その後も、黒天元帥の理不尽クイズは続いた……!
「黒天元帥の好きな食べ物は次のうちどれ! A.麻婆豆腐 B.インドカレー C.お茶漬け D.ガトーショコラ!」
「E.ガソリン! レギュラー満タン!」
「ゲソ焼きでも食べておいたら、よろしいんとちゃいますやろか? そのうねうねした横髪によう似合うと思いますえ?」
「ハハハハッ! まったく! 冗談のキツいレディたちだ!」
「D.ガトーショコラ! それしか分からん!」
「正解! なぜならエレガントだから!」
基本的にクイズは、黒天元帥のプライベートにまつわるものだった。
今日会ったばかり。
顔もしらなければ、そもそも異郷の人。
そんな人のパーソナルな話など分かるはずがない。
「私、黒天元帥のファンは大陸に何万人いるでしょう!」
「……ピガガガッ! データベースと照合! 黒天元帥に該当するデータなし!」
「ファンなんていはりますん? けったいな物好きもおらはるんやねぇ?」
「弟子ぃ! 流石に私もツラいよ弟子ぃ! 頼むぞ、我が自慢の弟子ぃ!」
「だから! 弟子にはなりませんって――1億人でどうでしょう?」
「うむ! 万と言ったのに桁を変えてくる! そのあからさまなヨイショが、今は傷ついた心に沁みる! 大正解! マイナス9千万人など誤差の範囲だ!」
しかし、なんだかんだで俺はクイズに正解した。
まぐれというか、気まぐれというか、黒天元帥の胸先三寸というか。
結局、彼に翻弄されるまま、最後の問題を迎えた――。
「最終問題! 希代の傑作少年漫画! ○立ナーバス学園の主人公は!」
「銀河鉄道○テ子!(やぶれかぶれ)」
「大☆正☆解☆(特別濃い顔)」
「はぁ、やっと終わりはったわ」
「…………スリープモード解除。マスター、茶番は終わりましたか?」
途中から、完全に投げ出していた嫁たちがため息をこぼす。
俺も同じ気持ちだったが、おそらく手心を加えてくれた黒天元帥の手前もあり、無礼を働くことはできなかった。
つっと涙を流す黒天元帥。
その涙は、弟子――と無理矢理呼ぶ、俺が試練を乗り越えたからか。
それとも妻たちの罵詈雑言に、流石の神仙も心が折れたか。
「見事だ我が弟子よ! いや、モロルド領主ケビンよ!」
「いや、褒められるようなことはなにも。それより、黒天元帥さま。ウチの嫁たちが失礼なことを言って申し訳ございません。普段は気立てがいいんですが……」
「最後まで謙虚! そう、私が問うていたのはクイズであってクイズでない! ケビンよお前の人間性を、たしかめていたのだよ!」
白い爪先をこちらに向け、キメ顔でのたまう黒天元帥。
なるほど、クイズの正解はどうでもよかったのか……。
ならばもっと他の試し方があったのでは?
「ケビンよ。お前は、私が出す難問に対し、けして諦めることなく対峙した。理不尽に立ち向かう心こそ――人間の美徳! 私はそれをクイズを通して試したのさ!」
「ふざけている自覚はあったんですね?」
「そして認めよう! キミになら、私が開発したこのスーパー仙宝『石兵玄武盤』を預けても構わないと! さあ、受け取るがいい! 篤実なる神仙の卵よ!」
陣が破れる。
白い光に包まれて、俺たちは結界術から現実に戻った。
俺たちが立っていたのは、目指していた島――その中央にある石祠の前。
まるで墓碑を思わせるそれが激しく震えたかと思えば、石の扉が開く左右に開く。
双竜が描かれた扉の中から出てきたのは、金色に輝く――。
「これは、東洋でよく見る盤?」
「左様。八卦羅盤と言われるものだ。もっとも、形だけだがな。地脈を操り、気を巡らせる仙宝だ、なれば吉兆を占う道具を模した方がよいと思わないか?」
どこからともなく響く黒天元帥の声。
彼に「さぁ、手にしてみろ」と言われ、俺はその仙宝に触れた。
途端――急激な目眩と吐き気、そして酩酊感に襲われる。
急激に生命力を奪われている感じだ。
これはいったい……。
「我が弟子よ! キミの中に渦巻く異常な量の仙力――八卦炉の如き陰陽の混交は、キミの母親の出来によるものだ! よくぞそのような身の上で、今この時まで人として生きてきたものよ! そのいじらしい生き様を、私は師として認めよう!」
「…………大黒元帥!」
「さあ、今こそ内で練った力を放つ時! 遠慮は要らぬ! 心を燃やし、仙力へと換え、我が仙宝に籠めよ! 『石兵玄武盤』は、キミのその神にも迫る仙力に応えよう!」
心を燃やし、仙力へと換え、仙宝に籠める。
神仙としての修行なぞしたこともなく、東洋の術に明るいわけでもない。
ヴィクトリアから、陰陽が激しく渦巻いていると言われても、とんとその意味が理解できなかったが――。
「この内側から激しく湧き出てくる力……これが仙力!」
「そうだ! 玄武盤に仙力を吸い取られ、ようやく理解したようだな!」
生命力が枯渇してようやく理解した。
生気が、みるみると身体の内から湧き出てくることに。
おそらくだが、常人であれば玄武盤に触れただけで、一瞬にして生気を奪われ干からびていただろう。どうやら黒天元帥の胡散臭さとは裏腹に、この仙宝の力は本物のようだ。
黒天元帥が「重ねて唱えよ」と俺に問いかける。
『汝、地を巡りし瑞獣玄武! 南十字の王が勅を降す! 急急如律令!』
「汝、地を巡りし瑞獣玄武! 南十字の王――の弟子が勅を降す! 急急如律令!」
途端、島が揺れ、海が割れ、天が鳴動した。
晴天に聳え立つは剣の如き巌。
それは俺が手にする仙宝『石兵玄武盤』が、生み出したものだった。
ただ、そう念じただけで、それは容易くそこに聳え立った。
地脈を自在に操るとはこういうことか。
手の中の玄武盤。それを抱いているだけなのに、地の果てまでその手の中に収めたような不思議な実感があった。
今や声だけになった黒天元帥。
彼の声が、俺の耳元に囁く。
「さぁ、この力をどう使うかは君次第だ不肖の弟子よ! 私は悪仙として、この地に命を散らしたが――キミはその力でなにを成し、なにを得る! 見守らせてもらうぞ!」
「…………ありがとうございます、大黒元帥! たとえ貴方が悪仙だとしても、この力を授けてくださったご恩は、このケビン・モロルドは生涯忘れません!」