カインが奴隷商売に加担していた動かぬ証拠が明らかになった。
しかし、依然としてダイアナの居場所は知れず。
契約書の類いは見つかったが、具体的な活動拠点や組織についての情報は、飼育小屋から持ち去られていた。たぶんもなにも、弟が本国に持ち帰ったのだろう。
「くそっ……! いったいどこにいるんだ、ダイアナ!」
「せめて鳩がいくらか残っていれば、話は違ったんでしょうが」
これで手詰まり。
ダイアナ探索は行き詰まった――かに思えた。
「ぴぃいいいいいいいいいいいッ!!!!」
「わぁ⁉ ステラ⁉ どうしたんだ⁉」
意気消沈する俺たちの間を抜け窓に近づいたステラ。
彼女が青空に向かって大声で叫べば――あっという間に空が翳った。
セリンのように雷雲を呼んだわけではない。
彼女が呼んだのは鳥だ。
「ぴぃぴぃっ! そういうことなら、ステラにまかせるの! とりさんたちに、ここからでていったはとさんが、どこにいってたかきいてみるの!」
「ステラ……もしかして、鳥と喋れるのか?」
「ぴぃぴぃ! ぴぃいいっ!」
鳥語は分からないが、ステラがなんと言ったかなんとなく分かった。
あとでアフロディーテに確認したが、セイレーンに鳥と会話する力はない。
これはステラが持つユニークスキル。
心が清く純粋な彼女だからこそできる動物との意思疎通らしい。
なんにしても、セイレーンの末姫のおかげで――。
「ぴぃっ! はとさんたちは、このしまのやまごやにはいっていったの!」
「でかした! ステラ!」
俺たちは奴隷商人のアジトを見つけた。
「山小屋か。旧都の裏にはいくつかあるが、それのどれかだな」
「しらみつぶしで当たりましょう! そこに行けば、ここよりももっと詳細な情報が手に入るかもしれません! いえ、もしかしたらダイアナと、彼女を掠った犯人も!」
「となると戦える人員が必要だな……!」
ちょうど、新都よりイーヴァンが駆けつけた。
銀猫の近衞隊長を仲間に加え、俺たちは『鳩が小屋に入っていくのを見た』という、鳶の先導で山肌を捜索するのだった。
森に入って半刻――。
「ぴぃっ! おにーちゃんたち! あのこやなの!」
そこにはいかにも、山の管理に造られたという感じの質素な小屋が建っていた。
岩肌を背にして建つそれを前に、銀猫が剣の柄を握る。
「ケビン、気をつけろ――いるぞ」
「ダイアナを掠った犯人か?」
「分からん。だが、戦いは避けられないだろう。お前も剣を抜いておけ」
御前試合で使った両手剣ではなく、サーベルを鞘から抜き銀猫が前に出た。
近衞隊長としての役目を果たそうとしているのだろう。
彼は小屋に近づくと、鍵もなにも掛かっていないその扉を蹴破る。
そして、中を見回すと――扉から手を出し俺たちを招いた。
おそるおそる小屋の中に入る。
「なんの変哲もない山小屋のようだが」
「バカ。もうちょっとよく観察しろ。そんなんだから騙されるんだ」
イーヴァンが小屋の入り口の正面を指さす。
棚がこれ見よがしに敷き詰められたそこから、微かに風が吹いている。
隠し通路だ。
そういえば、小屋は崖を背にしていた。
「……洞窟を塞ぐ格好で、この小屋が建っている?」
「そういうことだな。知っている人間しか中には入れないってことだろう。おそらく、普段は本当に山小屋として使われているのさ」
せっかく抜いた剣を収め、俺とイーヴァンで本棚をのける。
はたして銀猫が予言した通り、そこには人一人が歩いて通れる仄暗い穴があった。
用意のいい銀猫がカンテラを灯す。
すかさず、俺はそれを彼から奪った。
「イーヴァン、灯りは俺が持つ。いざというとき、両手が使えねば困るだろう」
「バカ! 俺がやられたら、さっさとお前は逃げるんだよ!」
「ダメだ! 幼馴染みのお前を見捨てたりしない!」
「あぁもう! 本当に、我が君は……もう少し、領主としての自覚を!」
カンテラを取り合う俺と銀猫。
そんな俺たちの背中で海竜の娘がくつくつと笑う。
彼女はそっとその指先を上げると、小さな雷をそこに灯した。
白い光が暗い洞窟を照らし出す――。
「これでカンテラは必要ございませんね?」
「……あ、あぁ? というか、セリン、そんな魔法をいつの間に?」
「どこぞの絡新婦とダンジョンに潜ったあと、お父上に教えていただきました」
なんと用意のいい嫁だろうか。
戦闘もできるし、知恵も回るし、おまけに気もきく。
なにより美人。
あらためて、正妻の心配りに感謝して彼女に灯り役を任せた。
「ぴぃ。ステラはなにもできないの。ごめんね、おにーちゃん」
「いやいや、ステラがいなかったら、一日でアジトは見つけられなかったさ」
イーヴァン、俺、セリン、ステラという順番で洞窟の中へ。
一本道。
奥に進むにつれて天井が高くなる。
そして、濃くなる生活臭。
間違いなく何者かが住んでいる。
はたして連れ掠われたセイレーンか。それとも、奴隷商人か。
その時――。
「ギィッ! ギィイイイイッ!」
「ゲギャッ! グギギィッ!」
人のものとは思えぬ叫びが響き、洞窟の奥から背の小さな生き物が飛び出してきた。
二つ足で駆けるそいつらは、手にした棍棒を振り上げる。
「驚かすな……!」
銀猫が剣を振るう。
横薙ぎに払われたサーベルは、闇の中から現れた魔物の首を跳ね上げた。
鮮血と共に、俺の足下に転がったのは……緑色の頭。
はげ上がった頭に尖った耳。
黄色く濁った目をしたそれは――俗に言うゴブリンだ。
途端、洞窟の中に不気味な声が木霊した……!