狭い洞窟での遭遇戦。
吟遊詩人が熱をこめて語る大陸の冒険者たち――それと変わらぬ立ち回りを、俺たち急造パーティーは繰り広げた。
「招雷打震!」
セリンが得意の雷撃で闇を切り裂く。
狭所ということもあり、ゴブリンたちは雷の矢にたちまち倒れた。
「ぴぃ~~~~♪ ぴぴぴぃ~~~~♪ ぴぇ~~~~♪」
ステラの魔歌が洞窟の中を反響する。
開けた場所で聞いても、平衡感覚を失うそれが四方八方から襲いかかる。
小鬼たちは、感覚を惑わす歌声にやられ、その場にのたうち回った。
魔法だけではない。
雷と歌の中を駆け抜けて、銀猫がその剣を翻す。
「やぁっ! たぁっ! はぁっ!」
気合い一閃というより飄々という感じ。
サーベルを爪の代わりのように自在に操り、彼は転がるゴブリンたちにとどめを刺していく。近衞隊長の肩書きに違わぬ剣裁きで、イーヴァンはゴブリンを屠った。
さて、俺はといえば――。
「旦那さま、足手まといでございます! 後ろに下がっていてください!」
「だから、お前が死んだら意味がないって言ってるだろ!」
まったくもって出る幕なし。
仕方なく、イーヴァンとセリンが屠ったゴブリンの頭に、その辺りに転がっている石を落として、確実に絶命させていった。
ゴブリンは、しぶとくずる賢い生き物。
これも立派なお仕事だ。
「ぴぃ! おにーちゃんも、けんでたたかわないの~?」
「あぁ、俺はこういう、コツコツ地味な作業が向いているんだ……」
「おにーちゃん、えらいのっ! かげのだいこくばしらなの!」
「領主なんだけどな」
吟遊詩人の詩には、前線で戦う領主も出てくるが、俺はそういうタイプではないらしい。
溜め息と共に、ゴブリンの頭に大石を落とせば断末魔が上がる。
あぶない。
うっかり不意打ちを食らうとこだった。
地味な作業ってやっぱり大事だな。
「……ふぅ、これで終わったかな?」
ゴブリンの返り血にまみれたイーヴァンが、剣を払って鞘に収める。
熱の籠もった息を吐き、銀猫は頬の血を手の甲で拭った。
彼の後ろで雷撃を放っていたセリンも腕を下ろす。
「ぴぃ! ちょっと待ってね……! ぴぉお~~~~~~ッ♪」
そんな中、ステラがまた大きな声を上げる。
音の反響で洞窟内の様子を窺っているようだ。
動物との会話といい、魔歌といい、ここぞというところで役に立つ。
ダイアナ捜索の立て役者は、間違いなくこのセイレーンの末姫だな。
「うん! もうおくにだれもいないよ! あんしんあんしん!」
「……待ってくださいステラさん? 奥に誰もいないんですか?」
「……セイレーンの姫さまが囚われているんじゃないのか?」
セリンとイーヴァンのツッコミに、ステラがきょとんとした顔をする。
俺たちはここにダイアナを探しにきた。
なのに待っていたのはゴブリン。
そして、彼らを倒せば、他に生き物の気配はない。
これでは、ただのゴブリン退治だぞ……?
「あきらかにここはゴブリンの巣じゃない。勝手に棲み着いたとも考えられない。となると……こいつらは、ここで飼われていたんじゃないか?」
「テイムか? わざわざゴブリンを手懐けるなんて……!」
モンスターを隷属させて使役する『テイム』の魔法。
冒険者の中には、手懐けたモンスターを戦わせる者もいる。
だが、わざわざゴブリンを使役する者は少ない。
ただし、ひとつだけゴブリンを飼うメリットがある。
「ぴぃっ! なかまのにおいがする! おにーちゃん、このおくだよ!」
「……セリン。ステラを抱いて、ここで待っていてくれ?」
暗い洞窟の先に何が待ち受けているのか?
その答えを察した俺は、信頼できる正妻に第二夫人を任せる。
「ステラ。ここは旦那さまにお任せしましょう」
「ぴぇっ? けどけど……!」
「大丈夫。きっと旦那さまが助けてくださるわ」
ステラを抱きかかえて拘束すると、セリンが行ってくださいという顔をする。
今度こそカンテラ役を引き受けた俺は、頼れる近衛隊長と洞窟の奥に向かった。
突き当たりは、明らかに人の手で整えられた空間。
岩を砕いて切り出された部屋には、鉄格子につり上げ式の鎖がある。
そして、口にするのもはばかられる拷問器具が転がっていた。
その中央――岩を背にして事切れているのは、ステラの仲間。
衣服もなく、翼ももがれ、青ざめた顔をした乙女の遺骸。
それは、ゴブリンによって無惨に損壊していた。
「……最悪だな」
「あぁ。思った通り『ゴブリンの共食い』だ」
ゴブリンは人間のように二つの足で歩き、武器を操り、群れを作る――そこそこ知性的なモンスターだ。だが、それは彼らの腹が満たされている場合に限られる。
腹を空かせたゴブリンは、時に同族さえも殺して食らう。
まして、身動きの取れない多種族ならいわんや。
ゴブリンのそんな習性を利用して、テイマーたちは死体の処理を請け負う。
それがゴブリンを飼うメリット。
ここはおそらく、なにかしらの理由で調教に失敗したセイレーンの処分場だ。
俺は冷たいセイレーンの身体を抱きしめ、固い石の床を叩いた。
「アジトを見つけたと思ったのに! なんてことだ! くそっ!」
「……いや、案外これは誘い込まれたのかもしれん」
「どういうことだ、イーヴァン?」
「おかしいと思わないか? アジトがすんなりと見つかったこともだが、そこがよりにもよって、奴らにとって探られても痛くもかゆくもない場所なんて?」
まるでセイレーンの遺骸に、生気を吸い取られるように血の気が引いた。
その時、暗い洞窟の中で――歯車の噛み合う音がした。