【ケビンとイーヴァンが、アジトの奥でセイレーンの遺骸を見つけた直後】
岩肌をくりぬいて作られた部屋と油断していた。
壁の向こう――部屋の奥のさらに奥に、まだ何か細工がしてある。
しかも発動すれば、命の危機に繋がる危険な罠が。
「イーヴァン!!!!」
「分かっているさ、我が君!!!!」
銀猫がサーベルを煌めかせる。
一枚岩と思われた壁――その隙間を即座に見つけた近衞隊長は、細身の剣をその僅かな隙間に差し込んでみせた。
岩の向こうで何かが壊れる。
少なくともそれが、命の危機を回避した音だとは理解できた。
流石は近衞隊長、ここぞという所で頼りになる。
壁に刺さったサーベルから手を離すイーヴァン。
彼にしては珍しく額にびっしりと汗をかき、へたりとその銀色の猫耳を垂らした。
「なんとかなったか……」
「お前を連れて来てよかったよ、イーヴァン」
「本当にな。さて、一時的に止まっただけかもしれない。急いで外に出よう」
近衞隊長の提案に従い、俺たちは山小屋奥の洞窟から逃げ出した。
幸いなことに罠は完全に止まっており、そこから何か起こるということはなかった。
ダイアナが掠われたと聞き、大急ぎで旧都に向かって一日目のこと。
まだ一日目。
たった一日なのにひどく疲れた。
「罠は止められたが、解除は相当な手練れがいるぞ?」
「もう少ししたら、ララが駆けつけてくれるはずだ。彼女の知恵と人脈を頼ろう」
草の民の中には、この手の細工に詳しい者が多くいる。
ララはもちろん彼女以上の知恵者もいることだろう。きっと、罠を解除するのはそう難しいことではない。
しかし――。
「これでまた、奴隷売買をしている者たちのアジトから遠ざかってしまった」
「いや……そんなに悲観することではないさ。これは大きな収穫だ」
「なんだイーヴァン? なにか策があるのか?」
銀猫の発言の真意が読みとれず首を傾げる。
幼馴染みの狩人より、人を罠にかけるのが上手い謀略上手は、にんまりと口の端をつり上げ、いまさっき逃げ出てきた山小屋を振り返った。
「どう見てもこいつは囮用のアジトだ。奴隷売買の臭いを嗅ぎつけ、探りを入れた者を殺すためのな……だが、それにしちゃ仕掛けが大がかりだと思わないか?」
「…………たしかに」
ゴブリンたちを使った死体の処分場。
それが見つかったところで、奴隷商人に痛いところはない。
隠さなければいけない機密も残されていなかった。
そして、殺すだけなら複雑なからくりは必要ない。
毒の霧を噴霧するなり、煮えた油を流すなり、いくらでもやりようはある。
壁の向こうで動いた罠は、あきらかにそんな規模ではない。
あの洞窟ごと崩落させるようなからくりだろう。
つまり、そうすることに意味がある――。
「アレは間違いなく、仲間への警告のためにつくられたものだ。わざと大げさに壊れて探り手側にパニックを起こし、逃げて側に追っ手が迫っていることを告げるためのな」
「まったく、厄介なことを……」
誰の差配か分からないが用意周到なことだ。
そして、そんな罠を引き当てたことを、これ幸いと言うイーヴァンの真意が、俺にもようやく理解できた。
「罠にかかっと思わせて、相手をねぐらから引きずり出す気だな?」
「流石は我が君。今度、狐狩りでもいたしましょうか?」
「島の開拓が落ち着いたらな」
奴隷商人たちは、あの罠が発動すればあわててねぐらを飛び出すだろう。
それを、島の住人たちで追い回して捕まえる。
至ってシンプルな話だ。
幸いなことに、それが得意な人材は揃っている。
森に棲む絡新婦。
空を支配するセイレーン。
罠に長けた草の民。
そして、信頼できる――銀猫。
「さぁ、どうなさいます? 全ては我が君の御心のままに!」
「お前、ノリノリじゃないか? なんか悪いものでも食べたんじゃないか?」
「いやぁ、命を賭けたやりとりから生還したんですよ? そりゃ、ちょっとばかりにハイになりますわな?」
そう言って、知謀の将はくつくつと笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、新都に到着したララに相談し、草の民に罠を調べてもらえば、洞窟全体が崩落するようなとんでもない構造だということが分かった。
イーヴァンの読みは綺麗に当たっていた。
あとは陣容を整えるだけ。
新都の近衞兵と絡新婦たちを召集し、俺は罠をわざと発動させた。
はたしてこれも銀猫の読み通り。
奴隷商人は、これぞ好機と隠れ家を飛び出し、どこかへ向かおうとした。
それを、領民たちと協力し捕まえた――。
「とまぁ、その程度の話だが、大仕事だったなぁ」
「お見事でございます、旦那さま!」
「おに~ちゃん! かりうどさんなの~! すごいのぉ~!」
「いやぁ、俺は座っていただけだよ」
頑張ってくれたのは、仲間の危機に立ち上がったセイレーン、種族を越えて協力してくれた絡新婦、そして俺を信頼して知恵を貸してくれた草の民。
あとは、銀猫が率いる近衞兵たちだ。
「ふむ、最後にワシが出て、驚かしてやってもよかったのだがのう」
と、ごちるのは、黒い童子に変身した岳父どの。
精海竜王の加護も今回は大きかったかもしれない。
なんにしても、これで万事丸く収まった――。
『ドォオオオオオオン!!!!』
そう思ったのも束の間、また爆発音が島に木霊した。
今度は山からではない。
もっと沖合。それも新都の方から。
「おいおい、もう勘弁してくれよ……!」