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第47話 奴隷商人、追われる

 ドンと火薬の弾ける音がする。

 それは、俺が潜むアジト――本当の商品の保管場所まで響いた。


「ほう? 絶倫領主さまめ、なかなかやるじゃないか。囮のアジトを見つけるとは……だが、それは想定の範囲内だぜ?」


 モロルド領主が行っているセイレーンの奴隷売買。

 島内には山小屋や水車小屋に偽装された潜伏先がいくつもある。


 そしてその中には、あえて見つかるようにした囮のアジトがある。

 正規の手順を踏まず無理矢理押し入れば、からくり仕掛けの火薬庫が爆発し、島内の仲間に危険が迫っているのを知らせる――そんなアジトが。


「おそらく、坊ちゃんの鳩経由で探り当てたか。あの方も用意周到な方だからな、わざと鳩を囮のアジトに飛ばしていたっけか」


 次期領主の名を聞いて、愛玩奴隷が顔を青ざめさせる。

 野暮ったい黒髪のセイレーン。肉付きも悪く、抱き心地も悪そうなのに、いったい何が琴線に触れたのか。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


「これでしばらく、島は大混乱だ。そのうちに脱出させてもらうぜ……!」


 猿ぐつわをした奴隷が暴れる。

 その鳩尾に拳を打ち込むと、哀れな籠の鳥は気を失った。

 息を確認して、俺は商品を担ぐ。


 さて、予定では旧都の崖沿いにある隠し港に、帆船と仲間が待機しているはずだ。

 それで本国の港に移動すれば俺の仕事は終わり。


「まったく、ぼっちゃんもとんだ忘れ物をしてくれたぜ」


 ぼやぼやしている時間はない。

 俺は都から最も離れた山小屋から出ると、海岸へと駆けた。


 首尾は上々――のはずだった。


「見ツケタ! 男! 見ツケタ!」


「セイレーン掠ッタ! 犯罪者! 食ッテイイ! 食ッテイイ男ダ!」


「「「ケタケタケタケタ」」」


「なっ……なんでここに、鬼子母神がぁッ!!!!」


 しかし、アジトを出たところで、俺は鬼子母神の群れに襲われた。

 森の中を高速で、かつ、音もなく忍び寄ってくる、異形の魔物。

 吉祥果の森では、ここはないぞ。


 それだけではない――。


「いたぞ! 奴隷商人だ!」


「私たちから逃げられると思うな!」


「よくも今まで、酷い目に遭わせてくれたわね!」


「ダイアナさまを返しなさい! この人でなし!」


 空からはセイレーンが俺を追い回す。

 鎖を解かれた彼女たちは、恐ろしい空の支配者であった。

 少しでも開けた場所にでようものなら、すぐに俺の居場所を仲間に伝える。


 逃げ回るので精一杯。

 とても、海岸になどたどり着けない。


 商品を、何度置いて行こうと迷ったことか。


「どういうことだ⁉ なんで奴ら待ち構えていやがったんだ! まるで俺が、この森に潜伏していることを知っているみたいに⁉」


 モロルド諸島に上陸して――はや五日。

 目的のセイレーンを拉致して――四日目。


 ようやく脱出の機会が訪れたというのに!


「逃がさぬぞ、奴隷商人。お前の敗因は、我々を甘く見たことだよ」


「…………なにっ⁉」


 少し開けた草原で俺は何者かに声をかけられた。

 赤毛の大柄な男には見覚えがある。


 かつて坊ちゃん館で、家宰の見習いとして働いていた男。

 腹違いの兄にして、今のモロルドを治める男――絶倫領主ケビンだ。


 どうしてこんな所にいるのか。

 驚き、立ち止まった俺の足下に、彼は石弩を使って矢を放った。


 まるで狩りでもするように。


「隠れているつもりだったところ悪いな。これでも俺も貴族だ。狩りの心得はある。セイレーンとジョロウグモたちをつかって、おびき出させてもらった」


「おびきだす……? まさか、アジトの爆発は?」


「あぁ、わざと爆発させた。生憎――鼻の利く奴がいてな。罠が動作する前に解除した」


 絶倫領主の隣に控える銀髪の偉丈夫。

 銀色の獣耳がヒクヒクと動く。


 どうやら俺は、獣人風情に出し抜かれたらしい。


 まった忌ま忌ましい――。


「おっと、それ以上は動くな。言っただろう、狩りの心得はあると」


 茂みの中から現れるのは、獣人、セイレーン、そして鬼子母神。

 さまざまな亜人たちが、俺のことを狙っている。

 そんな中、銀髪の獣人が絶倫領主に、矢をつがえた石弩を手渡した。


 男はそれを構え、今度は外さぬぞと俺へと向ける。


「獲物というものは追うのではない。おびき出すのだ。ねぐらを破壊し、周到に人を配置しては驚かせ、徐々に追い込む。そうして最後に、狩りの主催者の前に飛び出す」


「言うではないか絶倫領主! 過日まではただの使用人だった分際で!」


「……そうだな、しかし、今は俺がこのモロルドの王だ」


 絶倫領主の放った矢が俺の肩を射貫く。

 どうやら生きて捕らえるつもりらしい。


 奴隷売買に関わった者を調べるつもりだろうが――そうはいかない。


 仲間の秘密は死んでも渡さぬ。

 俺は舌の付け根を食いちぎろうとした。


 しかし――。


「ぴぇえぇ~~~~~~♪」


「なっ⁉ セイレーンの魔歌だとッ⁉」


「だから言っただろう、逃がさぬと!」


 たちまち、近づいた銀髪の獣人が、俺の鳩尾を蹴り上げる。

 さっさと俺の口に布を咥えさせ、自害することを禁じた。


 まったくしくじった。

 絶倫領主の言う通りだ。


 俺はこのモロルドの新領主と住民を甘く見ていた……!


「さぁ、奴隷売買について、きっちりと話を聞かせてもらうぞ? お前たちが何者と繋がり、どのように利益を得てきたか! セイレーンの娘たちに、どんな悪辣なことをしてきたか! それを詳らかにして、法の下に裁いてくれよう!」


 赤髪の領主がそう言えば、森に盛大な喝采が巻き起こった。

 まるで島全体が震えているような、そんな歓声に――俺の肌を怖気が走った。


 これほどまでとはな絶倫領主。

 いや、ケビン・モロルド。


 呪われた子と侮っていたよ……!

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