「くぇえぇっ! くえっ、ここここっ! くええぇええっ!」
「うわぁっ! ちょっとなんだいきなり……って、トリストラム提督⁉」
精海竜王に驚いたのも束の間、顔に青い鶏が飛びついてきた。
姿が変わってもどことなく面影がある――トリストラム提督は、バタバタとその翼をばたつかせて、俺になにかを訴えかけた。
俺とモロルドの港の方を、交互に見やる青い鶏。
すぐに彼の意図は分かった。
「……トリストラム提督! 石兵玄武盤を使います、よく掴まっていてください!」
「コケェッ! コケッ、ココココ! コケッコォッ!」
トリストラム提督に断りを入れ、すぐさま玄武盤に仙力を込める。
少しずつ周囲の土を集めて、立っている足場を盛り上がらせると、それは即席の物見櫓へと変貌した。
後宮からモロルドの港を眺めれば――。
「なんてことだ! 第六艦隊が……!」
その沖合にある環礁に集まった、トリストラム提督の艦隊が赤い炎に包まれていた。
おそらく魔力が籠められているのだろう。
海兵たちが消火活動をしているが、まったく消火が追いつかない。
すでに諦め、小型船に乗り込んで逃げる者までいる。
死者の姿がないのは精海竜王の計らいか。
なんにしても、ぼやぼやとしていられるのはここまでらしい。
雷雲を背にして鎌首をもたげる内海の覇者。青色の鱗に覆われた巨体と、金色に輝く雄々しい角。真珠のように白く、宝剣のように鋭い牙。そして、赤く輝く魔性の眼を持った竜の王は、俺を威嚇するように雷鳴とともにまた雄叫びをあげた。
「ケビンよ! 戦う決心はついたか! もしもお前が、戦わずして敗北を認めるなら……モロルドの領民の命だけは、精海竜王の名において助けよう!」
最後に、精海竜王は降伏を促してきた。
やはり器が違う。
あたら無用な血が流れぬよう、彼は俺一人の命でことを納める提案してきた。
少し前の俺ならば、その誘いに乗っただろう。
だが、今の俺には降伏の意志はない。
はっきりと聞こえるのだ。
いなくなった妻の声が――。
『旦那さま! 脅迫に動じてはなりませぬ! 貴方が死ねばモロルドの再興は潰えます! ステラさんも、ルーシーも、ヴィクトリアも、ララさんも! きっと悲しみます!』
そう、心の中のセリンが俺に言うのだ。
きっと俺は彼女に「それでも、俺の命ひとつで事が済むなら」と、とぼけたことを言うのだろう。そして親譲りの黄金の角に紫電をまとわせた妻に怒鳴られるのだ。
自分の命を粗末にするなと。
「もちろん断る! 精海竜王! 我こそはモロルドの王! この東洋の地を統べ、あらゆる者たちにとっての楽土を拓く――ケビン・モロルドである! 古き竜の時代はここに終わりを迎える! これよりこの地は、我と我が民が納めることになるであろう!」
「…………ほう! 言うではないか!」
「そして! 貴様に奪われた我が細君――セリンも必ず取り戻す! 精海竜王よ! 我ら夫婦の仲を、このような無粋な真似で引き裂いた罪は償ってもらうぞ!」
領土もやらぬし、命もやらぬ。
必ず勝利し、さらには娘も奪ってみせる。
まるで野蛮な侵略者のような口上に、身体がむず痒くなったが、ここで臆してしまってはダメだ。
俺は精海竜王に、はっきりと対決の意志を伝えた。
そして、こちらを見下ろす巨竜を睨みつけ、対等な王としての矜恃を示した。
それはかつて、彼と内海ではじめて出会った時の再現だった。
あの時は、命を対価に大見得を切り、精海竜王の後援と妻を手に入れた。
そして今また領民と領土を上乗せし、俺は彼に博打を挑もうとしている。
今度は一切の贔屓なしの――真剣な勝負を。
なぜだろう。
不思議と負ける気がしない。
こんなにも強大な敵が相手だというのに……!
「言うではないか、小僧! しかしな、お前はワシを一度失望させた! そのような男が、どんな大言壮語を吐いたところで、ワシが怯むと思うてか! もう一度、はっきりと思い知らせてやろう……貴様の小さき器をな!」
「侮るのはそこまでにしてもらおうか精海竜王! たしかに、俺の王としての貴方に及ばぬかもしれないが――!」
「こぼれた水は、ウチらが拭いたらよろしいだけですやろ」
「ぴぃっ! そうなのぉっ! おに~ちゃんはひとりじゃないの!」
「前言撤回を求めます精海竜王よ。マスターは、たしかに貴方の期待を裏切りましたが、それがマスターの器の大きさと、なんの関係があるというのでしょうか。マスターの大器は、貴方の才覚をもってしても測れない……ただ、それだけのことです!」
土で出来た足場を、器用な八本脚で這い上がってルーシーが駆けつける。
小さな翼をはためかせ、空高くステラが舞い上がる。
そして、謎の仙宝の力で、空を歩くようにヴィクトリアがやってくる。
三人の俺の妻たちは、モロルド上空に姿を現した精海竜王を、俺と同じように睨みつけた。彼の脅しには決して屈しない。最後まで俺と戦うと表明するように。
「コケーッ! ココココッ! コケッコッコ! コケコーッ!」
『ふふっ、精海竜王よ! 仙宝娘が言った通りだ! お前は、我が弟子の器量を測り間違えている! ずばり、お主には御せぬ大器よ! この黒天元帥が保証しよう!』
さらに、トリストラム提督と黒天元帥までもが俺の背中を押してくれた。
多くの仲間たちに支えられて、俺はようやくしがらみを振りほどく。
王の器がなんだというのか!
「精海竜王! 王としてではない! 俺は男として宣言する! 貴方に勝って、この地の王の座と、貴方の娘をもらい受けるぞ!」
「コケーッ! コケッ! コケケココココケーッ!」
「面白い……やれるものならやってみろ、モロルド王よ!」