「ぴぃっ! きもちいーね! ヴィクトリア!」
「ピピッ! 当初の想定以上の熱上昇を確認! 冷却機能作動まで――残り60秒!」
「ぴぃ? どうしたのヴィクトリア? おちょうしわるいの?」
「……いえ。大丈夫です、ステラさん。気にしないでください」
いや、気にするだろう。
言葉の意味は分からないが、たぶん温泉の熱でおかしくなってるよな。
神仙が作った仙宝だから、ヴィクトリアは身体のつくりが人と違う。そしておそらく、暑さや寒さに弱い感じがした。
そもそも出会った時からして、川に浸かって身体を冷却していた――。
「ステラ。ちょっとヴィクトリアを連れて、温泉を出よう」
「ぴぃっ! ヴィクトリア、大丈夫かなぁ! かぜ、ひいてないかなぁ⁉」
「ビガガガ! 大丈夫です、ステラさん。けど、マスターと少しお休みしてきますね」
俺に代わってステラの面倒をみていたヴィクトリアは、そっと湯船から上がる。
その顔はぽってりと赤らんでいる。これはあきらかにのぼせているな。
休むと言っても、野趣溢れる湯浴み場。椅子やベッドなどはない。
俺たちは浴槽から少し離れた岩に腰掛けると、濡れた身体をしばし風に晒すのだった。
「排熱状況改善。体内の熱の急速な低下を確認……ステータスオールグリーンまで、概算90秒。マスター、助かりました」
「いやいや、ステラのお世話を頼んだのは俺だからな」
「…………」
「…………」
う~ん。弱った。
あらためて、二人っきりになると話題がないぞ。
モンスター娘に混じって、一人だけ毛色が違うヴィクトリア。
機械仕掛けの乙女との会話は、どこかかみ合いが悪い。戦闘ともなれば、淡々としたその口ぶりが頼もしかったりするのだけれど。
「ピガッ! マスターが会話に困っていることを検知! 脳内から、このような時にうってつけの、気さくな会話を検索――ヒットしました!」
「おっと、なにがはじまるんだ……!」
「ハーイ、ボブ! どうしたんだいそんなしけた面しちゃって! もしかして、彼女にでも振られちまったのかい!」
「誰だボブって⁉」
「聞いてくれよマイケル! 彼女、俺のオープンカーがボロだっていうんだ! たしかにちょっと、塗装がはげててみすぼらしいけれど……!」
「マイケル⁉ ボブなのマイケルなの、どっちなの⁉」
気さくな会話というより寸劇だな。
あきらかにコミュニケーションは破綻しているが――これはこれで、なんだか面白いので、俺はそのまま聞くことにした。
ボブとマイケルはどうやら、くたびれた馬車のメンテナンスをするようだった。
そのために、蜜蝋をしみこませた特別製の布を使うらしいのだが、その効能について彼らは延々と語り続けた。ぶっちぎりで褒めちぎった。
そして、お値段をしつこく繰り返した。
急いで頼めば洗剤がついてくることも。
最後まで意味は分からなかったが、まぁまぁ楽しい見世物だった。
俺は語り終えたヴィクトリアに、惜しみない拍手を送った――。
「すばらしかったよヴィクトリア。一人二役なんて、器用だな……」
「おーい! 待ってくれよ! ボブ! マイケル!」
「なんか増えた!」
「どうしたんだディラン! そんなにあわてて! はぐれバッファローかと思ったぞ!」
「そしてまだ続いてた!」
「聞いてよ! 今ならスーパーワックスケミカルXが、なんと税込み80ポンド! さらになんと、ひと拭きでめっちゃクリーン、ハイパーウォッシャーまでついてくるんだ!」
「もう聞いたよ! さっきからずっとその話をしていたんだよ!」
「マスター」
「そして、急に素に戻らないで! びっくりするなぁ!」
ツッコミ疲れて肩を落とした俺を、そっとヴィクトリアが抱きしめる。
すっかり排熱は完了したのだろう。
その身体はひんやりと冷たい。
「私を受け入れてくれて、ありがとうございます」
「……なんの話だ?」
肩越しに聞こえてくるのは、いつものヴィクトリアの声音だった。
無機質で、感情が薄くて、どこかとぼけている。
けれども、なんだか今日は少しだけ真剣な感じだ。
俺の肩に微細な力を籠め、彼女はまた抑揚のない声で語る。
「私はセリンさんたちと違い、生き物ではありません。神仙に作られた人形です」
「……と、言われてもなぁ。俺には大差ないんだが」
「そう言って、自分と異質なものを受け入れられるのは、大きな徳ですよ。マスター」
顔を上げれば、我が妻が澄んだ瞳でこちらを見ている。
まるで宝石をはめ込んだよう。生気こそないが輝くその瞳に、少し気圧された。
「マスター、これから貴方を待ち受けているのは、きっと困難な運命でしょう。しかし、貴方の前に立ち塞がる障害を、このヴィクトリアが露払いいたします」
けれども夫として。
彼女のマスターとして。
彼女の瞳から逃げるわけにはいかない。
彼女を受け入れるということがどういうことか、まだよく分かっていないが――。
「そうか……頼りにしてるよ、ヴィクトリア!」
俺は彼女の眼差しに負けぬよう、力を籠めて頷いた。
「はい、マスター。いえ……ケビン・モロルドさま」