会談を行う環礁は一時的な進駐場所にしてはよく整備されていた。
複数の大型船が停泊できる港湾。
堅牢な倉庫。
生活感がにじみ出る居住区画。
もしかしなくても奴隷売買の拠点だ。
俺が知るモロルドの地図にこの島はない。
セイレーンたちの島と同じく、ここも秘匿された島のようだ。
となれば、ここにトリストラム提督に陣を敷くよう、指示した者がいる。
「……女を連れて上陸とは、いいご身分だな、絶倫男」
「……カイン!」
会談場所で俺を出迎えたのは弟のカインだった。
少数精鋭。
共に連れてきたセリンとヴィクトリアを彼は睨み据える。
「ふん、鹿の獣人に娼婦か。絶倫男のお供らしいじゃないか」
「……訂正しろカイン! 彼女たちは俺の妻だ!」
「ほう、妻だと! お前がか! それはそれはおめでとう……かつての主として祝福しよう! それで、初夜は無事に迎えられたのかな! モロルドの種馬よ!」
血を分けた兄弟だ。俺の秘密をカインは全て把握している。
この歳にして女性と関係を持てない――そんな俺を、彼は公然とからかってきた。
セリンの角が稲光を上げる。
ヴィクトリアが家鳴りのようなうなり声を上げる。
息巻く妻たちを庇うように、俺は弟の前に出た――。
「もう一度言うぞカイン! 訂正しろ! 彼女たちは俺の妻だ!」
「ほほう、亜人の妻。しかも、まだ手つかずとは……これはなかなか、燃える展開ではないですか。石兵八陣といい、侮っていましたよケビン・モロルドどの」
その時、俺たち兄弟の会話に落ち着いた声が割って入った。
青々とした短髪を風に揺らし、海軍の礼服に袖を通した伊達男が、赤い瞳をこちらに向けてくる。魔性を帯びたその瞳に異性にもかかわらず、俺はハッとした。
一見すれば優男。
しかし、よくよく見るとその立ち振る舞いに海の男の逞しさが感じられる。
胸に輝くのは提督の階級章。
間違いない。
「お初にお目にかかる。私がレンスター王国海軍、第六艦隊提督――トリストラムだ」
第六艦隊を率いる東洋の覇者であった。
思ったよりも若い。
年齢は、おそらく俺より下ではないだろうか?
そして、前評判に反して、彼の所作は優美で洗練されていた。
征服した国の姫や王妃を、手込めにする蛮人には見えぬ。
唖然とする俺に、青髪の青年提督は爽やかに微笑んだ。
「さて、停戦をお望みとのことだが、条件を聞かせてもらおう」
「まずは落ち着いた場所へ。どこか、話せる場所はあるか?」
「では、我が旗艦フェイルノートの船長室にご案内しよう」
わざわざ自分たちに有利な場所を会談の地に指定し、さらに船の中へと誘い込もうというのか。一瞬、噂と違い高潔な人物ではないかと思った俺が恥ずかしい。
どうやらこの若提督の心臓には、相当野太い毛が生えているようだ。
とはいえ――。
「いいだろう。そこで異存はない」
「ほう」
俺はあえて誘いを受けた。
その程度のことで臆することはないと、示すために。
はたしてそんな俺に、カインは目を剥き、トリストラムは微笑む。
「ではこちらへ。大丈夫、罠などございませんよ。私はね、正々堂々とした戦いを好むのです。国を滅ぼすのも、そして、男から女を奪うのも……!」
「女を奪うだなどと、随分と野蛮な言い回しをするのですね」
「ふふふっ! 危険な男が、女性というのは好きなのですよ!」
かくして、トリストラム提督に誘われ、俺は港内に係留された戦艦フェイルノートへと乗船するのだった。もちろん、セリンとヴィクトリアという逞しい妻を伴って。
いざとなれば、この二人でなんとでもなるだろう。
虚勢でもなんでもない。
俺は本気で、トリストラムに怯えてなどいなかった――。
「私が、旦那さま以外の男にうつつを抜かすわけがないでしょう。あの、尻軽の泥棒猫ではないのですから。そもそも、鹿の獣人と勘違いするなど言語道断……ぶつぶつ!」
「3.141592653579793238……」
むしろ、この嫁たちの方が怖い。
かたや海竜の王の娘にして、雷を自在に操るセリン。
かたや人型仙宝。どんな武器が飛び出すやらなヴィクトリア。
彼女たちが、並の男に落とせるとも思っていないし、並の男になびくともおもっていない。トリストラム提督なにするものぞだ。
はたして、フェイルノートの船長室へと足を運ぶ。
するとそこには――。
「……むっ? 失礼、ここはどうやら寝室のようだが?」
「いいえ、ここが船長室ですよ……!」
天蓋付きのベッドが部屋の中央に置かれていた。
不敵に微笑んだトリストラム提督が純白のシーツに飛び込む。
彼はそこに横臥して――なんとも蠱惑的な流し目を俺の嫁に向けた。
「ここで私は、征服した国の姫や王女を説得しているのです。これは大事な仕事道具」
「…………なんとも悪趣味ですな」
「さてどうでしょう。それを決めるのは貴方ではなく、貴方の背後の……」
「ガルルルルルルルッ…………!!!!」
「プシューッ! コシュッ! プシューッ! コシューッ!」
「お嬢さまたち、次第だと、思います……よ?」
そしてその顔はすぐに、血の気を失い困惑に満ちるのだった。
どうだ、俺の嫁たちは怖いだろう。
俺も、だいぶ怖い。