結局、朝が来るまで一睡もすることはできなかった。
第六艦隊に囚われた幼馴染み――ララの身を案じ、せっかく訪れた平穏な夜を、俺は不安を抱いてすごすこととなった。
旧都に残ったララは、草の民の情報網により、俺たちと時を同じくして第六艦隊のモロルドに侵略を知った。彼女はすぐ旧都を抜け出し、かねてより親睦のあった黒猫の獣人――ホオズキを雇い、モロルド艦隊に夜襲をしかけた。
俺になんの相談もせず。
独断で。
「なぜ、そんなことをしたんだララ! 俺に相談してくれていたら!」
「ララさんも、焦っていたんだと思います。相手は王国の艦隊です。正面から戦っても勝ち目はありません……」
「せやなぁ、ララはんは、罠やら奇策やらが得意やさけ……」
あるいは、ララは俺が止めると思ったのかもしれない。
ひとつ間違えば死ぬような危険な任務。しかも、相手は奴隷売買の主犯と、侵略地を徹底的に痛めつける鬼畜提督だ。
捕まればどんな目に遭うか……!
だから、あえて俺になにも言わず船に向かった。
責任感が強く、知恵の回るララらしかった。
「くそっ! ララのことは誰よりも知っていたのに、どうして気づかなかった! どうして彼女を旧都においてきたんだ!」
「旦那さま、自分を責めるのはおよしになってください」
「小娘の言う通りや。旦那はんは、なんも悪くない。せやかて、ララさんが先走ったのもしかたあらへん。誰もこれはわからへんことやったんよ」
セリンとルーシーに慰められながら夜を明かす。
奇しくも、教会の屋根の下。
今宵ばかりは、神に祈らずにはいられなかった。
明朝。
俺は港湾内にレンスター王国の軍船がないことを確認し、新都内に残った兵を集めた。
カインとトリストラム提督への使者を立てることにしたのだ。
とはいえ、相手は奇襲によって兵を失い気が立っている。
おまけにララが暗殺未遂まで起こした後だ。
命がけの交渉になるだろう。
「こういう時に、口も腕も立つ者がいると助かるのだが……」
生憎、イーヴァンは故郷の村に戻っていて不在。
口下手だが駆け引きが得意なララは、捕まってしまっている。
さて、どうしたものかと息を吐く俺の前に――獣人が颯爽と駆けてきた。
「そのお役目、どうか拙者にお任せください」
「お前は、たしかララのことを伝えてくれた……!」
黒猫の獣人ことホオズキだった。
彼女はどうやら、ララを捕らえられたことを後悔しているようだ。
なにせ、逆恨みして俺に襲いかかるほどだものな――。
「昨夜のことは申し訳ございませんでした、領主さま」
「いい。俺も、君の立場だったらあんな風に取り乱していただろう」
「ララ姉さまは、私を逃がすためにあえて捕まりました。なら、ララ姉さまを助けるのは私の役目です。ケビン――いや、領主さま! 私に、チャンスを与えてください!」
「これは交渉だ。隠密働きじゃない。分かっているな?」
「はい! 必ず会談の話を取りつけてみせます! この命に代えても!」
軽々に命を張るところが危なっかしい。
ララもそうだが、草の民のこういうところは、今後は注意するべきかもしれない。
あたら有為な人材に死なれるのはこちらも困る。
「分かった。ホオズキ、お前に任せる。しかし、必ず生きて帰ってこいよ?」
「…………はいっ!」
再び、小舟に乗って沖へと出るホオズキ。
櫂を意気揚々と漕ぐその姿を、俺たちは払暁の港から見送った。
それからホオズキが帰ってくるまでの半刻。
俺はようやく、仮眠を取ることができた。
再び目を覚ましたのは昼過ぎ。
無事に新都に戻ってきた黒猫の獣人は、俺に会談の約束を取り付けたことを報告した。
ただし――。
「トリストラムは、ケビンさまが会いに来ることを望んでいます。会談場所として、軍船を停留している環礁をしてきました」
「まぁ、みすみす敵地に赴くほど、トリストラム提督も若くはないか」
折衷案として、精海竜王の建てた海上神殿を指定したのだが――彼がこちら側の陣営であることを考えると、のめる条件ではないだろう。
一方で――。
「ララの様子はどうだった?」
「それが! どこにも姿は見当たらず! かと言って、処刑されたような気配もありませんでした! おそらく、どこかに囚われているのかと!」
ララが虜囚としてどう扱われているのかは謎だった。
無事でいてくれよ……ララ!
すぐに助けてやるからな!