部屋の奥にトリストラム提督とカイン。
手前に俺とセリン。そして、扉の前にヴィクトリア。
ひりついた空気の中、会談ははじまった。
船長室にベッドを置くというふざけたことをするトリストラム提督だが、いざ交渉の席に着くと彼は精悍な青年将校へと変わった。
「そもそも此度の第六艦隊の出動は、モロルド領主カインどのの要請を受けてのものだ。ケビンどのとその擁立者が共謀し、領土を簒奪したとの話だが……誠か?」
「それは我が弟カインの妄言です。私は、前領主の父から、モロルドに残り民衆を統治しろと申しつけられました。その言葉に従い、最善の策を尽くしたまでです」
「レンスター王国からモロルド領が追放されるよう、キミとその擁立者が恣意的な印象操作を行った事実はない……という解釈でよろしいか?」
「はい。たしかに私とモロルドに残った者はおりますが――彼らの誰も、レンスター王国に働きかけるような政治力は持っておりません。せいぜい、島が放棄された瞬間に、私を暫定の領主として担ぎ上げることくらい」
トリストラム提督の疑惑の眼差しに毅然と対応する。
そんな俺の振る舞いが功を奏したのか、トリストラム提督は話すうちに、どんどん俺たちの言葉に対し、柔和な反応をするようになってきた。
対して――。
「でたらめだ! この男――ケビンは、下賤の者たちと結託し、私を領主から引きずり下ろした! 本国に流言を広めて王を騙し、この領地をかすめ取ったのだ!」
「カインどの。その証拠は、なにかございますか?」
「……ぐっ! そ、それはっ!」
カインはみるみると信頼を失っていった。
どうも前評判と違い、トリストラム提督は話せる人物だ。
理知的で思慮に富んだ彼は、俺の言葉に丁寧に耳を傾け納得し、逆にカインのその場しのぎの妄言を次々に看破した。
ひと通りの話を終えた頃には――。
「なるほど。やはり、此度の出動は我々の早とちりのようであった。数々の無礼をどうかお許し願いたい、モロルド国王ケビン陛下」
「……いえ! 分かってもらえて光栄です、トリストラム提督!」
完全にトリストラムは俺たちの側に回っていた。
青い髪を指で巻きながら、東洋にその名を轟かせる若提督がため息を吐く。
赤く冷ややかな瞳が、脂汗を浮かべる弟の顔に突き刺さる。
ヒッと喉を鳴らして、カインは椅子ごと後ろに身を引いた。
「カイン・モロルド。もう一度、尋ねる。本当に、このモロルド国王ケビン陛下が、レンスター王国に背き、国土ごと追放されるように仕向けたのか?」
「ほ、本当だ! 本当なんだ……そうでなければ!」
「我が王に誓ってか?」
西の大陸の覇者レンスター王国。
その王の名に誓うという意味がどういうことか。
もし嘘があれば、それは王に背いたということ。
いよいよ、カインは蒼白になって椅子から転げ落ち、その黄金の髪を掻きむしった。そして、まるで癇癪持ちの子供のように悲鳴を上げ、船の床を叩きはじめた。
ここにモロルドを巡る争いは決着した。
かに、思えた――。
「……違う! 違うのです、トリストラム提督! その男は違うのです!」
「なにが違うというのだ! 違うのはそなたの話だろう、カイン・モロルド!」
カインの瞳が狂気に揺れる。
俺を一瞥した弟は口を下弦の月のように歪め、調子の外れた笑い声を上げた。
掻きむしった金毛が指からはらりと散る。
追い込まれたケビンの姿に誰もが息を呑む。
しかし、兄の俺だけが――カインがなにを言おうとしているのか察していた。
そう、俺は違うのだ。
「その男は人間ではないのです! 悪魔! 悪魔の息子なのです!」
「……悪魔、だと?」
「モロルドの絶倫男! なぜこの男がそう呼ばれているのか! その男根だけが、その噂の出所ではないのです! なぜなら……ケビン・モロルドは!」
「そうです……私は、純粋な人間ではありません」
まるで罪を告発するように、金切り声を上げるカイン。
そんな彼の口から、それを告げさせたくなかった。
特にセリン――自分の身の上を、臆せず語ってくれた愛しい妻に、それだけはどうしても自分の口から伝えたかったのだ。
俺もまた、彼女と同じ『異なる種の間に生を受けた者』だと。
「俺の母は悪魔――西洋でサキュバスと呼ばれている妖魔です」
この事実を語るのは、おそらくこれが最初で最後だ。
王宮に迎えられるにあたり、決して口外を禁じられた母の素性。
そしてイーヴァンたち、村の者なら誰でも知っている話。
俺を長らく苦しめてきた血の呪縛。
「俺はサキュバスの息子。悪魔と人の間に生まれた呪い子なのです」
はっきりと、俺は自らの素性を告げた。
トリストラム提督に向けてではなく、愛する妻たちに向けて。
「ははっ! ははははっ! 認めた! 自分で認めたな、悪魔の子よ! そうだ、お前は人ではない! 我がモロルド家に悪魔の血を入れた――呪われし者だ!」
「トリストラム提督。これだけは本当の話です。しかし、私は――そのことについて、なんら恥じることはないと思っています」
たしかに、俺は淫魔の子だ。
その出自故に嫡子として認められず村に捨てられた。
長じて、他に兄弟のいなかったカインの従僕として、ようやく宮廷に入ることが認められたが、その後も――「絶倫男」のあだ名に苦しめられた。
苦労ばかりの人生だった。
けれども、だからこそ得られたものもある。
「私は、種族が違う辛さを知りました。だから、この地に楽土を作りたい。西洋にも、東洋にも、どこにも居場所のない者たちの。種族を越え、亜人も、海竜も、セイレーンも、絡新婦も、人型仙宝も、草の民も――等しく、笑って暮らせる国を作りたい!!!!」
この国を建国した時、胸に抱いた心からの願いを俺は言葉にする。
セリンが目を見開き涙をこぼす。
ヴィクトリアが黙って静かに頷く。
そして――。
「……やはり、そうであったか!」
トリストラム提督は、俺の告白に黙って首肯した。
その口ぶりは、告げられずとも俺の素性を知っているようだった。