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第68話 絶倫領主、師と語らう

 庵から医者が出てきた。

 入った時には張り詰めていた表情がすっかりと和らいでいる。

 どうやらララの容態は心配がなさそうだ。


 ホオズキと顔を見合わせる。すぐにもララの下へと走りたそうな彼女に頷いてやると、彼女はピンとその黒い尾を立てて庵に駆けていった。


 一人となった俺をさみしい風が襲う。

 今は誰かと語らうより、思索する時間が必要だ。

 庵を立ち去ろうと、俺は切り株の上から立ち上がり――。


「我が弟子! やっと一人になったな、我が弟子!」


「弟子の精神状況を考えて声をかけてくださいよ、黒天元帥……!」


 落ち込んでいることなどお構いなしに、ハイテンションで声をかけてきた大仙人に、浮き上がった腰を下ろした。


 相変わらず、喋るだけで迷惑な方だなぁ。


 というか、黒天元帥って死んでいるのではないのか?

 なんで陣の外でも平然と声が聞こえてくるのだろう?


 まさかとは思うが、石兵玄武盤に乗り移っているのか?

 あの仙宝を手に入れてこっち、踏んだり蹴ったりの俺としては――そんなことなら、今すぐにでも仙宝を返しに行きたい気分だ。


「ふふっ、自分の手に余る力に驚愕しているようだね、我が弟子よ?」


「……まぁ、はい。俺は貴方からいただいた力の使い方を間違えました。こんなことをするために、石兵玄武盤をいただいたわけではないのに。すみません、黒天元帥」


「なにを謝る! というか、真面目すぎるぞ我が弟子! 精海竜王の領土――海中を壊したからなんだというのだ! 精海竜王が非力で、自分の民を守れなかった! それだけの話しじゃないか! 君はその力を、己の望みのままに使い、自分の民のために使った! それのいったいなにが咎められることだというのか!」


 黒天元帥なりに、俺を励ましているのだろうか?

 いや、そんな風には聞こえない――。


「弟子ぃ! 力のある者が、その力を自由に使ってなにが悪いか! 強者こそが民を導き、世界を変革し、時代を進めて行くのだ! もっと自分にうぬぼれるがいい! お前は強者なのだ! 他者を蹂躙し、屈服させ、恭順させる――覇王の資質を持つ者なのだ!」


「……黒天元帥!」


「なぜ善良なる領主であろうとする! ノンノンノン! それは面白くない! 実に非合理的だ! ケビンよ、私はそんなことのために石兵玄武盤を与えたわけではない! もっと面白く! もっと優雅に! 混沌と破壊を! 秩序と創造を! 君のような強大な力を持った人間が、他者を思いやる必要などないのだ! 自分に忠実たれ!」


 黒天元帥がまくし立てれば、どこからともなく『なんだかいいことを言ったような、荘厳な音楽』が聞こえてきた。

 なぜだろう、額に汗を流して微笑む師の顔が脳裏に浮かぶ。

 考えたくもないのに。


 黒天元帥は善人ではない。

 どちらかといえば、悪人――いや、悪仙と呼ばれる部類の人だ。

 彼には俺が思い悩んでいる領民の統治や、モロルドの発展などどうでもいいのだろう。


 ただ己の欲望のままに、強者として君臨し続ける。

 統治もなにもなく、人々の脅威とみなされても、己の信じた道を突き進む。

 それくらいに吹っ切れることができたなら――。


 俺は、セリンを失ったことに思い悩むことも、精海竜王と戦うことに怯えることも、モロルドの領民を案じることもなかったことだろう。


器が違う。

 これが仙人か。

 あらためて俺はとんでもない人を、師として持ってしまったようだ。


 その上で――。


「大黒元帥。俺は、貴方のように強く美しくはあれません」


「なにぃッ!!!!」


 俺は師に逆らう道を選んだ。

 ついでに、頭の中に濃い顔で目を見開く黒天元帥の姿が浮かんだ。


「貴方はその強大な力を、自在に行使して人々に畏れ敬われることを望むのでしょう。そんなあり方もあるのだと、私は今、目から鱗が落ちた気分です」


「ふむ、まさしくその通りだ! 私は私のために私の力を使う! それが黒天元帥のポリシーでありプライドでもある! なのに、なぜ拒むのだ弟子よ! 私のようになりたくて我が下にやってきたのではなかったのか!」



「いや、アンタが無理矢理弟子にしたんだろうがい」


「フーッハッハッハッハ! 身も蓋もないなこれは!」



 強制的に弟子にされたのだ、師匠に憧れるもへったくれもない。

 今日に至るまで、黒天元帥について尊敬することはなにもなかった。


 ただし、さきほどの言葉で気がつけた。

 いや、吹っ切れたと言っていいのかもしれない。


「黒天元帥……貴方は、強者は強者であっていいと言いたいのですよね? その力を、誰にもおもねることなく、自分の意志で使うことを戸惑うなと?」


「うむ、その通りだ弟子よ! なんだ分かっているじゃないか!」


「だったら……俺は貴方から与えられた力を、妻と領民を守るために使いたい! 彼女たちを万難から遠ざけ、笑って日々を過ごすことができる楽土を作るために! 俺は貴方から与えられた石兵玄武盤と、己の身体に宿っている膨大な仙力を使いたい!」


「…………なるほど、それが君の心からの願いなのだね、ケビン・モロルド?」


 師は俺の想いを否定しなかった。

 誰よりも自由で、誰よりも気高く、誰よりも強くあらんとする――強大なる力を持った仙人は、相反する俺の願いすらものみ込んでみせた。


 それもまた自由であり、強者の権利だと言わんばかりに。

 あるいは彼は最初から、俺がそう答えると分かっていたのかもしれない。


「ならば、お前の信じた道がどのような未来に繋がるか。しかと見届けさせてもらおう」


「簡単には潰えさせません。俺の肩には、愛しい妻とモロルドの領民たちが乗っているのですから。絶対に、意地でも貫き通してみせます」


「…………フハハハッ! それでこそだ、我が弟子よ! よいぞ! 黒天元帥が認める! その力を使って、この地――モロルドを発展させてみせよ! 精海竜王も、西洋の魔術師も蹴散らして、己の信じる自由な国を興してみせよ!」



「ほう、随分と勝手なことをいってくれるではないか……?」



 その時、海鳴りのような声が空に響いた。

 空はどんよりと重たい雲に包まれ、雷轟がモロルドに街に木霊する。

 そして――かつては、俺の執務室を覗くためその姿を現した場所に、海竜の王はその身を顕現させた。


「我が領土で、勝手に覇を唱えるなど看過はできんな……ケビン・モロルド!」


「精海竜王……!」

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