謎の爆破音に揺れるモロルド領。
その音源の正体を確かめるべく、またしても精海竜王の力を借り、俺とセリンは急いで新都にとって返した。ただし、今度は二人だけで――。
ステラとララはダイアナを連れて旧都へ。
温泉から働きっぱなしの二人には、しばし休息が必要だった。
イーヴァンは、捕らえた奴隷商人に情報を吐かせるため、故郷の村に向かうという。
ほどほどにしておけと釘は刺した。
まぁ、ダイアナを掠った犯人だ、情けをかける必要などないが。
さて、海竜の王に乗って海を行けば――新都の前にずらりと船が並んでいる。
白い帆をはためかせる大型船。
しかも、貨物船ではない。
「船倉になにやら筒のようなものが? アレはいったいなんでしょうか?」
「バカな……軍船だと⁉」
黒光りする大砲に、甲板に並ぶ屈強な水兵たち。
少し風があるというのに、綺麗に等間隔に並ぶのは軍船だった。
しかもそれは、モロルドが独立した国――。
「レンスター王国海軍だ!」
どうして彼らが、モロルドの新都を包囲しているのか。
驚愕する俺の前で、旗艦と思われる船から砲撃が放たれる。
弧を描いて飛んだそれは、精海竜王どのが築いた新都――その行政の中心である俺の居館へと飛来する。執務室を掠め、それは後ろの広場に着弾した。
遅れてけたたましい砲撃音が海に響く。
さきほど聞こえたのはこれか――。
「おのれ! ワシが手ずから造った新都をよくも! どこの馬の骨ともわからんが、その喧嘩買ってくれようぞ! 精海竜王を敵に回して、生きていられると思うな!」
「精海竜王! あの船はレンスター王国の軍船です! 手を出せば、戦争になります!」
「知るかそんなこと! 我は龍鳴海峡の覇者――精海竜王であるぞ!」
「精海竜王どのはいいかもしれませんが、モロルドの民が保ちません! どうか平に! 平にご容赦を! 絶対に、俺がなんとかしてみせますから!」
レンスター王国は、海洋貿易と植民地支配で七つの海を支配する――大洋の王者。
十三まである艦隊は、王命とあればたちまちに押し寄せその地を焦土に変える。
国旗の下にたなびくのは、白と青の海鳥の紋章――。
「くそっ! よりにもよってトリストラム提督の第六艦隊か!」
「旦那さま、いったいそれは誰なのですか? そんなに厄介な相手なのですか?」
本土のことを知らぬセリンに、説明して分かるかどうか。
しかし、話さねばなるまい。
相手があの海戦の名手とあれば。
震える手を握りしめ、俺は大洋に轟く彼の提督の武勲を語った。
「第六艦隊は、海軍一の砲撃上手として知られている。それは、大陸にある大学で数学を修めた、トリストラム提督の巧みな演算によるものらしい……」
「演算? そんなものがいったい、戦になんの関係が?」
「見ていればわかる……!」
微かに旗艦がその船首を北へとずらす。
角度を微調整した船から、再び砲が放たれた。
そして、旧都の中心――執務室のある塔が瓦礫と化した。
「そ、そんな……!」
「バカな! 砲をあのように鮮やかに当ててみせるなど! しかも、揺れる海の上で!」
これが第六艦隊の最大の武器。
レンスター王国一の砲撃能力である。
彼の艦隊に囲まれたなら、どのような港湾都市も二日と持たずに消え去る。
事実として多くの戦の終端で、トリストラム提督は首都を陥落させる大任を与えられ、それに忠実に応えてきた。
そんな名将が出てくるなんて――。
『聞け! 我が兄――いや、大逆人ケビン・モロルドよ!』
その時、海によく通った声が響く。
おそらく魔術により拡声されたそれは、弟――カインの声に間違いなかった。
彼はこの混乱した状況にあって、次期領主として民に接するように、落ち着きながらも強い意志を感じさせる口ぶりで語りはじめた。
『ただちにこの地をレンスター王国に返上し、トリストラム提督の軍門に降れ! いやしくも妾腹の分際で、奸計を巡らして領土を奪った盗人め! 恥を知るがいい!』
「な、なにを言っているんだカイン……!」
意味が分からなかった。
なぜ、カインが俺を責めているのか。
どうして、領土放棄されたはずのモロルドを、俺が簒奪したことになっているのか。
今さら領土を返上しろなどと言われるのか。
ダイアナの拉致。カインの帰還。奴隷商人たちの暗躍。
その全てが俺の中で繋がる前に――。
「だ、旦那さま!」
「むぅっ! 婿どの!」
俺は精海竜王に額の上で気を失った――。
『このモロルドの正当な領主は、この私――カイン・モロルドである! さぁ、者ども、そのニセモノの領主を捕らえ、我が軍門に降るがいい! こちらには、七つの海の支配者が一人、トリストラム提督がついておられるぞ!』
◇ ◇ ◇ ◇
領土放棄されたモロルドが独立し、急速に発展したのは予想外だった。
海竜たちの寝床で、通航が不可能だった龍鳴海峡を開き、どうやったのか僅か数日で新都を建て、旧都を一大歓楽街へと変貌させる。
これだけのことを、あの愚兄ができるとは到底思えない。
おそらく何者かが入れ知恵をしたのだろう。
「収益性なしと、モロルド諸島を領土から外させたのも、きっとその者の奸計に違いない。おのれ兄上め――拾われた恩を仇でかえしてくれたな! だから私は、父上に申し上げたのだ! 人間とも妖魔とも分からぬ者を、身内にするなど危ういと!」
甲板から白亜の新都を眺めて私は拳を握りしめる。
あの海も、あの都も、あの土地も――本来であれば私が受け継ぐはずだった。
許さぬ! たとえ半分血の繋がった兄とて容赦はしない!
そのために、わざわざ王に拝謁し海軍まで連れてきたのだから。
「胸中、お察しいたしますよ、モロルド伯。このような簒奪はあってはならぬこと。また、領土放棄から仕組まれたこととあっては、それは王に対する裏切りでもある。それは許しがたい。我ら王の剣――レンスター王国十三艦隊が誅しなくては!」
「トリストラム提督!」
背後から現れたのは、第六艦隊を率いるトリストラム提督。
私とそう歳が変わらぬというのに、十隻以上の船を自分の手足のように動かし、さらに砲弾さえも操る、艦隊運用の達人。青い髪を海風になびかせたどこか物寂しげな将軍は、船の縁に手をかけると、煙が上るモロルドの新都を睨んだ。
「私が来たからには安心してください。必ず、この地を貴方の手に取り戻しましょう」
「おぉっ! 頼もしいっ!」
「王を僭称した、ケビン・モロルドは斬首。彼の親衛隊も、そして宮廷の行政官も、親類縁者に至るまで、すべて奴隷身分に落としてやりましょう」
「……そ、それはいくらなんでもやり過ぎでは?」
「モロルド伯は、どうやら戦の厳しさを知らぬと見える」
歴戦の提督の鷲のような瞳が輝く。
彼は静かに船の縁を叩くと――。
「戦争に大切なのは! 二度と我らに逆らわぬという、想いを植えつけること! 民の心を折り! 拠り所を奪い! 生きる屍とすること! すなわち――徹底した凌辱!」
「と、トリストラム提督!」
「故に私は、心を鬼にして――我が国に牙を剥いた者たちに罰を与える! 親を、子を、その目の前で八つ裂きにする! 腹心たちの前で、その尊厳を踏みにじる! そして!」
希代の砲術の名手は、愉悦に満ちた笑顔で言った。
「彼の愛する女たちを目の前で寝取る!!!!」