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第44話 絶倫領主、奴隷売買の証拠を掴む

 旧都にある領主の居館はセイレーンたちに払い下げられた。

 今は燕鴎四姉妹をはじめとする、高級娼婦たちの住居兼仕事場と化している。


 そんな中――なぜかカインの居館だけは、誰も使おうとしなかった。


 王宮から徒歩で四刻半もかからぬ場所。

 本国からの賓客や各国要人も招けるよう、豪奢に造られた洋館。


 その勝手口の鍵を開ければ、背中でセリンとステラがぱちくりと目を瞬かせた。


「なんだか、随分と手慣れていますね?」


「俺はそもそもカインの家宰になる予定だったからな。この館にも日常的に出入りしていたし、賓客を迎える時には使用人の差配などもしていたんだ」


「家宰ですか?」


「あぁ……」


 血は水よりも濃いと言うが、領主においてもその理屈は通る。


 多くの貴族は、家長の補佐にその兄弟を据える。

 あるいは従兄弟。


 まったくの他人を政治の中枢に置かないのは、領主の権威を守るためでもあり、速やかな意志決定のためでもある。とかく、それは西洋世界の常識だった。

 もちろん、時にそれが争いを生むこともあったが――。


「大公くらいになれば、領土を割譲することもできるが、地方領主程度ではな?」


「なるほど、人の世もなかなか難しいのですね」


 とりわけ、モロルドは飛び領地である。

 領土も少なければ人材も少ない。

 人種も違えば風土も違う土地で、信頼できるの同じ血をわけた者だけだ。


 たとえ、そこに【不穏な血】が混ざったとしても。


「ぴぃ! おにーちゃん! はやくはいろうよ!」


 ステラに急かされ、俺は居館の扉を引いて中に入った。


 土間を抜け、応接間を横切って廊下を進む。

 突き当たりまでいけば階段があり、二階には書斎とカインの趣味の部屋があった。


 家主を失った居館は寂しく、床に積もった埃がなんとももの悲しい。

 そして、やはり奴隷売買の痕跡はどこにもなかった。


 セリンがふむと頷く。


「地下室の類いもなさそうですね。意外と地盤はしっかりしています」


「ぴぃっ! ステラのなかまがいるけはいもないよ!」


 妻たちもまた、この館に不穏な箇所がないと証言した。


 やはり、カインが奴隷売買に関わっていたとは考えられない。

 彼を間近で見ていた俺が気づかなかったのだ。


 軋む階段を上り、書斎に入る。

 普段から几帳面に片付けられていたそこからは、島の政治にまつわる書類が全て持ち去られ、弟の趣味の書物もなくなっていた。


 時折、政務に疲れたカインは、窓辺でよく本を読んでいた。

 その精緻な模写をなぞり、嬉しそうに笑っていたものだ。


『兄さん、この島は狭いね。まるで僕は、籠の中の鳥のようだよ……』


 やはり俺の記憶の中のカインと、セイレーンたちの言うカインが一致しない。

 彼は本当に、悪事に手を染めたのか。


 なにかの間違いであって欲しい……!


「ぴぃ? おに~ちゃん、こっちのおへやはなぁに?」


「あぁ、そこはカインの趣味の部屋でな」


「……なかまじゃないけど、にたにおいがするよ?」


 それはそうだろう。


 不思議そうに首を傾げるステラを連れて、俺はカインの趣味の部屋へと入る。

 そこは――次期領主の館とは思えない、鼻の曲がるような臭いが満ちていた。


 鶏糞。

 そして、穀物を砕いた資料。

 部屋の隅に転がる卵。


 そこは鳥小屋――。


「カインの趣味は鳩の飼育でな。この館で数百匹の鳩を飼っていたんだ」


「それですよ! 旦那さま!」


 なにがそれなのか?

 急に身を乗り出して叫ぶセリンに、俺もステラも尻ごんだ。


 彼女はすぐに部屋の中を漁り出すと、タンスの隙間からなにかを取り出す。

 それはなめし革製の小さな筒で、細い径のなにかに結わえられるようになっていた。


「旦那さまは伝書鳩というものをご存じですか?」


「あぁ、知っているが……あれは戦争の道具だろう?」


 遠方の部隊や王宮と連絡するための手段。

 鳩の帰巣本能を利用した情報伝達法だ。


 鳩はああ見えてかなりの距離を飛ぶ。それこそ波濤万里を越えて、彼らはいろんな地へと向かうのだ。その習性に目をつけ、人は古くから鳩を情報伝達の手段に……。


「あぁっ! そういうことか!」


「そうです! 旦那さまの弟――カインは、この鳩を使って、奴隷売買をしていたんですよ! どうして気がつかないんですか!」


「いや……本当に、ただの鳩好きだと思っていて」


「旦那さまのお人好し!」


 正妻の冷徹なツッコミに頭が上がらない。

 まったくもってその通りだった。


 かわいい趣味だなと思っていたそれが、まさか悪事に利用していたとは。


 さらに、証拠が続々と出てくる。

 床の隙間や机の下から、あれよあれよと密売についての書類が出てきたのだ。

 どうやら執務室ではなく、こちらが奴隷商売のための作業室らしい。


「なるほど、木を隠すなら森の中、セイレーンを隠すなら鳥の中ということか」


「うまいこと言ったつもりにならないでください!」


「ぴぃ! おにーちゃんのまぬけぇなの!」


 だって気がつかないだろう。

 こんな場所で、そんな仕事をしているなんて。

 カインも部屋に入ろうとすると――。


「やめてくれ、兄さん! 鳩はデリケートなんだ!」


 と、血相を変えて止めたんだから。


 あ、それも今思えば、俺から奴隷売買のことを隠す、言い訳だったのか。

 ほんと、まんまと騙されてしまった……。

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