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第55話 絶倫領主、掃海する

 モロルド領本島の東側にある環礁湾。

 領内に公然と入ることができない者たちが船を係留し、小舟にて密入国させるのに使っていたそこで、私とトリストラム提督は休息を取っていた。


 時刻は深夜。

 新月の海はどこまでも暗いが――トリストラム提督の指揮下にある軍船が、常に砲火をモロルド新都に浴びせかけていることもあり、思ったよりも明るく煩い。


「モロルド伯! 大変です! モロルドの都が――!」


 そんな中、水兵から火急の知らせが入った。


「トリストラム提督! ケビンから反撃を受けたというのはまことですか!」


 第六艦隊旗艦――フェイルノート。

 その船首に立ち、彼方のモロルド新都を眺めていた提督は、新月の中にもありありと分かる青ざめた顔を俺に向けた。


 東洋に名の響く常勝の海将。

 その顔から覇気と生気が失せている。

 昼間は青く輝いていた髪が、力なくしおれる様に、事態が急変したことを悟った。


 提督は再び船首からモロルドを望むと――。


「見てください! あの異常なるモロルドの陣を!」


「なっ……なんだあの光景は!」


 砲火の中に浮かび上がるモロルド新都の港――その周りに雄々しくそそり立つ、石柱の数々に息を呑んだ。


 まるで天を衝くかの如くモロルドを守る盾。

 微妙にその先端が膨れ上がっているのは、きっと気のせいではないだろう。


 おのれ――あの絶倫男め!

 モロルドにあんな汚らわしいものを建ておって!


 形のことはさておき。

 石柱に射線を遮られ、艦砲の轟音が少しずつ遅れていく。

 やがてそれは完全に止み、モロルド島に一日ぶりの静寂が訪れた。


 夜通しモロルドを攻めるという話だったが――。


「トリストラム提督、いかがなされた! 東洋に名を馳せた貴方ほどの男が、まさかあのような卑猥――奇っ怪な石柱如きに気圧されて、攻める手を緩めるのですか!」


「えぇ、カインどの。アレにみすみすと近づくのは危険です」


「なにをおっしゃる! あんなものただのチ……岩の柱ではないですか!」


 絶倫男の下品極まりない品性がにじみ出た防護柵。

 このようなからくりを用意していたとは驚きだが、だがそれがなんだというのか。

 恐れることなぞなにもないだろう。


 奸計で私から領土を奪った兄。

 そんな奴の術中にみすみすはまるものか。

 そう思った目の前で――モロルドに上陸しようとする水兵たちの姿を俺は見た。


 途端、石の隙間から突風が吹き、彼らの船を吹き飛ばす。

 雷鳴が荒れ狂い、暗い海はたちまちと水兵をのみ込んでしまった。


 それはあっという間のできごと。

 しかし、俺と兵の士気をそぐには十分な惨劇だった。


「見ましたでしょう? アレは石兵八陣と言われる守りの陣です」


「石兵八陣……⁉」


「策もなく突入すれば、摩訶不思議な風に煽られ、船と人があたら沈む……!」


「バカな! あの卑猥な――珍妙な形の柱にそんな力があるはずない!」


「あるのです! 私もかつて……この陣を持って軍勢を破る魔術師を見ました!」


「し、しかし……勝ったのでしょう! トリストラム提督が!」


 第六艦隊を率いて、勝ちを収めてきた猛将トリストラム。

 彼の戦いに黒星は一つとしてない。その魔術師も破り、彼はレンスター王国の武威とその異名をしらしめたはずだ。


 なのに、力なく提督はうなだれた。

 まさかこの提督に、人に語れぬ負けがあったというのか――?


「トリストラム提督! 石柱が動き我が艦隊に迫っております!」


「……やはりか!」


「やはりかとは⁉ どういうことなのですか、提督⁉ なにを知っているのですか⁉」


「石兵八陣は、人に構築することができない神の御業。あの陣を敷けるということは、自在に天地を操る魔力を持つということ!」


「バカな! そんな魔術師がモロルドにいるはずがない!」


「たしか以前、おっしゃっていましたね? モロルド領を簒奪したケビンは……?」


 あの男がいったいなんだというのだ!

 呪われた魔女との間に生まれた忌々しい男!

 我がモロルド家の血筋に、淫奔の血を混ぜた恥知らず!


 人にも獣人にもなれぬ、彼奴に――このようなことができるというのか!

 新都の建設も、石兵八陣も、けしてあの男がやったことではない!


 きっと何者かが――!


「提督! 船尾に小舟が接舷しております! 侵入者です!」


 目の前の惨劇を、愚兄のしでかしたことを、信じられずに騒ぎ立てる俺の耳に、水兵のつんざくような声が聞こえる。女のような甲高い声の持ち主は、こちらに駆け寄ると。


「カイン! ケビンのため……死んでもらうぞ!」


「なにっ!」


 その腰から短刀を抜きさり、俺に向かって振り下ろした。


 まさか侵入者を警告する水兵に化けていたとは。

 星の光が降り注ぐ中――はらりとばらまかれる銀髪。

 猛獣の如き瞳が輝いたのを最後に、俺は意識を失った。

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