそ泣き)」
私は大玉に押しつぶされた。
吸血鬼になってなかったら即死だった。
次男(庶子の長男に家督を簒奪された)でなければ耐えられなかった。
ケビンへの深く激しい憎しみが、不死身の身体で味わう死の恐怖を、かろうじて上回っていた。
おのれケビン!
おのれ、兄上!
おのれ……絶倫領主ぅうううッ!
絶対にこの痛みを、お前にも味わわせてやる!
「おっ⁉ なにやら潮風が聞こえてくるのじゃ⁉ もうすぐ出口ではないか⁉」
「あれま、もうしまいですのん。もうちょびっと、カインさんの面白い断末魔が聞けると思うて期待してたのに。残念でありんすなぁ」
かくして暗い通路をあるくこと半日。
息も絶え絶え、ようやく私たちは首都の近くにある洞窟にたどり着いた。
あとはもう罠はない。
外に出て、さっさと村へと向かおう。
そう思ったのに、神はさらに私に試練を与えたもうた――。
「ぐにょ、ぐにょにょ、ぐにょ、にょにょにょにょにょ……ッ!」
「な? なんじゃ、あの見たことない魔物は?」
「蛸のような顔ですなぁ。けど、人間みたいに二の足で立っていはる。カインさん、アレもこの通路の罠でありんすか?」
「し、知らん! 見たことがない! あんな魔物!」
「ぐにょ、にょにょ……ぎょぎょぎょぎょぎょッ!!!!」
「「「うっ、うわぁあああああッ!!!!」」」
俺たちは謎の蛸の魔物と遭遇。
強い吸盤がついた触手に襲われることになった。
命からがらなんとかその場を逃げ延びたが、とんだトラブルのおかわりだった。
もう、勘弁してくれ……!
いったい私がなにをしたと言うんだ……!