村長の家に戻ると、俺たちの気配を察してセリンたちが外に出てきた。
土まみれになった俺たちを見るなり、ぎょっとした顔をする二人の妻。
そして、ベッドに横たわりながらこちらをうかがうアンネ。
女三人のあきれ顔に俺は後ろ襟を掻きむしる。
ヴィクトリアの身体からこぼれた埃と砂が、ジャリジャリと頭の裏で音を奏でた。
「あらあら、まあまあ、こんなに汚れて! どうしたんですか旦那さまにヴィクトリア! それにステラまで……!」
「いやあ、いろいろあってな」
「【スリープモード継続中、すみやかに製造元へメンテナンスに出してください】」
ヴィクトリアの様子がおかしいことを察するや、セリンはすぐに家から出た。
そして、なにやら呪文を唱えながら手を動かし――その両腕から水を放出した。
どうやら仙術のようだ。
てっきり雷しか操れないと思っていたが水も操れるんだな。
ふきかかる水がヴィクトリアの身体をたちまち洗い清める。
ついでに、俺とステラも。
「【Warning: 排気効率10%低減、状況は改善しています。 Warning:関節部からの異物の排除を確認、損耗軽微。このまま通常モードに移行します】」
「よくわからんが、直りそうだな」
「…………ウィ、ウィーン、ガガガガ! ヴィクトリア、起動スタンバイ完了! 再起動には生体認証が必要になります! マスター、キスにより遺伝子情報を中に……!」
「あとは一発、叩いてやれば元に戻りそうですね! 父上も、言っていました『神仙の作った道具はややっこしいから、困ったらどついてやればいい。電流もいいぞ』と!」
今度は紫電を手に走らせ、笑顔で眉間に青筋を立てるセリン。
ううん、いつも思うがこの正妻の圧よ。
「叩くんならまかせとき。こんなこともあろうかと……得物も持ってきておいたんよ」
そして、そんな正妻にノータイムで合わせる愛人よ。
普段は喧嘩ばかりなのに、こんな時は息ぴったり。
君たち、本当は仲良しだろう。
たまらずヴィクトリアが俺の背中から飛び退いた。
「はっ! ここはいったい! 私はヴィクトリア! マスター、ヴィクトリアただいま正常動作いたしました! 元気ビンビンです!」
すぐさま彼女はぴょんぴょんと跳ね、力こぶをつくって元気をアピールする。
いつものお調子者ぶりに、呆れるやらほっとするやらだ。
なんにせよ無事に復活してよかった。
セリンが仙術の発動を止め、ルーシーが抜いた槍を背中に回す。
びしょ濡れのステラとトリストラム提督が跳ね回り、場の空気が少し緩んだ。
「それより、なにがあったんですか? 詳しくご説明いただけますか?」
「ああ、それなんだがな……」
怪訝そうに眉をひそめるセリンに、俺は素直に事情を説明した。
土の巨人(ゴーレム)を作ろうとしたこと。
できたはいいが、思った以上のポンコツ土の巨人(ゴーレム)だったこと。
そんな彼女に絡まれ、ヴィクトリアが壊れたこと。
もっと実用的な土の巨人(ゴーレム)を造るのに、いい知恵はないかと考えあぐねいていること。
そして、仙宝娘のヴィクトリアに人造の秘訣について尋ねようとしたこと。
「ということで、どうだろうかヴィクトリア? なにか妙案はないかな?」
いきなり俺に話題を振られた仙宝娘が瞼を閉じる。
起きてすぐには答えられないかと思ったが――。
「ひとつ、心当たりがございます」
仙宝娘は俺の疑問に即答してみせた。
「この島が、元は神仙たちの修行場で、その庵が海に落ちてできあがった――といういきさつについては、わざわざ話す必要もございませんよね?」
「あぁ。また誰か参考になる神仙を紹介してもらえないか?」
「ナターシャが一番この手の話には明るいのですが、彼女も造った側ではなく造られた側です。知っていることは多くありません。また、土の巨人(ゴーレム)の専門家だった、東方不敗修士老君の庵にあった情報以上のことは、自力で調べるしかないでしょう」
「むむ、そうなるか……」
「その上で、ひとつマスターのお耳に入れておきたいことがあります。できれば、好色なマスターにはお話ししたくなかったのですが……!」
どういう前置きだろうか?
そこで好色がなぜ絡んでくるんだ?
意味が分からず
「この島で暮らしていた神仙たち。彼らが、その身ひとつで生きていけると、マスターはお考えですか?」
「それはまぁ、神仙だしなぁ?」
「答えはNOです。神仙は自らの術に没頭するあまり、身の回りのことについては無頓着な者が多い。つまり、彼らの生活を支える従僕が必要でした……」
なるほど。
東方の土の巨人(ゴーレム)と東方の機械人形(オートマタ)――あるいは仙宝娘。
なぜそれらが二つに分かれたのか。
ずばりヴィクトリアが言いたいのはそこだ。
「私も含めて、多くの仙宝娘は神仙の世話をするために造られました。そして、神仙がこの地を去る際に、その多くが置き去りにされたのです。そんな、神仙たちの落とし子たちが集まる集落が――この島の中のどこかにあるはずなのです」
「この島のどこかということは、ヴィクトリアもどこにあるのかは知らないのか?」
「はい。全ては推論に過ぎません。ただ、私がこうして現在も動いているのですから、他の仙宝娘たちもまた動いているに違いありません」
「ふむ……!」
この島のどこかにある仙宝娘の棲む隠里。
それを探し出す。
気の遠くなる話だが、この手の話にうってつけの人物に心当たりがあった。
島内に巨大な情報網を持ち、様々な知恵者の力を借りられる。
モロルドの自然の中に生きる、したたかな白虎の娘。
ララならば、きっと集落を見つけてくれる。
「すぐにララに連絡を取ろう。彼女に協力してもらって、機械人形と土の巨人(ゴーレム)の隠里を見つけ出すぞ……!」