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第111話 絶倫領主、エルフの隠れ里に赴く

 矢に塗られた毒により意識を失った俺は、そのままエルフの里に運ばれた。

 そして、里長――ララの師匠にして、さきほど俺を狙撃したエルフの住処に寝たまま連れ込まれた。


 大きな広葉樹の葉をつぎはぎして造られた天井と壁。

 ほどよくしなる枯れ木で器用くみ上げられたそれは、人が五人は寝られる広さがある。

 エルフたちが狩ったのだろう、床には獣の毛皮が敷かれており、意外と居心地も寝心地は悪くはなかった。


 いわゆるテントという奴だ。


「うぅっ……! ララ、ステラ、ヴィクトリア……無事か?」


「ケビン! よかった、目が覚めたのね……!」


「ぴぃぴぃッ! せーかいりゅーおー! おにーちゃんがおきたの!」


「くわっわっ! ぐわぐわくわっこ~!」


 テントの屋根と同じ広葉樹の葉でできたシーツをのけると上半身を起こす。

 意識は戻ったが、まだ毒が体内に残っているのだろう。思考にはぼんやりともやがかかり、指先にも微かに痺れがあった。


 ふらついた俺を、ララが抱きしめて支える。


「無理しちゃダメだよ、ケビン。命に支障がないとはいえ、毒は毒なんだから」


「……すまない、ララ。君を心配させようとしたわけじゃないんだ」


 白い髪の中に揺れる潤んだ瞳。

 幼い日の彼女を彷彿とさせる眼差しに、ただただ申し訳ない気分になった。

 もっとも、あんな不意打ちをどう避けろというものだが――。


「まったく、ララの惚れた男だというから、さぞ骨のある奴かと思ったが……この程度の毒で寝込むとはだらしのない。日頃から、致死量ギリギリの毒を摂取して、鍛えておかないからこうなるんだぞ?」


「師匠! そんな訓練をするのはここのエルフくらいです! 普通の人はしません!」


 幼馴染みの介抱もそこそこそに、部屋に俺を射たエルフが入ってくる。

 腰まであるだろう長い髪を真緑のツタで結い上げ、素材の分からぬ白いレオタードのような衣服を着た彼女は、ふんと息巻いて俺の前に腰を落とした。


 つり目ぎみの瞳を細め、ララの師匠が俺を見定めるように睨む。


「大丈夫じゃよ。そいつは精海竜王ことワシをまんまと倒した傑物よ。まあ、王の資質はまだ足りぬが、鍛えれば鍛えるほど強くなる。行く末が楽しみよ……カッカッカッ!」


 ララの師匠に遅れてテントに入ってきた岳父どのが、いつもの調子で笑い飛ばす。

 どうやら外で俺に代わって、いろいろと交渉をしてくれていたみたいだ。


 いまさらだが、彼に今回の探索についてきてもらって正解だったかもしれない。


「それに、なんと言ってもこやつのあだ名は『絶倫領主』じゃぞ! 子孫繁栄を約束されたようなもの! ワシもはやく孫ができぬかと、今から楽しみにしておる!」


「どう考えても悪評じゃないですか。やめてください、精海竜王」


「ほう『絶倫領主』か、それは願ったり叶ったりだな。我がエルフの里も、長らく男日照りが続いておってな。ここに来たのも何かの縁というもの、子種を……!」


「なに言ってるんですか師匠! ケビンに変なことを言わないでください!」


 俺をぽいと放り出すと、ララが肩をつり上げて師匠に食いかかる。

 アルビノで身体が弱いと言っても、流石は百獣の王の血が混ざった獣人だ。彼女の威嚇に、師匠のエルフも青い顔をして尻込み、精海竜王もぎょっとして半歩後ろに下がった。

 かくいう俺も、ララがこんな風に怒るのは久しぶりに見た気がした。


 しかし、なにがそんなに気に食わなかったんだ?

 あだ名のことで俺がからかわれるのは、いつものことなのにな?


「ララおねーちゃん、おこるとこわいのー」


「くぁあぁ……こけぇえぇ……」


「ぷ♪」


 後ろで子供(&小動物)たちも怯えている。


 これはよくないな。


 寝床から立ち上がると、怒るララの肩を引いて止める。

 彼女はまだなにか言い足りない様子だったが、俺が出てくるとすごすごと身を引いた。 さて――。


「すまない、俺はこのモロルド島の領主のケビン。ララの幼馴染みだ。彼女から、この辺りに神妙無比な弓の名手とその一族がいると聞いてやってきた」


「ふむ、それは間違いなく我々のことだ。エルフは誰もが一級の弓の使い手だからな」


「てっきり、仙宝娘だとはやとちりした。君たちのテリトリーに、迂闊に入り込んだことを詫びよう。申し訳ない」


「ほう、領主でありながら自らの非を認め、領民に頭を下げるとは……! なるほど、精海竜王やララが認めるだけのことはある。たしかになかなか骨がありそうな男だ」


 どうやら、ララの師匠に俺は気に入られたらしい。



「よしいいだろう! うちの集落の娘たちと、ファッ○していいぞ!」



「うむ!!!! 遠慮させていただく!!!!」



「師匠! 下品なことを言うのはやめてください! ケビンは純情なんです!」


 ただ、親愛の表現の仕方が独特すぎる。

 よくもまぁこんな人の下で、長年ララは修行をしたよ。


 そもそも、この島に住んでいる実力者――精海竜王といい、彼女といい――たちは、どうしてこうも性に対してあけっぴろげなんだろうか。

 もう少し、慎ましやかさを持ってくれ。


「まあ、アタシの娘も同然の、ララと毎日ファ○クしているのだから、問題ないか」


「ワシの娘のセリンとも、いつも褥を共にしておるぞ。よきかなよきかな」


「だから、そういうのやめてくださいって、お二人とも……!」


 単身で向き合えば、とても勝てない強者。

 下世話な内容ではあるけれども、彼らに認められ好意的に受け止められていることは、喜ぶべきことなのかもしれない。

 胃が締め付けられるように痛いけれど。


 苦悶する俺に向かってララの師匠が手を差し出す。


「あらためて、エルフの隠れ里の村長フィーネだ。名前はエルフの言葉で『高嶺に割く白く可憐な花』という意味だ。ひとつ、これからよろしく頼むぞ」


 高嶺に聳え立つ巨木の間違いじゃないか?

 なんにしても、変に機嫌を損ねると、また毒を盛られそうなので、俺は素直に応じた。


「モロルド領主ケビンだ」


「存じている絶倫王。うちのララをよろしく頼むぞ。私も、はやく孫の顔が見たい」


「師匠ォッ!!!!」


「はっはっはっ! どうしたララ! 顔が真っ赤だぞ! それではまるで、赤ライオンではないか!」


 すっかりララの師匠に場の空気が飲まれてしまう。

 彼女に指摘されたように、真っ赤になったララが猛抗議する中――。


「さて、これでまた、土の巨人(ゴーレム)からは遠ざかってしまった。いったいどうすれば、疑似生命を宿すことが出来るんだ……?」


 俺は本来の目的を達成できなかったことを静かにごちった。


 誰に言ったわけでもなかった。

 完全にひとりごとだった。


「なんだ? お前、もしかして精霊核について調べに来たのか?」


「……うん? 精霊核とは?」


 しかし、そんな俺のひとりごとを、耳長のエルフがそれとなく拾った。

 その様子から、彼女がなにかを知っているのは間違いなさそうだった。

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