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第58話 絶倫領主、義弟と再会する

 会談を行う環礁は一時的な進駐場所にしてはよく整備されていた。


 複数の大型船が停泊できる港湾。

 堅牢な倉庫。

 生活感がにじみ出る居住区画。


 もしかしなくても奴隷売買の拠点だ。

 俺が知るモロルドの地図にこの島はない。

 セイレーンたちの島と同じく、ここも秘匿された島のようだ。


 となれば、ここにトリストラム提督に陣を敷くよう、指示した者がいる。


「……女を連れて上陸とは、いいご身分だな、絶倫男」


「……カイン!」


 会談場所で俺を出迎えたのは弟のカインだった。


 少数精鋭。

 共に連れてきたセリンとヴィクトリアを彼は睨み据える。


「ふん、鹿の獣人に娼婦か。絶倫男のお供らしいじゃないか」


「……訂正しろカイン! 彼女たちは俺の妻だ!」


「ほう、妻だと! お前がか! それはそれはおめでとう……かつての主として祝福しよう! それで、初夜は無事に迎えられたのかな! モロルドの種馬よ!」


 血を分けた兄弟だ。俺の秘密をカインは全て把握している。

 この歳にして女性と関係を持てない――そんな俺を、彼は公然とからかってきた。


 セリンの角が稲光を上げる。

 ヴィクトリアが家鳴りのようなうなり声を上げる。

 息巻く妻たちを庇うように、俺は弟の前に出た――。


「もう一度言うぞカイン! 訂正しろ! 彼女たちは俺の妻だ!」


「ほほう、亜人の妻。しかも、まだ手つかずとは……これはなかなか、燃える展開ではないですか。石兵八陣といい、侮っていましたよケビン・モロルドどの」


 その時、俺たち兄弟の会話に落ち着いた声が割って入った。

 青々とした短髪を風に揺らし、海軍の礼服に袖を通した伊達男が、赤い瞳をこちらに向けてくる。魔性を帯びたその瞳に異性にもかかわらず、俺はハッとした。


 一見すれば優男。

 しかし、よくよく見るとその立ち振る舞いに海の男の逞しさが感じられる。


 胸に輝くのは提督の階級章。

 間違いない。


「お初にお目にかかる。私がレンスター王国海軍、第六艦隊提督――トリストラムだ」


 第六艦隊を率いる東洋の覇者であった。


 思ったよりも若い。

 年齢は、おそらく俺より下ではないだろうか?


 そして、前評判に反して、彼の所作は優美で洗練されていた。

 征服した国の姫や王妃を、手込めにする蛮人には見えぬ。

 唖然とする俺に、青髪の青年提督は爽やかに微笑んだ。


「さて、停戦をお望みとのことだが、条件を聞かせてもらおう」


「まずは落ち着いた場所へ。どこか、話せる場所はあるか?」


「では、我が旗艦フェイルノートの船長室にご案内しよう」


 わざわざ自分たちに有利な場所を会談の地に指定し、さらに船の中へと誘い込もうというのか。一瞬、噂と違い高潔な人物ではないかと思った俺が恥ずかしい。

 どうやらこの若提督の心臓には、相当野太い毛が生えているようだ。


 とはいえ――。


「いいだろう。そこで異存はない」


「ほう」


 俺はあえて誘いを受けた。

 その程度のことで臆することはないと、示すために。


 はたしてそんな俺に、カインは目を剥き、トリストラムは微笑む。


「ではこちらへ。大丈夫、罠などございませんよ。私はね、正々堂々とした戦いを好むのです。国を滅ぼすのも、そして、男から女を奪うのも……!」


「女を奪うだなどと、随分と野蛮な言い回しをするのですね」


「ふふふっ! 危険な男が、女性というのは好きなのですよ!」


 かくして、トリストラム提督に誘われ、俺は港内に係留された戦艦フェイルノートへと乗船するのだった。もちろん、セリンとヴィクトリアという逞しい妻を伴って。

 いざとなれば、この二人でなんとでもなるだろう。


 虚勢でもなんでもない。

 俺は本気で、トリストラムに怯えてなどいなかった――。


「私が、旦那さま以外の男にうつつを抜かすわけがないでしょう。あの、尻軽の泥棒猫ではないのですから。そもそも、鹿の獣人と勘違いするなど言語道断……ぶつぶつ!」


「3.141592653579793238……」


 むしろ、この嫁たちの方が怖い。


 かたや海竜の王の娘にして、雷を自在に操るセリン。

 かたや人型仙宝。どんな武器が飛び出すやらなヴィクトリア。


 彼女たちが、並の男に落とせるとも思っていないし、並の男になびくともおもっていない。トリストラム提督なにするものぞだ。


 はたして、フェイルノートの船長室へと足を運ぶ。

 するとそこには――。


「……むっ? 失礼、ここはどうやら寝室のようだが?」


「いいえ、ここが船長室ですよ……!」


 天蓋付きのベッドが部屋の中央に置かれていた。

 不敵に微笑んだトリストラム提督が純白のシーツに飛び込む。

 彼はそこに横臥して――なんとも蠱惑的な流し目を俺の嫁に向けた。


「ここで私は、征服した国の姫や王女を説得しているのです。これは大事な仕事道具」


「…………なんとも悪趣味ですな」


「さてどうでしょう。それを決めるのは貴方ではなく、貴方の背後の……」



「ガルルルルルルルッ…………!!!!」


「プシューッ! コシュッ! プシューッ! コシューッ!」



「お嬢さまたち、次第だと、思います……よ?」



 そしてその顔はすぐに、血の気を失い困惑に満ちるのだった。


 どうだ、俺の嫁たちは怖いだろう。

 俺も、だいぶ怖い。

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