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第42話 絶倫領主、宿怨に戸惑う

 人間に化けた精海竜王さまから、俺たちは火急の知らせを聞かされた。

 燕鴎四姉妹の三女――ダイアナが、旧都の観光案内の最中に何者かに拉致された。旧都のセイレーン、常駐兵たちで捜索を行っているが、その行方はようとしてしれない。


 次女マーキュリーが急ぎ新都に飛び、俺の代わりに執務室に詰めていたイーヴァンが事情を聞いた。俺にどうやって連絡を取ろうかと考えあぐねいていたところ、精海竜王どのがその役目を引き受け、こうしてわざわざ温泉まで赴いた――ということである。


 毎度のことだが、岳父どののお人好しには頭が下がる。

 本当に千年前に龍鳴海峡を荒らし回った暴れ竜なのだろうか?


 しかし、危急を語る顔は真剣そのものだ。


「数日前に龍鳴海峡で儀礼をせずに抜けようとした船がある。容赦なく雷を落として沈めてやったが――下手人は、その船の関係者やもしれぬ」


「心当たりがあるのですか? 精海竜王どの?」


「ほれ、燕鴎四姉妹はそもそも、お主の一族がやっていた裏稼業の商品であろう。客に急かされて、慌てて回収しにきたというのが、しっくりくるとは思わぬか?」


 心臓が痛いほどに脈打った。


 そうだ。ステラたち――燕鴎四姉妹とその配下のセイレーンは、モロルドの歴代領主が行ってきた裏稼業の犠牲者だ。そしておそらく、取引先は本土の貴族。

 本国に戻った父上が彼らに迫られ、掠うように仕向けたとは想像に難しくない。


「ぴぃっ! ダイアナおね~ちゃんは、あともうちょっとで、しまのそとにつれていかれるところだったの! それが、りょうしゅさまたちがいなくなって、おはなしがなくなって! ステラたちね、よかったねってよろこんでたのぉ……! なのにぃ……!」


 いつもくるくると表情を変えるセイレーン娘が、はじめての泣き顔を俺たちに見せる。

 姉が掠われたと聞いて平穏でいられるはずがない。悲しみに暮れる彼女を抱き留めたのは、いつもは彼女を脅して怖がらせるルーシーだった。


 ルーシの胸を涙で濡らし、震える背中をヴィクトリアに撫でられる。

 セイレーンの姫の悲しみを、妻たちは我が身のことのように受け止めたようだ。

 そして、それは夫である俺も同じ――。


「今すぐ、旧都に向かおう。精海竜王さま、お力をお貸しくれますか?」


「うむ。お主ならそう言うじゃろうと思っておった。しかし、ワシが連れていけるのは、セリンとお主、それとそこなセイレーンの娘くらいじゃが……大丈夫か?」


 ルーシー、ヴィクトリア、ララは連れていけない。

 嫁たちの中でも、高い戦闘力を持つ彼女たちと別れるのは不安だ。

 だが、そうこうしているうちにも、ダイアナは国外に連れていかれるかもしれない。


 船に乗せられ出航されたら――俺たちに取り返す術はない。


「ケビン! イーヴァンも話は聞いてるのだろう? だったら、すぐに旧都に捜索隊を向かわせてくれているはずだ!」


 ララが迷う俺に理路整然としたアドバイスをくれる。


「マスター。敵が旧都に潜んでいるとは限りません。既に新都に移動した可能性もあります。ここは二つに部隊を分けるべきかと」


 さきほどはとぼけていたヴィクトリアが的を射たことを言う。


「旦那はん、言っきはって。この娘が寂しい顔しとったら、なんやうちまで気分が沈んでまいますわ」


 そして、ルーシーが俺の背中を押してくれる。

 嫁たちの力強い言葉を受けて、俺はようやく決心した。


「行こう精海竜王! すぐに旧都へ!」


「うむ! そうでなければな、婿殿!」


 たちまち、黒い道服の童子が、天を衝く巨龍へと変じる。

 その頭の上に飛び乗ると、俺は島に残す妻たちに視線を向け「新都のことはどうか頼んだ!」と瞳で求めた。


 居並んだ妻たちが、俺の求めに力強く頷く。

 俺たちはすぐさまダイアナが消えたという、旧都へと飛びだった。


「どうか、無事でいてくれ……ダイアナ!」


◇ ◇ ◇ ◇


「ふぅ……やれやれ。急な嵐で船が沈んだ時はどうなることかと思ったが、無事に仕事を果たすことはできた。まったく、割に合わないぜ」


 旧都の外れ。

 モロルド領主の裏稼業――人身売買に関わる者だけが知る、秘密の拠点。登山道の中腹にある山小屋に偽装されたそこに、ダイアナは猿ぐつわをされ転がされていた。


 たった一人の凶漢は、浅黒い肌に黒い縮れ毛の男。

 見るからに真っ当な仕事で生きていない、破落戸の雰囲気をまとっている。


 そんな男は、怯えるダイアナに近づくと、黄ばんだ歯を見せ哄笑する。


「よかったな、お前は旦那さまのお気に入りで。そうじゃなかったら、仕事の埋め合わせに楽しませてもらっているところだよ」


「…………んぐぅッ!!!!」


 ダイアナのけして大きくはない乳房に手をかけた男は、そこを力一杯こね上げる。

 思いやりの欠片もない乱暴な手つきに、ダイアナはその瞳に涙を浮かべ、喉から嗚咽のような涙声を上げた。


 窓がはめ殺され、光の入らぬ小屋の中に、うら若き乙女の苦悶の声が響く。


「旦那さまがお迎えに来るまで大人しくしてろよ。なに、安心しろ。他の奴隷どもよりはいい思いができるさ。まぁ、一生籠の中の鳥というのは間違いないがな……!」

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