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第50話 絶倫領主、降伏を考える

「旦那さま! お目覚めになりましたか!」


「旦那はん! 心配しましたえ!」


「脈拍・呼吸ともに正常範囲。身体に破損は確認されず。脳波に微弱な混乱あり。バイタル、オールグリーン。マスター、おはようございます」


 目を覚ますとそこは新都の教会だった。


 レンスター王国の国教にして、西側諸国に多大な影響力を持つ一大宗教。

 大国の国王さえ動かすと言われる彼らの住み処には、さしものトリストラム提督も砲撃を躊躇したのだろう。砲音の鳴り止まぬ新都で、そこは少しの損害も見当たらない。


 中には新都に居住する女性や子供たち。

 男手が見当たらないのは、外で救出活動に当たっているからか。


 ふがいない。

 こんなことなら、いくらか動ける兵を残すべきだった。


 領民総出で、国の危難に立ち向かう光景に、刺すような痛みが胸を襲った。


「さっそくやけど旦那はん、これはいったいどういうことやの?」


「マスターの弟を名乗る僭称者を確認。遺伝子の照合はできていませんが、外見の一致から血縁者と判断。いったいどのようなご関係ですか?」


「分かった、順を追って説明しよう」


 つい最近まで人里を離れ暮らしていたルーシー。

 同じく、廃墟で眠っていたヴィクトリア。


 俺は二人に、カインが弟でモロルドの次期領主だったこと、領土放棄により領主の座に俺がついたこと、彼がレンスター王国の海軍を引き連れてきたことを説明した。

 二人ともセリンに劣らず聡明だ。話は分かってくれたが――。


「なんやのん? 精海竜王はんの説得も、旧都の発展も、道路の整備も、全部旦那はんの手柄やない。それを、横からかっさらおうやなんて……なます切りでも気がすまへんわ」


「同意。ミンチにするべきかと。そのあと、高火力バーナーで炙って肉団子です」


「物騒なことを言わないでくれ。一応、俺の弟なんだ……」


 嫁たちは、尋常ならざるほど激怒した。


 そう言ってくれるのは嬉しいが、これは俺一人の問題ではない。

 モロルドがまるごと狙われているのだ――。


 不安げに俯く領民たち。

 俺を慕ってついてきてくれた者たちも、今回ばかりは顔色が暗い。


 なにせ相手はかつての宗主国――海洋国家レンスター王国。

 さらに大洋にその名を轟かす十三艦隊なのだ。


 勝つ手段など思いつかない。

 そもそもまともな海軍さえいない状況で、なにができるのか。


 領土開発より、まず防衛体制を整えるべきだったかもしれない。

 いまさらそんなことを嘆いても遅かったが。


「……国民の命には代えられない。ここはカインに降伏しよう」


「なにをおっしゃるんですか、旦那さま!」


「ほんまやわ! 弱気になってどないしますのん!」


「勝率0.0001%! あの大艦隊の砲撃に、対抗する手段は現状ありません! しかしながら、マスターはいいのですか! このまま国を奪われても!」


「俺の命でことが収まるなら……」


 こうなったのは俺の器量不足だ。

 領主になる才気も、王になる人徳も俺にはなかったのだ。


 イーヴァンにたきつけられ、精海竜王とセリンに後押しされ、セイレーン・絡新婦・草の民たちからの信任を得て、ここまで来ることができた。

 けれども、それはただ運がよかっただけ――。


 俺は所詮、とるに足らない絶倫男でしかない。


 万策尽き肩を落としたその時――。


「カインは奴隷売買に手を染めた男ですよ! そんな男を領主になど戴けません!」


 セリンが毅然と言った。


 そうだ、忘れていた。

 カインはセイレーンたちの奴隷売買に加担していた。

 今もまた、私欲に走ってモロルドを乗っ取ろうとしている。


 そんな男にモロルドを任せていいのか?

 俺の大切な領民たちを?


「旦那はんが、王やあらしまへんのやったら、ウチらはこの国に従うつもりはありまへんえ? たとえ相手が旦那はんの弟でも、剣を取って戦います!」


「アンタの得物は槍じゃないの」


「こんな時に揚げ足とりして。田舎娘は、場の空気がわかっとりまへんなぁ……!」


 それでなくても嫁たちはどうなる。

 かつての領主の妻として不遇な扱いを受けないか?


 いや、彼女たちだけではない。

 俺の領民が、レンスター王国に不当に扱われることはないか?


 トリストラム提督は、征服した国に苛烈な仕置きをすることで有名だ。

 レンスター王国に二度と逆らわぬよう、常軌を逸するような罰を与えるという。


 ある領国の王は、目の前で寵姫を辱められたとか――。


「いけない……! 俺の大切なセリンを、ステラを、ルーシーを、ヴィクトリアを、ララを……! トリストラムなぞにいいようにされてたまるか!」


「マスター!」


「旦那さま!」


「旦那はん!」


 俺が降伏すれば、すべてが丸く収まると勝手に納得していた。


 しかし、そんなことはない。

 事態は余計に悪化する。


 降伏は責任の放棄だ。

 俺はこの国を守るために――。


「戦うぞ! セリン! ルーシー! ヴィクトリア!」


「はい、旦那さま!」


「地獄までお供させてもらいます。鬼からも御身をお守りしますえ」


「勝率はゼロではありません。マスター、戦う意志こそ大事なのです」


 俺は新都の前に布陣する、レンスター王国第六艦隊と正面から対峙する決意をした。

 とはいえ、そのためには策が必要だ――。


「……記憶領域に重要情報を確認! マスターの生体情報と照合……適合を予測!」


「どうした? ヴィクトリア?」


 ふと、普段は物静かな仙宝娘が騒ぎはじめる。

 銀髪のどこかとぼけた娘は、平時はどこか頼りない。

 だが――。


「マスター! 私に策があります! よろしいでしょうか!」


「なんだ? 聞かせてくれ、ヴィクトリア! 今は藁でもすがりたい!」


「この島内に、マスターが使える、仙宝があります!」


 ことピンチの時に限っては、頼もしい知恵を持っていた。

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