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第112話 元領主、クーデターを企てる

 吸血鬼女が氷女を仲間に加えて数日が経った。

 あらたな仲間を手に入れた俺たちは、いよいよ僭称領主ケビンからモロルドを奪還するべく行動を開始――できればよかったのだが。


「うぅっ、毎日雑草ばかり食べていては力が入らないのじゃ。あったかくておいしいごはんがたべたい。もういもむしは嫌じゃ、ムカデは食べたくない……ぐすん」


「好き嫌いはあかんどすえ。魔王さま、ほら、ワッチの出したさらさらの銀シャリ(雪)でも、お腹いっぱい食べておくんなまし」


「おぉっ! これは……食べても食べても口の中で溶けていって! 空っぽの胃の中に冷たい氷水がたぷたぷと溜まり……んぐぐぐぐぐっ! お、お腹がァッ!」


「バカめ。雪で腹が膨れるものか。アホ娘め」


「カインはんもほら、お腹空いてますんやろ。特別にワッチが直に口から胃まで押し込んだりますわ。遠慮しんくてもよござんす。さあ、ぐぐいと」


「わぁっ! バカ、やめろっ! 私の身体は、特に温度に敏感なのだ! そんなのお腹に詰め込まれたら……ぐぉぉおおおおおッ! も、猛烈に腹が痛い!」


 とまあ、こんな感じで、まったくなにもできていなかった。

 魔王を名乗る少女と二人、氷女がまじないで出した雪を食わされて、悶絶しているうちに今日もあっという間に日が暮れる。


 毎日生きていくだけで精一杯だ。


 王宮にいた頃は、なにもしなくても周りがしてくれたのに。

 本土に亡命した時も、数こそ減ったが身の回りを世話してくれる人はいたのに。

 こんなことになるのなら、モロルドに戻ってくるべきではなかった。


 いや、こんなことではいけない――。


「今もまた、モロルドの領民たちは、悪辣な僭称領主ケビンの悪政に苦しんでいる。なのに、真の領主であるこの私が逃げ出してどうするんだ……ぐっ、ぐおっ、腹がッ!」


「うぅっ、ひもじいのじゃあ! おいしいものを食べたいのじゃあ! 温かいものを胃に収めたいのじゃあ!」


 決意もひもじさの前には無意味。


 腹が減ってはなんとやら。

 なにもできなくなってしまう。


 おのれケビンめ、よくもこの私にこんな思いを……!

 いずれ私が領主の座に返り咲いたあかつきには、同じ苦しみを味わわせてくれるぞ!


「温かいもの。魔王さまもえらい人間じみたことを言いはりんす。盗んだ食べ物ではあきまへんの? そもそも、魔族に食事は必要あらしまへんやない?」


「なにを言うか氷雨よ! よい食事はよい身体を作るのだぞ! たしかに、吸血鬼の妾(わらわ)に必要なのは乙女の血よ! それが一番栄養価が高いのは間違いない! けれども……人の血からだけでは摂取することができない、栄養素が料理にはあるのじゃ!」


「むぅっ! 人が作った料理にはたしかに、栄養価以上のなにかがある! 特に一流の料理人が作った料理は、気分を高揚させて自分を特別な存在だと思わせてくれる! 小娘、お前にしては分かったことを言うではないか!」


「だから小娘と呼ぶでない! 妾は魔王だぞ!」


 ぴょいと拳を振り上げる自称魔王の小娘。

 しかし、ちょっと身体を動かしただけで体温のバランスが崩れたのか、お腹を押さえてその場にうずくまる。


 まったくか弱いものである。

 まあ、かくいう俺も指一本動かせなかったのだが。


 とにかく、このまま氷ばかりを食っていてはまずい。

 早々に我らの食糧事情をなんとかしなくては。


「とはいえ、市場の連中には目を付けられていて、最近はめっぽう盗――臨時徴収がしにくくなっているんだよな。まったく、誰かさんがドジばかり踏むものだから」


「お主だって捕まったくせにぃッ! というか、市場の警戒は妾たちのせいではないであろう! なにやら、殺人鬼が出たとかで、新しい都の方から兵がやって来ているそうではないか! まったく迷惑な奴もおったものよ!」


「ほんに困りんすなぁ」


 首都で起こっている連続殺人事件。

 その煽りを喰らって、都はとても盗――臨時徴収ができるような状況ではなくなっていた。そこらかしこにモロルドの兵が潜んでいる。


 もはや背に腹は代えられない。

 冷えたお腹を抱えながらなんとか立ち上がると、俺は自称魔王と氷女に提案した。


「一度、この首都を離れよう。どこかの村に移動するのだ。村ならまだ、警戒の度合いがマシなはず。市場ではなく畑から盗む――臨時徴収するなら、村人たちにも見つかりにくいだろう。どうだろうか?」


「おぉっ! 流石はカイン! こういう小ずるい悪知恵は働くのう!」


「ほんに小悪党っぷりに惚れ惚れしんす」


「褒めているのかお前ら! 私だって、本当ならこんなことはしたくないというのに! 誰のせいでこんな事態になっていると……!」


 怒鳴りが胃に響き、胃のうずきが腸を伝い、やがて肛門へと達する。

 いよいよ限界に達した私はお尻を押さえると、ぴょんぴょんと跳ねながら地下礼拝堂の入り口にある、下水道へと向かうのだった。


 くそっ、本当に、なぜ私がこんな惨めな思いを!

 クソとか言っていると、本当にクソ漏らしになりそうだ!


 あぁもう、クソクソクソ、くそったれぇ……ッ!


「まあ、小男の言うことも一理ありんす。魔王さま、いかがしんす?」


「決めたのじゃ! この街を出て、村へと移動するのじゃ! そして……温かいシチューは無理でも、美味しいトマトを食べるのじゃ!」



「んおっ! んおっ、おっ、おぉっ! ふぉおおおおおおッ!!!!」



「…………漏らしたでありんすな」


「…………ばっちぃのじゃあ」


 漏らしてなどいない!

 ただちょっとアレだ――久しぶりにまともなものを口にできるという嬉しさに、悦びの声を上げただけだ。


 下の方じゃないぞ。

 ちゃんと上の方だ。


 んおぉんッ!!!!

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