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第39話 機械娘、テレフォンショッピングする

「ぴぃっ! きもちいーね! ヴィクトリア!」


「ピピッ! 当初の想定以上の熱上昇を確認! 冷却機能作動まで――残り60秒!」


「ぴぃ? どうしたのヴィクトリア? おちょうしわるいの?」


「……いえ。大丈夫です、ステラさん。気にしないでください」


 いや、気にするだろう。


 言葉の意味は分からないが、たぶん温泉の熱でおかしくなってるよな。

 神仙が作った仙宝だから、ヴィクトリアは身体のつくりが人と違う。そしておそらく、暑さや寒さに弱い感じがした。


 そもそも出会った時からして、川に浸かって身体を冷却していた――。


「ステラ。ちょっとヴィクトリアを連れて、温泉を出よう」


「ぴぃっ! ヴィクトリア、大丈夫かなぁ! かぜ、ひいてないかなぁ⁉」


「ビガガガ! 大丈夫です、ステラさん。けど、マスターと少しお休みしてきますね」


 俺に代わってステラの面倒をみていたヴィクトリアは、そっと湯船から上がる。

 その顔はぽってりと赤らんでいる。これはあきらかにのぼせているな。


 休むと言っても、野趣溢れる湯浴み場。椅子やベッドなどはない。

 俺たちは浴槽から少し離れた岩に腰掛けると、濡れた身体をしばし風に晒すのだった。


「排熱状況改善。体内の熱の急速な低下を確認……ステータスオールグリーンまで、概算90秒。マスター、助かりました」


「いやいや、ステラのお世話を頼んだのは俺だからな」


「…………」


「…………」


 う~ん。弱った。

 あらためて、二人っきりになると話題がないぞ。


 モンスター娘に混じって、一人だけ毛色が違うヴィクトリア。

 機械仕掛けの乙女との会話は、どこかかみ合いが悪い。戦闘ともなれば、淡々としたその口ぶりが頼もしかったりするのだけれど。


「ピガッ! マスターが会話に困っていることを検知! 脳内から、このような時にうってつけの、気さくな会話を検索――ヒットしました!」


「おっと、なにがはじまるんだ……!」


「ハーイ、ボブ! どうしたんだいそんなしけた面しちゃって! もしかして、彼女にでも振られちまったのかい!」


「誰だボブって⁉」


「聞いてくれよマイケル! 彼女、俺のオープンカーがボロだっていうんだ! たしかにちょっと、塗装がはげててみすぼらしいけれど……!」


「マイケル⁉ ボブなのマイケルなの、どっちなの⁉」


 気さくな会話というより寸劇だな。

 あきらかにコミュニケーションは破綻しているが――これはこれで、なんだか面白いので、俺はそのまま聞くことにした。


 ボブとマイケルはどうやら、くたびれた馬車のメンテナンスをするようだった。

 そのために、蜜蝋をしみこませた特別製の布を使うらしいのだが、その効能について彼らは延々と語り続けた。ぶっちぎりで褒めちぎった。


 そして、お値段をしつこく繰り返した。

 急いで頼めば洗剤がついてくることも。


 最後まで意味は分からなかったが、まぁまぁ楽しい見世物だった。

 俺は語り終えたヴィクトリアに、惜しみない拍手を送った――。


「すばらしかったよヴィクトリア。一人二役なんて、器用だな……」


「おーい! 待ってくれよ! ボブ! マイケル!」


「なんか増えた!」


「どうしたんだディラン! そんなにあわてて! はぐれバッファローかと思ったぞ!」


「そしてまだ続いてた!」


「聞いてよ! 今ならスーパーワックスケミカルXが、なんと税込み80ポンド! さらになんと、ひと拭きでめっちゃクリーン、ハイパーウォッシャーまでついてくるんだ!」


「もう聞いたよ! さっきからずっとその話をしていたんだよ!」


「マスター」


「そして、急に素に戻らないで! びっくりするなぁ!」


 ツッコミ疲れて肩を落とした俺を、そっとヴィクトリアが抱きしめる。

 すっかり排熱は完了したのだろう。

 その身体はひんやりと冷たい。


「私を受け入れてくれて、ありがとうございます」


「……なんの話だ?」


 肩越しに聞こえてくるのは、いつものヴィクトリアの声音だった。

 無機質で、感情が薄くて、どこかとぼけている。

 けれども、なんだか今日は少しだけ真剣な感じだ。


 俺の肩に微細な力を籠め、彼女はまた抑揚のない声で語る。


「私はセリンさんたちと違い、生き物ではありません。神仙に作られた人形です」


「……と、言われてもなぁ。俺には大差ないんだが」


「そう言って、自分と異質なものを受け入れられるのは、大きな徳ですよ。マスター」


 顔を上げれば、我が妻が澄んだ瞳でこちらを見ている。

 まるで宝石をはめ込んだよう。生気こそないが輝くその瞳に、少し気圧された。


「マスター、これから貴方を待ち受けているのは、きっと困難な運命でしょう。しかし、貴方の前に立ち塞がる障害を、このヴィクトリアが露払いいたします」


 けれども夫として。

 彼女のマスターとして。

 彼女の瞳から逃げるわけにはいかない。


 彼女を受け入れるということがどういうことか、まだよく分かっていないが――。


「そうか……頼りにしてるよ、ヴィクトリア!」


 俺は彼女の眼差しに負けぬよう、力を籠めて頷いた。


「はい、マスター。いえ……ケビン・モロルドさま」

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