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第56話 絶倫領主、朋友を囚われる

「すごい! これが仙宝の力か……!」


 仙宝『石兵玄武盤』を手に入れ、俺は嫁と新都に急ぎ戻った。


 都に到着したのは深夜。

 しかもおあつらえ向きにその日は新月だった。


 仙宝を使い、第六艦隊への夜襲を思いついた俺は、さっそくそれを実行に移した。

 たった、一人で。


 新都の港湾。

 今は光を失った灯台の下で、仙宝『石兵玄武盤』を手に念じる。


 たちまち、目の前の海が荒れ狂う。

 海底で岩が隆起し、砂地がうねる。

 玄武盤の権能が及ぶのは地上だけではない。

 海底さえもそれは自在に変形させるのだ。


「むぅ、流石はあの腐れ神仙めが編んだ仙宝。おそるべき威力よ」


「地を操るとは聞きましたが、まさか海まで操るとは……!」


 モロルド周辺の海を支配する精海竜王と、その娘が肩を並べて声を震わせる。

 海に棲む者たちには、海中をかき回されるのはさぞ恐ろしいことだろう。

 そんな彼らの横で、俺はさらに仙宝に力を籠め、軍艦がたむろする海域を荒らした。


 次々に海の闇に沈むレンスター王国の戦艦。

 変形した岩礁に乗り上げ、地形が変わり生じた潮流と気流に翻弄され、彼らはあまりにあっけなくその命を散らした。


 音に聞こえし第六艦隊。

 精兵たちが瞬く間に海の藻屑と化していく。

 抗う術さえ与えない。

 圧倒的な力。


 まさに天地創造。

 神話に出てくる原始神にでもなった気分だ。

 粘土でも混ぜるように地形を変え、大地に生きる者たちを翻弄する。

 その強力な権能に――俺はのみ込まれないように必死に人間性を保った。


 同時に理性も。


「旦那さま、顔色がすぐれませんが?」


 膨大な仙力を『石兵玄武盤』へと注ぎ込み、大地の形を緻密にコントロールする。俺がひとつ操作を間違えば、モロルドの新都にさえこの神威は牙を剥く。


 これは人に過ぎたる力。

 それを人の身で操っている。


 武もなく、知もなく、ただ周囲の人に恵まれた俺にとって、明らかに身に余る。

 それでなくとも、身体から奪われる膨大な仙力に、正気を保つのがやっとだ。

 仙宝を人の身で使うというのが、そもそもからしておかしいのかもしれない。


 それでも――モロルドの未来のため、ここで退くわけにはいかなかった。


 やがて闇に包まれたモロルドの入り江から軍船の姿が消える。

 トリストラム提督が撤退の判断をしたのだろう。


 追撃することもできたが――逃げる敵の命まで奪うことはない。

 俺は『石兵玄武盤』をおろし、そのままその場に座り込んだ。


 時間にすれば四半刻ほど。

 一日に及ぶ新都への攻撃を考えると、それはあまりにも短い攻防だった。


「おつかれさまでした旦那さま!」


「ほんに、あんじょうきばりはったな。えらいえらい……」


 心配したセリンとルーシーが俺に駆け寄る。


「はぁ、はぁ……! これで、モロルドの当面の危機は去ったな……!」


 肩で息をする俺の背中を二人の嫁が優しく撫でる。

 ようやく仙宝を手放して人の身に戻った俺、はしばし妻たちの温もりに癒やされた。


 そんな中――夜の海からのっそりと、人影が姿を現す。


「敵艦は残り六隻。近くの環礁に停泊しています。次なる手はいかがいたしますか、マスター。ここで一気にたたみかけて、殲滅することもできますが……?」


 この暗い海へと出て、戦況を観測してくれていたヴィクトリアだ。

 その美しい銀色の髪は海藻にまみれ、身体はほのかに潮の香りがした。


 人型仙宝の彼女の身体は、見た目からは想像できないほど重たい。

 そんな特性を活かし、彼女は海の中を潜って戦況を確認してくれていた。

