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第45話 銀猫、ゴブリンを斬る

 カインが奴隷商売に加担していた動かぬ証拠が明らかになった。

 しかし、依然としてダイアナの居場所は知れず。


 契約書の類いは見つかったが、具体的な活動拠点や組織についての情報は、飼育小屋から持ち去られていた。たぶんもなにも、弟が本国に持ち帰ったのだろう。


「くそっ……! いったいどこにいるんだ、ダイアナ!」


「せめて鳩がいくらか残っていれば、話は違ったんでしょうが」


 これで手詰まり。

 ダイアナ探索は行き詰まった――かに思えた。


「ぴぃいいいいいいいいいいいッ!!!!」


「わぁ⁉ ステラ⁉ どうしたんだ⁉」


 意気消沈する俺たちの間を抜け窓に近づいたステラ。

 彼女が青空に向かって大声で叫べば――あっという間に空が翳った。


 セリンのように雷雲を呼んだわけではない。

 彼女が呼んだのは鳥だ。


「ぴぃぴぃっ! そういうことなら、ステラにまかせるの! とりさんたちに、ここからでていったはとさんが、どこにいってたかきいてみるの!」


「ステラ……もしかして、鳥と喋れるのか?」


「ぴぃぴぃ! ぴぃいいっ!」


 鳥語は分からないが、ステラがなんと言ったかなんとなく分かった。


 あとでアフロディーテに確認したが、セイレーンに鳥と会話する力はない。


 これはステラが持つユニークスキル。

 心が清く純粋な彼女だからこそできる動物との意思疎通らしい。


 なんにしても、セイレーンの末姫のおかげで――。


「ぴぃっ! はとさんたちは、このしまのやまごやにはいっていったの!」


「でかした! ステラ!」


 俺たちは奴隷商人のアジトを見つけた。


「山小屋か。旧都の裏にはいくつかあるが、それのどれかだな」


「しらみつぶしで当たりましょう! そこに行けば、ここよりももっと詳細な情報が手に入るかもしれません! いえ、もしかしたらダイアナと、彼女を掠った犯人も!」


「となると戦える人員が必要だな……!」


 ちょうど、新都よりイーヴァンが駆けつけた。

 銀猫の近衞隊長を仲間に加え、俺たちは『鳩が小屋に入っていくのを見た』という、鳶の先導で山肌を捜索するのだった。


 森に入って半刻――。


「ぴぃっ! おにーちゃんたち! あのこやなの!」


 そこにはいかにも、山の管理に造られたという感じの質素な小屋が建っていた。

 岩肌を背にして建つそれを前に、銀猫が剣の柄を握る。


「ケビン、気をつけろ――いるぞ」


「ダイアナを掠った犯人か?」


「分からん。だが、戦いは避けられないだろう。お前も剣を抜いておけ」


 御前試合で使った両手剣ではなく、サーベルを鞘から抜き銀猫が前に出た。

 近衞隊長としての役目を果たそうとしているのだろう。


 彼は小屋に近づくと、鍵もなにも掛かっていないその扉を蹴破る。

 そして、中を見回すと――扉から手を出し俺たちを招いた。


 おそるおそる小屋の中に入る。


「なんの変哲もない山小屋のようだが」


「バカ。もうちょっとよく観察しろ。そんなんだから騙されるんだ」


 イーヴァンが小屋の入り口の正面を指さす。

 棚がこれ見よがしに敷き詰められたそこから、微かに風が吹いている。


 隠し通路だ。

 そういえば、小屋は崖を背にしていた。


「……洞窟を塞ぐ格好で、この小屋が建っている?」


「そういうことだな。知っている人間しか中には入れないってことだろう。おそらく、普段は本当に山小屋として使われているのさ」


 せっかく抜いた剣を収め、俺とイーヴァンで本棚をのける。

 はたして銀猫が予言した通り、そこには人一人が歩いて通れる仄暗い穴があった。


 用意のいい銀猫がカンテラを灯す。

 すかさず、俺はそれを彼から奪った。


「イーヴァン、灯りは俺が持つ。いざというとき、両手が使えねば困るだろう」


「バカ! 俺がやられたら、さっさとお前は逃げるんだよ!」


「ダメだ! 幼馴染みのお前を見捨てたりしない!」


「あぁもう! 本当に、我が君は……もう少し、領主としての自覚を!」


 カンテラを取り合う俺と銀猫。

 そんな俺たちの背中で海竜の娘がくつくつと笑う。


 彼女はそっとその指先を上げると、小さな雷をそこに灯した。

 白い光が暗い洞窟を照らし出す――。


「これでカンテラは必要ございませんね?」


「……あ、あぁ? というか、セリン、そんな魔法をいつの間に?」


「どこぞの絡新婦とダンジョンに潜ったあと、お父上に教えていただきました」


 なんと用意のいい嫁だろうか。

 戦闘もできるし、知恵も回るし、おまけに気もきく。

 なにより美人。


 あらためて、正妻の心配りに感謝して彼女に灯り役を任せた。


「ぴぃ。ステラはなにもできないの。ごめんね、おにーちゃん」


「いやいや、ステラがいなかったら、一日でアジトは見つけられなかったさ」


 イーヴァン、俺、セリン、ステラという順番で洞窟の中へ。


 一本道。

 奥に進むにつれて天井が高くなる。

 そして、濃くなる生活臭。


 間違いなく何者かが住んでいる。

 はたして連れ掠われたセイレーンか。それとも、奴隷商人か。

 その時――。


「ギィッ! ギィイイイイッ!」


「ゲギャッ! グギギィッ!」


 人のものとは思えぬ叫びが響き、洞窟の奥から背の小さな生き物が飛び出してきた。

 二つ足で駆けるそいつらは、手にした棍棒を振り上げる。


「驚かすな……!」


 銀猫が剣を振るう。

 横薙ぎに払われたサーベルは、闇の中から現れた魔物の首を跳ね上げた。


 鮮血と共に、俺の足下に転がったのは……緑色の頭。


 はげ上がった頭に尖った耳。

 黄色く濁った目をしたそれは――俗に言うゴブリンだ。


 途端、洞窟の中に不気味な声が木霊した……!

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