ドンと火薬の弾ける音がする。
それは、俺が潜むアジト――本当の商品の保管場所まで響いた。
「ほう? 絶倫領主さまめ、なかなかやるじゃないか。囮のアジトを見つけるとは……だが、それは想定の範囲内だぜ?」
モロルド領主が行っているセイレーンの奴隷売買。
島内には山小屋や水車小屋に偽装された潜伏先がいくつもある。
そしてその中には、あえて見つかるようにした囮のアジトがある。
正規の手順を踏まず無理矢理押し入れば、からくり仕掛けの火薬庫が爆発し、島内の仲間に危険が迫っているのを知らせる――そんなアジトが。
「おそらく、坊ちゃんの鳩経由で探り当てたか。あの方も用意周到な方だからな、わざと鳩を囮のアジトに飛ばしていたっけか」
次期領主の名を聞いて、愛玩奴隷が顔を青ざめさせる。
野暮ったい黒髪のセイレーン。肉付きも悪く、抱き心地も悪そうなのに、いったい何が琴線に触れたのか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「これでしばらく、島は大混乱だ。そのうちに脱出させてもらうぜ……!」
猿ぐつわをした奴隷が暴れる。
その鳩尾に拳を打ち込むと、哀れな籠の鳥は気を失った。
息を確認して、俺は商品を担ぐ。
さて、予定では旧都の崖沿いにある隠し港に、帆船と仲間が待機しているはずだ。
それで本国の港に移動すれば俺の仕事は終わり。
「まったく、ぼっちゃんもとんだ忘れ物をしてくれたぜ」
ぼやぼやしている時間はない。
俺は都から最も離れた山小屋から出ると、海岸へと駆けた。
首尾は上々――のはずだった。
「見ツケタ! 男! 見ツケタ!」
「セイレーン掠ッタ! 犯罪者! 食ッテイイ! 食ッテイイ男ダ!」
「「「ケタケタケタケタ」」」
「なっ……なんでここに、鬼子母神がぁッ!!!!」
しかし、アジトを出たところで、俺は鬼子母神の群れに襲われた。
森の中を高速で、かつ、音もなく忍び寄ってくる、異形の魔物。
吉祥果の森では、ここはないぞ。
それだけではない――。
「いたぞ! 奴隷商人だ!」
「私たちから逃げられると思うな!」
「よくも今まで、酷い目に遭わせてくれたわね!」
「ダイアナさまを返しなさい! この人でなし!」
空からはセイレーンが俺を追い回す。
鎖を解かれた彼女たちは、恐ろしい空の支配者であった。
少しでも開けた場所にでようものなら、すぐに俺の居場所を仲間に伝える。
逃げ回るので精一杯。
とても、海岸になどたどり着けない。
商品を、何度置いて行こうと迷ったことか。
「どういうことだ⁉ なんで奴ら待ち構えていやがったんだ! まるで俺が、この森に潜伏していることを知っているみたいに⁉」
モロルド諸島に上陸して――はや五日。
目的のセイレーンを拉致して――四日目。
ようやく脱出の機会が訪れたというのに!
「逃がさぬぞ、奴隷商人。お前の敗因は、我々を甘く見たことだよ」
「…………なにっ⁉」
少し開けた草原で俺は何者かに声をかけられた。
赤毛の大柄な男には見覚えがある。
かつて坊ちゃん館で、家宰の見習いとして働いていた男。
腹違いの兄にして、今のモロルドを治める男――絶倫領主ケビンだ。
どうしてこんな所にいるのか。
驚き、立ち止まった俺の足下に、彼は石弩を使って矢を放った。
まるで狩りでもするように。
「隠れているつもりだったところ悪いな。これでも俺も貴族だ。狩りの心得はある。セイレーンとジョロウグモたちをつかって、おびき出させてもらった」
「おびきだす……? まさか、アジトの爆発は?」
「あぁ、わざと爆発させた。生憎――鼻の利く奴がいてな。罠が動作する前に解除した」
絶倫領主の隣に控える銀髪の偉丈夫。
銀色の獣耳がヒクヒクと動く。
どうやら俺は、獣人風情に出し抜かれたらしい。
まった忌ま忌ましい――。
「おっと、それ以上は動くな。言っただろう、狩りの心得はあると」
茂みの中から現れるのは、獣人、セイレーン、そして鬼子母神。
さまざまな亜人たちが、俺のことを狙っている。
そんな中、銀髪の獣人が絶倫領主に、矢をつがえた石弩を手渡した。
男はそれを構え、今度は外さぬぞと俺へと向ける。
「獲物というものは追うのではない。おびき出すのだ。ねぐらを破壊し、周到に人を配置しては驚かせ、徐々に追い込む。そうして最後に、狩りの主催者の前に飛び出す」
「言うではないか絶倫領主! 過日まではただの使用人だった分際で!」
「……そうだな、しかし、今は俺がこのモロルドの王だ」
絶倫領主の放った矢が俺の肩を射貫く。
どうやら生きて捕らえるつもりらしい。
奴隷売買に関わった者を調べるつもりだろうが――そうはいかない。
仲間の秘密は死んでも渡さぬ。
俺は舌の付け根を食いちぎろうとした。
しかし――。
「ぴぇえぇ~~~~~~♪」
「なっ⁉ セイレーンの魔歌だとッ⁉」
「だから言っただろう、逃がさぬと!」
たちまち、近づいた銀髪の獣人が、俺の鳩尾を蹴り上げる。
さっさと俺の口に布を咥えさせ、自害することを禁じた。
まったくしくじった。
絶倫領主の言う通りだ。
俺はこのモロルドの新領主と住民を甘く見ていた……!
「さぁ、奴隷売買について、きっちりと話を聞かせてもらうぞ? お前たちが何者と繋がり、どのように利益を得てきたか! セイレーンの娘たちに、どんな悪辣なことをしてきたか! それを詳らかにして、法の下に裁いてくれよう!」
赤髪の領主がそう言えば、森に盛大な喝采が巻き起こった。
まるで島全体が震えているような、そんな歓声に――俺の肌を怖気が走った。
これほどまでとはな絶倫領主。
いや、ケビン・モロルド。
呪われた子と侮っていたよ……!