 よもやトリストラム提督も、海の底に斥候が潜んでいるとは思うまい――。


「そうか、ありがとうヴィクトリア。だが深追いはよそう。できれば穏便にことを収めたい。明日にでも交渉の使者を出すとしよう」


「そうですか。『石兵玄武盤』の力を持ってすれば、あの程度の艦隊を殲滅することはたやすいですが……あくまでご主人さまは和睦を選ぶのですね?」


「あぁ。敵も味方も、できることなら人死には最低限で済ませたい……」


 俺がそう告げるとヴィクトリアの鉄仮面が、心なしか緩んだように見えた。


 まぁ、言った通りの理由だが――それ以上に、俺は手にした仙宝の力に溺れてしまわないかが怖かった。この万能感と圧倒的な暴威は、人の心を容易に狂わせる。


 この力に頼りすぎれば俺は道を誤るだろう。

 人としても、領主としても。

 だからこの辺りが潮時。


 トリストラム提督とカインに、十分にこちらの力は示した――。


「夜明けを待ち、レンスター王国第六艦隊と接触を試みる。そこで、なんとか停戦の約束と、あわよくばレンスター王国からの独立の承認をとりつけよう。向こうも、こちらを国と認めれば、今後はちょっかいをかけてくることもないだろう」


「そうですね……旦那さまのおっしゃる通りです!」


「政治のことはウチはようわからへんけど……戦い続けるのは疲れるさかいになぁ」


 嫁二人も俺の選択を支持してくれた。

 きっと、旧都に残ったステラとララも、納得してくれることだろう。

 イーヴァンあたりは「補償金をふんだくれ」とうるさく言うかもしれないが、まずは当面の平和を勝ち取るのが最優先だ。


 ようやくこれで一息つける――。


「そう言えば旦那さま。監視中に、領海内を漂っていた小舟と獣人を見つけたので、曳航してまいりました」


「…………この乱戦の中で?」


 そう思ったのだが、まだトラブルは残っていたようだ。


 頷くヴィクトリアの横で黒い影が飛び上がる。

 それは、俺に向かって飛びかかると、手に持った短刀を首筋へと振るった。

 後ろに控えていたルーシーが槍を抜き、セリンが雷術を繰り出す。


 夜闇に紛れて俺を襲った不届き者は、あえなく愛妻二人に成敗された。


「ぐっ……くそぉっ!」


「なんやのん、せっかく話が綺麗にまとまりそうやったのに」


「私の前で旦那さまに手出しはさせません! まったく、いったいどこのどいつですか、この不届き者は! 顔をそのように黒い布で隠して!」


「いや、待て。その装束は、たしか……」


 草の民の中には、金で雇われ隠密仕事をする一族がいる。

 王族、貴族、一般人など関係なく、受けた仕事は必ず完遂する。

 その者たちが好んで着るのが黒い装束――だと、以前ララから聞いた覚えがある。


 もしかしなくても、こいつはその一族の者ではないか?


 トリストラムに雇われたのか?

 それともカインが雇ったのか?


 困惑する俺の前でそいつは――。


「くそっ! ララ姉さまの仇を取れると思ったのに!」


「ララ……だと⁉」


 俺の幼馴染みにして、今は旧都にいるはずの狩人の名を叫んだ。

 頭を包んだ黒い頭巾を剥げば、黒い耳に黄色い目玉が飛び出してくる。


 後ろ髪を後頭部で結い上げて垂らしたその獣人は、殺意の籠もった目を俺に向けた。


「お前のせいでララ姉さまは! 単身で戦艦に乗り込むことになったんだぞ!」


「なに……どういうことだ⁉ ララは旧都で休んでいるはずでは⁉」


 どうやら、レンスター王国との戦いは、まだ終わっていないようだ。

 次なるトラブルの予感と、幼馴染みの安否に、俺の心は再びざわめき立った。


 どうか、無事でいてくれ……ララ!

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