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第57話 絶倫領主、和睦の使者を出す

 結局、朝が来るまで一睡もすることはできなかった。


 第六艦隊に囚われた幼馴染み――ララの身を案じ、せっかく訪れた平穏な夜を、俺は不安を抱いてすごすこととなった。




 旧都に残ったララは、草の民の情報網により、俺たちと時を同じくして第六艦隊のモロルドに侵略を知った。彼女はすぐ旧都を抜け出し、かねてより親睦のあった黒猫の獣人――ホオズキを雇い、モロルド艦隊に夜襲をしかけた。




 俺になんの相談もせず。


 独断で。




「なぜ、そんなことをしたんだララ! 俺に相談してくれていたら!」




「ララさんも、焦っていたんだと思います。相手は王国の艦隊です。正面から戦っても勝ち目はありません……」




「せやなぁ、ララはんは、罠やら奇策やらが得意やさけ……」




 あるいは、ララは俺が止めると思ったのかもしれない。


 ひとつ間違えば死ぬような危険な任務。しかも、相手は奴隷売買の主犯と、侵略地を徹底的に痛めつける鬼畜提督だ。




 捕まればどんな目に遭うか……!




 だから、あえて俺になにも言わず船に向かった。


 責任感が強く、知恵の回るララらしかった。




「くそっ! ララのことは誰よりも知っていたのに、どうして気づかなかった! どうして彼女を旧都においてきたんだ!」




「旦那さま、自分を責めるのはおよしになってください」




「小娘の言う通りや。旦那はんは、なんも悪くない。せやかて、ララさんが先走ったのもしかたあらへん。誰もこれはわからへんことやったんよ」




 セリンとルーシーに慰められながら夜を明かす。




 奇しくも、教会の屋根の下。


 今宵ばかりは、神に祈らずにはいられなかった。




 明朝。


 俺は港湾内にレンスター王国の軍船がないことを確認し、新都内に残った兵を集めた。


 カインとトリストラム提督への使者を立てることにしたのだ。




 とはいえ、相手は奇襲によって兵を失い気が立っている。


 おまけにララが暗殺未遂まで起こした後だ。




 命がけの交渉になるだろう。




「こういう時に、口も腕も立つ者がいると助かるのだが……」




 生憎、イーヴァンは故郷の村に戻っていて不在。


 口下手だが駆け引きが得意なララは、捕まってしまっている。


 さて、どうしたものかと息を吐く俺の前に――獣人が颯爽と駆けてきた。




「そのお役目、どうか拙者にお任せください」




「お前は、たしかララのことを伝えてくれた……!」




 黒猫の獣人ことホオズキだった。


 彼女はどうやら、ララを捕らえられたことを後悔しているようだ。




 なにせ、逆恨みして俺に襲いかかるほどだものな――。




「昨夜のことは申し訳ございませんでした、領主さま」




「いい。俺も、君の立場だったらあんな風に取り乱していただろう」




「ララ姉さまは、私を逃がすためにあえて捕まりました。なら、ララ姉さまを助けるのは私の役目です。ケビン――いや、領主さま! 私に、チャンスを与えてください!」




「これは交渉だ。隠密働きじゃない。分かっているな?」




「はい! 必ず会談の話を取りつけてみせます! この命に代えても!」




 軽々に命を張るところが危なっかしい。


 ララもそうだが、草の民のこういうところは、今後は注意するべきかもしれない。


 あたら有為な人材に死なれるのはこちらも困る。




「分かった。ホオズキ、お前に任せる。しかし、必ず生きて帰ってこいよ?」




「…………はいっ!」




 再び、小舟に乗って沖へと出るホオズキ。


 櫂を意気揚々と漕ぐその姿を、俺たちは払暁の港から見送った。




 それからホオズキが帰ってくるまでの半刻。


 俺はようやく、仮眠を取ることができた。




 再び目を覚ましたのは昼過ぎ。


 無事に新都に戻ってきた黒猫の獣人は、俺に会談の約束を取り付けたことを報告した。




 ただし――。




「トリストラムは、ケビンさまが会いに来ることを望んでいます。会談場所として、軍船を停留している環礁をしてきました」




「まぁ、みすみす敵地に赴くほど、トリストラム提督も若くはないか」




 折衷案として、精海竜王の建てた海上神殿を指定したのだが――彼がこちら側の陣営であることを考えると、のめる条件ではないだろう。




 一方で――。




「ララの様子はどうだった?」




「それが! どこにも姿は見当たらず! かと言って、処刑されたような気配もありませんでした! おそらく、どこかに囚われているのかと!」




 ララが虜囚としてどう扱われているのかは謎だった。




 無事でいてくれよ……ララ!


 すぐに助けてやるからな!

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