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第46話 絶倫領主、罠にかかる

 狭い洞窟での遭遇戦。

 吟遊詩人が熱をこめて語る大陸の冒険者たち――それと変わらぬ立ち回りを、俺たち急造パーティーは繰り広げた。


「招雷打震!」


 セリンが得意の雷撃で闇を切り裂く。

 狭所ということもあり、ゴブリンたちは雷の矢にたちまち倒れた。


「ぴぃ~~~~♪ ぴぴぴぃ~~~~♪ ぴぇ~~~~♪」


 ステラの魔歌が洞窟の中を反響する。

 開けた場所で聞いても、平衡感覚を失うそれが四方八方から襲いかかる。

 小鬼たちは、感覚を惑わす歌声にやられ、その場にのたうち回った。


 魔法だけではない。

 雷と歌の中を駆け抜けて、銀猫がその剣を翻す。


「やぁっ! たぁっ! はぁっ!」


 気合い一閃というより飄々という感じ。

 サーベルを爪の代わりのように自在に操り、彼は転がるゴブリンたちにとどめを刺していく。近衞隊長の肩書きに違わぬ剣裁きで、イーヴァンはゴブリンを屠った。


 さて、俺はといえば――。


「旦那さま、足手まといでございます! 後ろに下がっていてください!」


「だから、お前が死んだら意味がないって言ってるだろ!」


 まったくもって出る幕なし。

 仕方なく、イーヴァンとセリンが屠ったゴブリンの頭に、その辺りに転がっている石を落として、確実に絶命させていった。


 ゴブリンは、しぶとくずる賢い生き物。

 これも立派なお仕事だ。


「ぴぃ! おにーちゃんも、けんでたたかわないの~?」


「あぁ、俺はこういう、コツコツ地味な作業が向いているんだ……」


「おにーちゃん、えらいのっ! かげのだいこくばしらなの!」


「領主なんだけどな」


 吟遊詩人の詩には、前線で戦う領主も出てくるが、俺はそういうタイプではないらしい。


 溜め息と共に、ゴブリンの頭に大石を落とせば断末魔が上がる。


 あぶない。

 うっかり不意打ちを食らうとこだった。

 地味な作業ってやっぱり大事だな。


「……ふぅ、これで終わったかな?」


 ゴブリンの返り血にまみれたイーヴァンが、剣を払って鞘に収める。

 熱の籠もった息を吐き、銀猫は頬の血を手の甲で拭った。


 彼の後ろで雷撃を放っていたセリンも腕を下ろす。


「ぴぃ! ちょっと待ってね……! ぴぉお~~~~~~ッ♪」


 そんな中、ステラがまた大きな声を上げる。

 音の反響で洞窟内の様子を窺っているようだ。


 動物との会話といい、魔歌といい、ここぞというところで役に立つ。

 ダイアナ捜索の立て役者は、間違いなくこのセイレーンの末姫だな。


「うん! もうおくにだれもいないよ! あんしんあんしん!」


「……待ってくださいステラさん? 奥に誰もいないんですか?」


「……セイレーンの姫さまが囚われているんじゃないのか?」


 セリンとイーヴァンのツッコミに、ステラがきょとんとした顔をする。


 俺たちはここにダイアナを探しにきた。

 なのに待っていたのはゴブリン。

 そして、彼らを倒せば、他に生き物の気配はない。


 これでは、ただのゴブリン退治だぞ……?


「あきらかにここはゴブリンの巣じゃない。勝手に棲み着いたとも考えられない。となると……こいつらは、ここで飼われていたんじゃないか?」


「テイムか? わざわざゴブリンを手懐けるなんて……!」


 モンスターを隷属させて使役する『テイム』の魔法。

 冒険者の中には、手懐けたモンスターを戦わせる者もいる。

 だが、わざわざゴブリンを使役する者は少ない。


 ただし、ひとつだけゴブリンを飼うメリットがある。


「ぴぃっ! なかまのにおいがする! おにーちゃん、このおくだよ!」


「……セリン。ステラを抱いて、ここで待っていてくれ?」


 暗い洞窟の先に何が待ち受けているのか?

 その答えを察した俺は、信頼できる正妻に第二夫人を任せる。


「ステラ。ここは旦那さまにお任せしましょう」


「ぴぇっ? けどけど……!」


「大丈夫。きっと旦那さまが助けてくださるわ」


 ステラを抱きかかえて拘束すると、セリンが行ってくださいという顔をする。

 今度こそカンテラ役を引き受けた俺は、頼れる近衛隊長と洞窟の奥に向かった。


 突き当たりは、明らかに人の手で整えられた空間。

 岩を砕いて切り出された部屋には、鉄格子につり上げ式の鎖がある。

 そして、口にするのもはばかられる拷問器具が転がっていた。


 その中央――岩を背にして事切れているのは、ステラの仲間。


 衣服もなく、翼ももがれ、青ざめた顔をした乙女の遺骸。

 それは、ゴブリンによって無惨に損壊していた。


「……最悪だな」


「あぁ。思った通り『ゴブリンの共食い』だ」


 ゴブリンは人間のように二つの足で歩き、武器を操り、群れを作る――そこそこ知性的なモンスターだ。だが、それは彼らの腹が満たされている場合に限られる。


 腹を空かせたゴブリンは、時に同族さえも殺して食らう。

 まして、身動きの取れない多種族ならいわんや。


 ゴブリンのそんな習性を利用して、テイマーたちは死体の処理を請け負う。

 それがゴブリンを飼うメリット。


 ここはおそらく、なにかしらの理由で調教に失敗したセイレーンの処分場だ。


 俺は冷たいセイレーンの身体を抱きしめ、固い石の床を叩いた。


「アジトを見つけたと思ったのに! なんてことだ! くそっ!」


「……いや、案外これは誘い込まれたのかもしれん」


「どういうことだ、イーヴァン?」 


「おかしいと思わないか? アジトがすんなりと見つかったこともだが、そこがよりにもよって、奴らにとって探られても痛くもかゆくもない場所なんて?」


 まるでセイレーンの遺骸に、生気を吸い取られるように血の気が引いた。

 その時、暗い洞窟の中で――歯車の噛み合う音がした。

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