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第69話 精海竜王、かつての婿に宣戦布告する

「くぇえぇっ! くえっ、ここここっ! くええぇええっ!」


「うわぁっ! ちょっとなんだいきなり……って、トリストラム提督⁉」


 精海竜王に驚いたのも束の間、顔に青い鶏が飛びついてきた。

 姿が変わってもどことなく面影がある――トリストラム提督は、バタバタとその翼をばたつかせて、俺になにかを訴えかけた。


 俺とモロルドの港の方を、交互に見やる青い鶏。

 すぐに彼の意図は分かった。


「……トリストラム提督! 石兵玄武盤を使います、よく掴まっていてください!」


「コケェッ! コケッ、ココココ! コケッコォッ!」


 トリストラム提督に断りを入れ、すぐさま玄武盤に仙力を込める。

 少しずつ周囲の土を集めて、立っている足場を盛り上がらせると、それは即席の物見櫓へと変貌した。


 後宮からモロルドの港を眺めれば――。


「なんてことだ! 第六艦隊が……!」


 その沖合にある環礁に集まった、トリストラム提督の艦隊が赤い炎に包まれていた。


 おそらく魔力が籠められているのだろう。

 海兵たちが消火活動をしているが、まったく消火が追いつかない。

 すでに諦め、小型船に乗り込んで逃げる者までいる。


 死者の姿がないのは精海竜王の計らいか。

 なんにしても、ぼやぼやとしていられるのはここまでらしい。


 雷雲を背にして鎌首をもたげる内海の覇者。青色の鱗に覆われた巨体と、金色に輝く雄々しい角。真珠のように白く、宝剣のように鋭い牙。そして、赤く輝く魔性の眼を持った竜の王は、俺を威嚇するように雷鳴とともにまた雄叫びをあげた。


「ケビンよ! 戦う決心はついたか! もしもお前が、戦わずして敗北を認めるなら……モロルドの領民の命だけは、精海竜王の名において助けよう!」


 最後に、精海竜王は降伏を促してきた。


 やはり器が違う。

 あたら無用な血が流れぬよう、彼は俺一人の命でことを納める提案してきた。

 少し前の俺ならば、その誘いに乗っただろう。


 だが、今の俺には降伏の意志はない。


 はっきりと聞こえるのだ。

 いなくなった妻の声が――。


『旦那さま! 脅迫に動じてはなりませぬ! 貴方が死ねばモロルドの再興は潰えます! ステラさんも、ルーシーも、ヴィクトリアも、ララさんも! きっと悲しみます!』


 そう、心の中のセリンが俺に言うのだ。


 きっと俺は彼女に「それでも、俺の命ひとつで事が済むなら」と、とぼけたことを言うのだろう。そして親譲りの黄金の角に紫電をまとわせた妻に怒鳴られるのだ。


 自分の命を粗末にするなと。


「もちろん断る! 精海竜王! 我こそはモロルドの王! この東洋の地を統べ、あらゆる者たちにとっての楽土を拓く――ケビン・モロルドである! 古き竜の時代はここに終わりを迎える! これよりこの地は、我と我が民が納めることになるであろう!」


「…………ほう! 言うではないか!」


「そして! 貴様に奪われた我が細君――セリンも必ず取り戻す! 精海竜王よ! 我ら夫婦の仲を、このような無粋な真似で引き裂いた罪は償ってもらうぞ!」


 領土もやらぬし、命もやらぬ。

 必ず勝利し、さらには娘も奪ってみせる。

 まるで野蛮な侵略者のような口上に、身体がむず痒くなったが、ここで臆してしまってはダメだ。


 俺は精海竜王に、はっきりと対決の意志を伝えた。

 そして、こちらを見下ろす巨竜を睨みつけ、対等な王としての矜恃を示した。


 それはかつて、彼と内海ではじめて出会った時の再現だった。


 あの時は、命を対価に大見得を切り、精海竜王の後援と妻を手に入れた。

 そして今また領民と領土を上乗せし、俺は彼に博打を挑もうとしている。


 今度は一切の贔屓なしの――真剣な勝負を。


 なぜだろう。

 不思議と負ける気がしない。

 こんなにも強大な敵が相手だというのに……!


「言うではないか、小僧! しかしな、お前はワシを一度失望させた! そのような男が、どんな大言壮語を吐いたところで、ワシが怯むと思うてか! もう一度、はっきりと思い知らせてやろう……貴様の小さき器をな!」


「侮るのはそこまでにしてもらおうか精海竜王! たしかに、俺の王としての貴方に及ばぬかもしれないが――!」


「こぼれた水は、ウチらが拭いたらよろしいだけですやろ」


「ぴぃっ! そうなのぉっ! おに~ちゃんはひとりじゃないの!」


「前言撤回を求めます精海竜王よ。マスターは、たしかに貴方の期待を裏切りましたが、それがマスターの器の大きさと、なんの関係があるというのでしょうか。マスターの大器は、貴方の才覚をもってしても測れない……ただ、それだけのことです!」


 土で出来た足場を、器用な八本脚で這い上がってルーシーが駆けつける。

 小さな翼をはためかせ、空高くステラが舞い上がる。

 そして、謎の仙宝の力で、空を歩くようにヴィクトリアがやってくる。


 三人の俺の妻たちは、モロルド上空に姿を現した精海竜王を、俺と同じように睨みつけた。彼の脅しには決して屈しない。最後まで俺と戦うと表明するように。


「コケーッ! ココココッ! コケッコッコ! コケコーッ!」


『ふふっ、精海竜王よ! 仙宝娘が言った通りだ! お前は、我が弟子の器量を測り間違えている! ずばり、お主には御せぬ大器よ! この黒天元帥が保証しよう!』


 さらに、トリストラム提督と黒天元帥までもが俺の背中を押してくれた。

 多くの仲間たちに支えられて、俺はようやくしがらみを振りほどく。


 王の器がなんだというのか!


「精海竜王! 王としてではない! 俺は男として宣言する! 貴方に勝って、この地の王の座と、貴方の娘をもらい受けるぞ!」


「コケーッ! コケッ! コケケココココケーッ!」


「面白い……やれるものならやってみろ、モロルド王よ!」

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