「旦那さま! お目覚めになりましたか!」
「旦那はん! 心配しましたえ!」
「脈拍・呼吸ともに正常範囲。身体に破損は確認されず。脳波に微弱な混乱あり。バイタル、オールグリーン。マスター、おはようございます」
目を覚ますとそこは新都の教会だった。
レンスター王国の国教にして、西側諸国に多大な影響力を持つ一大宗教。
大国の国王さえ動かすと言われる彼らの住み処には、さしものトリストラム提督も砲撃を躊躇したのだろう。砲音の鳴り止まぬ新都で、そこは少しの損害も見当たらない。
中には新都に居住する女性や子供たち。
男手が見当たらないのは、外で救出活動に当たっているからか。
ふがいない。
こんなことなら、いくらか動ける兵を残すべきだった。
領民総出で、国の危難に立ち向かう光景に、刺すような痛みが胸を襲った。
「さっそくやけど旦那はん、これはいったいどういうことやの?」
「マスターの弟を名乗る僭称者を確認。遺伝子の照合はできていませんが、外見の一致から血縁者と判断。いったいどのようなご関係ですか?」
「分かった、順を追って説明しよう」
つい最近まで人里を離れ暮らしていたルーシー。
同じく、廃墟で眠っていたヴィクトリア。
俺は二人に、カインが弟でモロルドの次期領主だったこと、領土放棄により領主の座に俺がついたこと、彼がレンスター王国の海軍を引き連れてきたことを説明した。
二人ともセリンに劣らず聡明だ。話は分かってくれたが――。
「なんやのん? 精海竜王はんの説得も、旧都の発展も、道路の整備も、全部旦那はんの手柄やない。それを、横からかっさらおうやなんて……なます切りでも気がすまへんわ」
「同意。ミンチにするべきかと。そのあと、高火力バーナーで炙って肉団子です」
「物騒なことを言わないでくれ。一応、俺の弟なんだ……」
嫁たちは、尋常ならざるほど激怒した。
そう言ってくれるのは嬉しいが、これは俺一人の問題ではない。
モロルドがまるごと狙われているのだ――。
不安げに俯く領民たち。
俺を慕ってついてきてくれた者たちも、今回ばかりは顔色が暗い。
なにせ相手はかつての宗主国――海洋国家レンスター王国。
さらに大洋にその名を轟かす十三艦隊なのだ。
勝つ手段など思いつかない。
そもそもまともな海軍さえいない状況で、なにができるのか。
領土開発より、まず防衛体制を整えるべきだったかもしれない。
いまさらそんなことを嘆いても遅かったが。
「……国民の命には代えられない。ここはカインに降伏しよう」
「なにをおっしゃるんですか、旦那さま!」
「ほんまやわ! 弱気になってどないしますのん!」
「勝率0.0001%! あの大艦隊の砲撃に、対抗する手段は現状ありません! しかしながら、マスターはいいのですか! このまま国を奪われても!」
「俺の命でことが収まるなら……」
こうなったのは俺の器量不足だ。
領主になる才気も、王になる人徳も俺にはなかったのだ。
イーヴァンにたきつけられ、精海竜王とセリンに後押しされ、セイレーン・絡新婦・草の民たちからの信任を得て、ここまで来ることができた。
けれども、それはただ運がよかっただけ――。
俺は所詮、とるに足らない絶倫男でしかない。
万策尽き肩を落としたその時――。
「カインは奴隷売買に手を染めた男ですよ! そんな男を領主になど戴けません!」
セリンが毅然と言った。
そうだ、忘れていた。
カインはセイレーンたちの奴隷売買に加担していた。
今もまた、私欲に走ってモロルドを乗っ取ろうとしている。
そんな男にモロルドを任せていいのか?
俺の大切な領民たちを?
「旦那はんが、王やあらしまへんのやったら、ウチらはこの国に従うつもりはありまへんえ? たとえ相手が旦那はんの弟でも、剣を取って戦います!」
「アンタの得物は槍じゃないの」
「こんな時に揚げ足とりして。田舎娘は、場の空気がわかっとりまへんなぁ……!」
それでなくても嫁たちはどうなる。
かつての領主の妻として不遇な扱いを受けないか?
いや、彼女たちだけではない。
俺の領民が、レンスター王国に不当に扱われることはないか?
トリストラム提督は、征服した国に苛烈な仕置きをすることで有名だ。
レンスター王国に二度と逆らわぬよう、常軌を逸するような罰を与えるという。
ある領国の王は、目の前で寵姫を辱められたとか――。
「いけない……! 俺の大切なセリンを、ステラを、ルーシーを、ヴィクトリアを、ララを……! トリストラムなぞにいいようにされてたまるか!」
「マスター!」
「旦那さま!」
「旦那はん!」
俺が降伏すれば、すべてが丸く収まると勝手に納得していた。
しかし、そんなことはない。
事態は余計に悪化する。
降伏は責任の放棄だ。
俺はこの国を守るために――。
「戦うぞ! セリン! ルーシー! ヴィクトリア!」
「はい、旦那さま!」
「地獄までお供させてもらいます。鬼からも御身をお守りしますえ」
「勝率はゼロではありません。マスター、戦う意志こそ大事なのです」
俺は新都の前に布陣する、レンスター王国第六艦隊と正面から対峙する決意をした。
とはいえ、そのためには策が必要だ――。
「……記憶領域に重要情報を確認! マスターの生体情報と照合……適合を予測!」
「どうした? ヴィクトリア?」
ふと、普段は物静かな仙宝娘が騒ぎはじめる。
銀髪のどこかとぼけた娘は、平時はどこか頼りない。
だが――。
「マスター! 私に策があります! よろしいでしょうか!」
「なんだ? 聞かせてくれ、ヴィクトリア! 今は藁でもすがりたい!」
「この島内に、マスターが使える、仙宝があります!」
ことピンチの時に限っては、頼もしい知恵を持っていた。