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第43話 絶倫領主、旧都にはせ参じる

 精海竜王の背に乗って半刻。

 モロルド領本島を西岸からぐるりと回り、俺たちは旧都へと到着した。


 セイレーンの手により歓楽の街へと変わった旧都は、重苦しい空気に包まれていた。

 目抜き通りの窓は閉められ、外を出歩く人はいない。

 俺たちを出迎える者もいなかった。


 ふと、住居から怯えるようにセイレーンが出てくる。

 扇情的な踊り子の服を着た娘は、俺を見るなり「ヒッ!」と声を上擦らせた。


「た、助けてください! どうか……どうか奴隷だけは!」


「待て待て! 私だ! モロルド領主のケビンだ!」


「モロルド領主! いやぁっ! またアイツらが戻ってきたんだわ! せっかく自由を手に入れたと思ったのに! こんなことならいっそ……!」


 腰に差した短刀を抜いて首へとあてがうセイレーンの娘。

 その喉元に刃が突き刺さる寸前で、セリンの放った雷撃が彼女の手から凶刃を弾き飛ばした。同時に、雷撃にしびれた乙女が倒れた。


 短刀を拾えば、刃先に血が滲んでいる。


 セイレーンたちにとって死を選ぶほどの恐怖なのか……!

 それほどのことをしたのか……モロルド家は!


「仲間になってくれて勘違いしていた。俺は――俺の一族は、セイレーンたちになんてことをしたのだ!」


「旦那さま。彼女たちに危害を加えたのは旦那さまではございません」


「ぴぃっ! そうなのっ! おに~ちゃんは、ステラたちをかいほうしてくれた、えいゆうさんなの! みんな、こんらんしているだけなの!」


「そうだぞ婿どの。親の咎まで子が背負う道理はない。お主は、この島の領主として、セイレーンたちの主として、よくやっている。精海竜王のワシが保証しよう」


 セリン、ステラ、そして再び人の姿になった精海竜王が、慰めてくれる。

 しかし――胸に渦巻く、暗い影が晴れることはなかった。


「ケビンさま! あぁっ! 来てくださったのですね! ステラまで!」


「ケビン! ダイアナが連れ掠われて……!」


 旧都はかつての王宮。

 いまやセイレーンの姫たちの住まいと化したそこに、二人の義姉が集まっていた。


 すぐにこちらに駆けてきた彼女たちに、第二夫人のステラが飛びつく。

 セイレーンの姉妹は、掠われた三女の身を案じてわんわんと泣いた。


「さっそくだが、ダイアナについて詳しいことを教えてくれないか?」


「なぜ掠われたのか? 掠った相手の心当たりなどございませんか?」


 アフロディーテとマーキュリーが息を呑む。


 ステラはここに来る前に「ダイアナ」が島から連れ掠われる寸前であり、島が領土放棄されたことによりその話が立ち消えた――と言っていた。

 だが、この反応はまだなにかある。


 しかも俺に話すのを躊躇する事情が。


 緊張の糸が張り詰める中――。


「ダイアナは、とある御仁のためだけに、特別に仕立て上げられた愛玩奴隷です」


「……そのとある御仁とは?」


「次期領主カイン・モロルドさまです」


 アフロディーテは腹違いの弟の名を口にした。

 強い憎悪を声に滲ませて……。


 カイン・モロルド。

 先代領主にして俺の父、ヴォーティガン・モロルドが正妻との間に設けた子。


 領主の風格を漂わせる黄金色の髪。

 立つ姿は勇壮で筋の通った鼻。

 喋らせればよく通る声で大人たちを唸らせる話をする。


 宮廷で働くものなら誰しも、彼が立派なモロルドの跡継ぎになると信じていた。

 腹違いの兄でさえ――。


「ばかな、カインがそんなことを!」


「カインさま……いえ、カインは幼い頃からこのセイレーンの密売に関わっていました。多くの同胞があの者の手によって傷物に……!」


「……信じられない」


「そもそも、セイレーンの密売は領主の特権。知る者は限られてございます。いくら兄君と言われても、ケビンさまは領主ではございません。知らぬのは無理のないことかと」


「ケビン! 私たちの言うことが信じられないの!」


「ぴぃ! おに~ちゃん!」


 もちろん、燕鴎四姉妹の言葉が信じられないわけではない。

 セイレーンたちの身に起きたことも、事実だと受け入れている。

 しかし――かつて一度は主とした弟の実態に、一人の人間として驚きを隠せなかった。


 立ちくらんだ俺をセリンが支える。

 覗き込んでくる、正妻の心配そうな顔に――なんとか正気を保った。


「……カインの館を調べれば、なにか分かるかもしれない」


「ケビンさま!」


「ケビン!」


「おに~ちゃん!」


「しばし待っていてくれ、アフロディーテ、マーキュリー。これは俺の身内の恥だ。ならば、俺が必ず解決してみせる……!」

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